Vol:4 浦島太郎



「とにかく、かなりの時間が経っていた筈です。」



「けれども、現実に戻って、目を覚ましたら、

たったの10分しか、経っていませんでした。」



「一体、これはどういう事ですか?」



夢にいた時の竜司は、聖女に起こされるまで、

確かに、眠っていた。



それも、体感にして、8時間以上。



無遅刻・無欠席だった会社を、寝坊したと焦った位にだ。



あの時の寝起きした感覚は、現実と遜色なく、

むしろ、そのものであった。



しかし、いざ起床すると、実際の時間は、

ほとんど、過ぎていなかったのだ。



混乱している竜司の謎に、聖女は答えた。



「夢と現実では、時の流れが、異なります。」



「簡単に言えば、夢の方が、早く時間が過ぎます。」



シンプルでかつ、エレガントな解答であった。



「たとえ、現実では、10分しか経っていなくても、

夢では、24時間以上いる事も、珍しくありません。」



「夢が深くなる程、時間は、加速していきます。」



「現実では、1時間しか経っていないのに、

深層に潜って、そこでの生活に馴染んで、

数十年いたなんて事も、十分に、あり得ます。」



と、付け加える様に、答えてくれた。



ーー何、その浦島太郎の逆バージョンみたいな...。



イジメられていた海亀を救い出し、

そのお礼に、海底の竜宮城へと招待された

浦島太郎は、ハメを外し過ぎた結果、



陸に戻ると、再会した友人は、お爺さんになっていた。



何十年以上もの年月が経っており、

それから、乙姫から貰った、開けてはいけない

玉手箱を開封してしまった。



そして、その煙を浴び、自身も高齢者になってしまった。



ウッカリ屋さんな、日本昔話の

主人公を竜司は、思い浮かべていた。



その逆パターンとなると、恐ろしい話に聞こえてきた。



自分だけ、お年寄りになっていて、

周りは、一切の歳を取っていない状況は、

悲劇とも言えるだろう。



しかし、ここは、夢の世界。



実際に、竜司は、一度、命を落としたが、

身体はピンピンと、元気に生きている。



仮に、夢でどれだけの歳を重ね、

天寿を全うしたとしても、眠りに入る直前の

若々しい肉体に戻る事ができる。



しかも、現実の時間は、ほぼ進んでいない。



ーー人生を何倍も、楽しめるじゃん!



竜司は、一人だけの特権を得たと思った。



ーー嫌になったら、いつでも、夢に逃げればいい。



現実逃避ならぬ、夢逃避ができてしまう。



しかも、誰にも邪魔をされず、自らの

都合の良い世界に、閉じこもっていられる。



ーーこの上ない、幸せじゃね?



竜司は、喜ばしい事で、最初の1週目の人生は

どう過ごそうかの、皮算用をしていた。



しかし、聖女に聞かされる耳の痛い真相は、

またも、彼の淡い期待を、容易く、砕いてしまう。



「ただし、例外なく、夢の中に長く潜り込んだ人は、

精神に何かしらの不調をきたす事になります。」



「そして、最終的に、自我が崩壊します。」



「つまり、現実に戻っても、心のない廃人です。」



「理由は、単純です。」



「現実と夢が、もはや、埋められない差になると、

現実が、現実ではないと思い込む様になります。」



「何が現実なのか、判別がつかなくなり、

錯乱し、情緒が不安定になっていきます。」



「その結果...」



聖女は、現実から目を逸らした、

夢追い人が、迷妄した成れの果ての結末を、

ただ、淡々と、語る。



「自らの命を絶つ、その道を歩む事になります。」


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