Vol:17 ダークサイド
「...。」
竜司は、口をつぐむ。
聖女の話は、彼の脳では処理しきれない
キャパオーバーの情報を整理するのに、
精一杯で、考える余裕がない。
正直、期待よりも、侮りが勝っていた。
要は、舐めていたのだ。
たとえ、スキルがあるとしても、
彼の想像程度のレベルでしかできないと
ガッカリと失望していた。
ーーこんな能力が一体、何の役に立つ?
今し方まで、そう思っていた。
『王になる』
その可能性を秘めていると、聖女の言葉を聞くまでは。
たとえ、甘言であろうとも、関係ない。
竜司の心の風向きが、変わった。
しかも、他人の視線や評価、
思惑を気にする事なく、自己本位で、
思う様に、好きな事ができる。
彼にとって、夢の様な僥倖。
調教という文言に、踊らされていたが、
実は、とんでもない力が眠っている。
次第に、竜司は、この力に想いを巡らす。
これまで、彼は、虐げられてきた側の人間だ。
幼い頃、家族からの暴力や暴言、
母も父も、誰も彼を引き取らず、一家離散、
悲惨な環境から、全てが、始まった。
学校でも、クラスに馴染めず、イジメに遭った。
昼食を教室で食べられず、トイレにこもって食べる。
いわゆる、便所飯が、彼の定位置。
心を許す友人も、大切な人もいない。
幼少期から今に至るまでにできた爪痕が、
今も尚、竜司の心に、深く残っている。
フラッシュバックを繰り返し、消えてくれない。
これまで、負わされてきた
怒り、恨み、苦痛、無念、屈辱...。
ネガティブで、真っ黒に澱んだ感情の全て。
この夢の世界で長年の雪辱が果たせると思うと、
彼の魂の古傷が、疼き出し始める。
ーーギュッ...!
自然と、右手が心臓のある胸を掴んでいた。
ーー今度は、お前が仕返しをしてやる番だ。
そう語りかけてくる、もう一人の竜司がいた。
ーーお前をこんな目に遭わせた家族が許すな!
ーー誰も救とうとしない、この社会や世界を許すな!
夢は、その人の心を、投影として現れる。
竜司自身、今まで無自覚であった、
これまでの負の感情を呼び覚ます。
調教だか何だか知らないが、
その力があれば、今までの苦しみから解放される。
ーー目にモノを見せてやれ!
地面を這い蹲わせ、許しを乞わせ、
それこそ、憎い奴に首輪をつけ、
縄で引っ張り、首を絞めてやる。
次に、頭を垂らせ、地面を、舌で舐めさせるのだ。
ひと言すら許さない。
呼吸音ですら、自分の気に障るモノならば、
問答無用に、厳罰を与え、悶えさせてやる。
虫の居所が悪ければ、足で頭を踏みつけよう。
それで、鼻血だろうが、歯が折れようが、
泣こうが、喚こうが、無関係。
むしろ、苦しむ姿に、愉悦に浸ってやるのだ。
ーーザマァネェヤ!
家畜同然の屈辱を味あわせる事で、
鬱憤を晴らせるものだ。
ーーいや...。
それだけじゃ、モノ足らない。
これは、始まりにしか過ぎない。
奴らが、自分に負わせてきた借り。
そこには、利息が発生しているのだから、
元本で、済まそうだなんて、虫がよすぎる。
利息と合わせて払ってもらわないと。
ーー死ぬまで、毟り取ってやる。
乾き切っている、竜司の欲望は満たされない。
ーー奴隷にして...支配してやる...!
ーー這いつくばって祝えよ!
ーー新たなる王の誕生だ!
まるで、銀河系の惑星、全てを征服せんとする、
SF宇宙作品に登場する、銀河皇帝の様だ。
ダークサイドの感情が、噴き出す。
全身黒ずくめ、黒いマントを羽織り、
目の下にクマができ、顔も黒ずんだ色合い、
暗黒に堕ちた、風貌へと変化していく。
今の彼ならば、世界征服なんて、容易だろう。
他人を跪かせ、思い通りのコントロールもできるだろう。
相手が異性ならば、彼のイメージした
恥辱にまみれた行為だって、造作も無い。
マイナスのエネルギーとは、それ程、強力なシロモノなのだ。
だが、しかし。
「それも、力の使い方の一つでしょう。」
そんな彼の他を一切、寄せ付けず、
排除する有様にも関わらず、聖女は、
涼やかに、自然体で、竜司に語りかける。
「方向性は違えど、その資質を発揮すれば、
世界に影響を与えるのは容易でしょう。」
「どう使うかは、竜司さんのご自由です。」
正そうとする事もなく、不必要な干渉をしない
スタンスで、一見、突き放している様でもある。
「その前に、もう一つ、竜司さん。」
しかし、だからこそ聖女は、ニュートラルに、
彼の核心にまで、浸透する言葉が届いていく。
「何の為に、ここにいるのですか?」
「そして、何の為に力を使うのですか?」
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