Vol:20 30年のプロローグ



「ようやく、竜司さんらしさが出ましたね。」



すでに、聖女の表情は、元に戻っていたが、

竜司は、そんな事も露知らず、

ハッと、我に戻った。



「えっ?自分が?ですか?」



いまいち、聖女の真意を理解できていなかった。



「今までは、何も言う事ができなかった所。」



「一枚殻を破り、本音を話せましたね。」



「でも、決して、恥ずかしくはありません。」



「現実世界では、それが、多数派で、

普通になってしまっているのですから。」



「先程の意識を、ずっと大事にしていて下さいね。」



ーーこれからの旅に、必要となりますから。



竜司の背中を押す様に、聖女が伝えた。



ーードクン。



竜司は、まだ自身の素直さを

表現する事に慣れていないせいか、

照れくささで、顔が赤くなる。



心臓の鼓動も早い。



けど、同時に、心地の良さを覚えていた。



感じた事のない高揚感、昂る精神。



辛気臭い路地を歩いていた暗闇。



言いたい事も言えず、抑圧された心は、

外界との繋がりを絶たれていた。



その彼の数十年、ようやく、光が照らされる。



遅ればせながら、本当の意味で、

竜司という物語の一行目が綴られる。



30年、思えば、長い長いプロローグだった。



それも、全て、この為にあったと考えれば、

決して、無駄な時間ではなかっただろう。



竜司は、そっと、右手を胸に当て、

感慨深く、様々な思いを巡らせていく。



その表情は、とても穏やかだ。



「それと、もう一つ。」



「お伝えする事があります。」



ここで、聖女は、人差し指を立てながら、

忠告とも、警告とも言える内容を知らせる。



「竜司さんの性格的に、性別問わず、

相手を甘やかすクセがあります。」



「結果、相手が、竜司さんに対して、

ナメた態度を取らせる事に繋がります。」



「それは、今後における、あなたの障害ともなりえます。」



「必ず、克服して下さいね。」



ギクッと、竜司の肩が上がった。



生来、彼は頼まれ事を断るのが、難しいタチだ。



これは、彼の育った環境も影響しているが、

誰にも嫌われない様に、目立たない様にと、

逃げの一手を打ち続けてきた結果、



何でもかんでも、他人の意見を受け入れ、

その通りに、動いたり、従ったりする、



いわば、奴隷気質になってしまったのである。



今まで、抵抗や異議、「ノー」という、

外国人みたく、明確な拒否の意思表示を、

した試しがなかった。



家族にでさえ、良い子ぶり、「イエス」のみ。



長い年月をかけ、生粋のYESマンとなってしまったのだ。



他人から見れば、竜司は、絶好のカモであったろう。



絶対に断らないし、何をしても問題にならない。



相手をつけ上がらせ、たかを括らせる事にもなる。



それが行き過ぎた結果、イジメにも繋がり、

とても健全な関係を築けていけないだろう。



彼の本心では、嫌だし、断りたい思いだった。



けれども、受け入れてしまう。



そんな葛藤を抱えて生きる、自身が嫌いだった。



どうやら、最初に変えるべき現実、

進むべきシナリオが決まった様だ。



竜司は、若干の重い雰囲気を纏わせながら、

ハァと、ため息をついた、



ーーやるしかないか...。



仕方ないと、観念した態度であった。



しかし、その姿は、決して、以前の様な

後ろ向きな姿勢ではなかった。



現実を変えようとする、これまでの筋書きを

修正すべく、前向きさが表れていた。



着実に、彼の内面に変化が、訪れ始めている。



そして、竜司の様子を見て、

聖女は、意外なアドバイスをする。


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