Vol:18 目覚めの時



ーー何の為にここにいる?



ーー何の為の力なのか?



「...。」



聖女の問いに、それまで竜司の心を掌握、増幅した、

膨大な暗黒の感情が、時が止まった様に、停止した。



たとえ、容姿が別人に変わろうが、闇に堕ちようが、

そもそもの、パワーバランスは変わらない。



彼に、有無を言わせない、聖女のカリスマ性、

支配力は、細胞単位で、全てに響かせるのだ。



不幸中の幸いか、



その芯を喰った問いかけに、竜司は我に戻った。



ーーどうして、いつもこんな目に...?



ーー何で、貧乏クジばっかり...?



ーーこの苦しみや恨みを、どこで晴らすべきか...?



しかし、あくまでも、一時凌ぎに過ぎない。



やり場のない憤りや憎しみの怨嗟が、

心を彷徨っている。



いつ、空中分解が起きてもおかしくない、

レッドゾーンにいる事は、変わらない。



ちょっとした一言でさえ、

彼の心の振り子は、いかに様にも振り切れる

脆弱性を孕んでいるのだ。



実際に、彼の容姿に、現れた。



ほんのあと少し押せば、道を外した

破滅の未来へと歩み始めていただろう。



しかし、竜司は思い、踏みとどまった。



土俵際のピンチを、最後に残った、

わずかな良心が、踏ん張ったのだ。



彼のそもそもの動機は、そんな陳腐で、

ドス黒いモノではない。



ーー俺は...。



どれだけ、彼の尊厳を踏みにじられても、

道を踏み外しはしなかった。



光の道筋へと歩み出し、

たとえ、道を誤っても戻れる、勇気がある。



無自覚であるが、これは、彼の特異な性質だ。



これまでの彼の負った傷も、凄惨たる想いも、

刻み込まれてきた数々の敗北は、確かに存在する。



しかし、それはあくまでも、過去の話。



ーーなぜ、この夢の世界に来たんだ?



ーーなぜ、力を使おうとするのか?



ここに来る、直前の事を思い出す。



嫌気が差していた現実。



失っていた希望。



藁をもすがる気持ちで、祈った。



ーー誰でもいいから...。



もう、自分の手ではどうしようもなく、

どんなに、手を尽くしても、施しようがない、

まさに、八方塞がりの境遇、



ーーこの世界を変えてくれよ...。



心の底からの渇望。



不幸で、不遇だった人生に別れを告げ、

全く違う、新しいステージを生きたい。



ーーどんな困難が、降りかかってもいい。



ーーどんな犠牲や痛みがあっても、構わない。



たとえ、それが、茨の道であっても、だ。



ーーこのクソッタレの現実を変えられるならば!



ーー俺は、何だって、やってやる!



嘘、偽りのない、彼の純粋な心だった。



その、彼の願いに呼応するかの様に、

幸運にも、夢の世界の入国が認められ、

聖女という、導き手に出会った。



そして、今、目覚める時がやって来た。



これから、彼に待ち受ける、新たな運命の始まり。



新しい未来と引き換えに、これまでの過去と訣別。



もう、昔の終わった事なんて、どうでもいい。



ただ、過去に、負わされた心の傷の癒しや、

トラウマを克服する必要が出てくるだろう。



しかし、この旅の道中で、対峙する事になる。



ーーフッ...。



いつの間にか、彼を覆っていた暗闇は、消失した。



竜司は、顔を上げ、意を決した表情、

意志の宿った瞳で、聖女を見つめ、

口を開いた。


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