Vol:25 ブラックアウト



ーー何を言っているんだ...!



ーー全っ然、わからん...!



メッセージを送っているのは確かだが、

竜司の聴覚では、聞き取りが叶わなかった。



ーーけど...。



ーー何となく...。



ーー何となく...!



しかし、聖女の伝えたい事を体感で、理解した気がした。



聖女の口振りから、その意図や真意。



思考ではなく、フィーリング。



頭ではなく、感情で、感覚で、感じ様とする。



ーーなんとなくわかった...



ーー気がする。



ーー多分...!



根拠はない。



けれども、それは確実に、竜司の心には、

伝わっているのであった。



「ん?」



これも何となくであるが、彼女が、

笑みを浮かべている様に見えた。



それに、ガラガラと崩れ落ちていく破片などが

飛び交っていて、視認が難しい。



ーー気のせいか?



ーーあの聖女に、笑いなんて..。



きっと、死を目の前にして、とうとう、

竜司の脳が、バグッて幻覚を見せている。



ヤケになって、エラーが起きたと、結論づけた。



最後まで、聖女へのバイアスを深める竜司である。



ーーあれ?



次に、竜司が瞬きをした時だった。



もう、聖女の姿は、その場にはいなかった。



ーー消えた...?



まるで、最初から、その場にはいなかった様だ。



ーーいや...。



ーーそもそも、もうここには、いない。



痕跡はもちろん、気配の察知さえ不可能。



この夢自体から、退場したのであろう。



そして、この世界には、竜司、たった一人だけ。



ーー絶対に、痛いだろうなぁ...。



急な寂しさに襲われた竜司は、

急速に、地面が迫り来る様に、見えた。



一瞬で終わるだろうが、エンディングの迎え方が、

苦痛なのは、わかっているからこその恐さがある。



ガチガチと歯を鳴らし、表情が強張っていく。



ーーイヤだ!



ーーイヤだ!イヤだ!



ーーイヤだ!イヤだ!イヤだ!



ーー死にたくない!



誰にしも、抱えている死に対する恐怖心。



竜司は、それを前にして、慄いていた。



はるか昔、携帯もなければ、電気、ガス、

水道もない、屋根や窓もない、住居がない、

荒野を彷徨っていた人類の原始時代。



常に、飢えた野生の凶暴な動物達に襲われる

危険と隣り合わせ。



1万年以上はるか昔、DNAに刻まれた野生本能、



よっぽどの事がない限り、命を失う危険がない、

治安の良い、安全で社会に生きている現代人には、

なかなか感じる事が、困難かもしれない。



だが、今の竜司は、1万年以上も前の原始人と

寸分違わない、防衛本能を剥き出しにしている。



ーーズルッ!



遂に、握力が限界を迎え、掴んだ手を離した。



そして、重力に導かれるままに、

竜司の身体は、真っ逆さまに、落下。



「アァァァァァ!!!」



声にならない、喉の裂ける叫びを上げる。



こうでもしないと、今にも、心が壊れそうで

本能的に、防衛せんと、全身が反応した。



現実に戻る、本当の意味での死ではないと

わかっていても、やはり、体は、正直だ。



そして、落下から10秒も経たず、激突を迎えた。



ーードシャ!



身体中に、激痛が駆け巡る。



全身の骨は粉砕、手や足はあり得ない方向へ

捻じ曲がり、五臓六腑は破裂と損壊、



喉が裂ける程の声が出る間もなく、

彼の意識は、ブラックアウトした。



記念すべき、最初の死を、迎えるのであった。


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