Vol:24 走馬灯



「ウワッ!」



床が抜け落ちたその拍子に、竜司は、

身体のバランスを崩し、危うく落下しかけた。



寸前の所で、剥き出していた鉄骨を掴み、

何とか、危機から逃れられた。



しかし、夢の世界は、崩壊の一途を辿っている。



手の握力が限界を迎えるのはもちろん、

竜司の命が途切れるのも、時間の問題だ。



下に目を向けると、いかにも、硬い

アスファルトの地面が、彼を待ち迎えている。



落ちたらひとたまりもない。



それは、火を見るよりも、明らか。



精神的にも、肉体的にも、ギリギリ。



その状態の竜司を前に、聖女がいた。



正確には、彼の掴んでいる鉄骨の上に、立っている。



彼女の周りだけは、異常が起きておらず、

時間が静止したかの如く、静けさが漂う。



そこに、聖女は、悠然と佇み、静観している。



「グッ...!」



最後の捨てセリフの一つや二つ言いたいが、

あいにく、その余力は残されていなかった。



彼の心境を汲み取ってか、聖女は、別れを伝える。



「大丈夫ですよ。」



「また、近い内に、会いましょう。」



ーー全然、大丈夫じゃないですけど!



気力を振り絞りたいが、絞りカスもない。



ツッコミを入れたい竜司ではあったが、

聖女の言葉に、幾分か、不安の曇りが晴れた。



少なくとも、再会の目処が立った。



未解決の疑問も、その内、解消されるだろう。



「最後に、もう一つ。」



聖女は、言葉を付け加えた。



「今回、夢の世界にいた事で、竜司さんのいる

現実に、少なからず、影響が出ているはずです。」



「それを観察した上で、こちらに来て下さい。」



どうやら、次回の宿題を与えられた様だ。



「はい...。」



竜司は、最後の力で、彼女の話に耳を傾け、

力の無い返事を、何とか捻り出すのであった。



「その時に、改めて、詳細をお伝えします。」



「では、それまでの間、しばしのお別れです。」



そう言い終え、聖女は、一歩下がった。



そして、竜司の掴む握力が限界を迎え、手を離した。



その瞬間。



彼の見ている世界は、スローモーションに流れている。



両手はゆっくりと、掴んでいた鉄骨から離れ、

徐々に、竜司の身体は、垂直に落下し始める。



ーー走馬灯というやつか..。



命の灯火が消える目前だというのに、

竜司は、自身の置かれている状況を

いたく、冷静に、観察していた。



テレビの特集で、たまに、取り上げられる

臨死体験を、まさか、当事者になるとは

露知らず。



また、他人が聞けば、全く信じられない様な

結末を迎える事も、思いもよらなかった。



ーー色々とやりたい事があるのになぁ...。



無念にも似た心情と共に、過去の記憶が、

彼の脳内に、映像として流れてきた。



いざ、死を前にして、先程までの複雑な感情や

恐怖は、最初から無かったかの様に去っていく。



ただ、彼の心からの願いだけが、そこにあった。



現実に戻れると、頭では分かってはいる。



しかし、ここは夢の世界。



今は、彼の本心が、姿、形として現れている。



「竜司さん。」



竜司の身体が、完全に宙に投げ出された中、

聖女は、最後の言葉を伝えていた。



しかし、すでに彼の耳には、届かない距離にいた。



それでも、彼は、聖女の顔を見上げた。



「ーーーーーーー。」


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