Vol:7 聖女降臨



その人物は、筆舌に尽くせない。



『絶世の美女』であった。



月並みの表現なのかもしれない。



けれども、竜司にとって、目の前にいる

彼女は、その形容ワードしか思いつかない。



ーーなんて...。



ハッとして思わず、息を呑み込む。



ーー綺麗な...。



どこかの国の妃や女王、



はたまた、ミスユニバースの

トップに選ばれたと言われても、頷く程、

これまでの人生で見た事ない、美しさ。



背中まで伸びた、艶のある黒色の長髪、

まるで、人形を模した小さな顔、



星の様に輝く、すみれ色の澄んだ瞳、



エルフや吸血鬼を想起させる外見は、

別世界の住人とさえ、目に映る。



白色のワンピースと麦わら帽子を着た、

その麗しい方が、まさか、頭のネジの外れた

セリフを言い放つ人物と同一、



にわかに、信じられない。



だが、短い人生ながら、断言できる。



この先、二度と、お目にかからない。



美貌の持ち主の、女性であった。



この世に存在するのかさえ、疑わしい。



まさに、神々しい女神が降臨した様であった。



聖なるオーラを放つ、彼女を目前に、

竜司の身体は、固まり、動かない。



蛇に睨まれたカエル、とも言うべきか、

彼女の存在に、圧倒されてしまっている。



ーー敵わない...。



生物の本能が、一瞬で、その答えを導き出す。



もはや、彼の生死の与奪権は、彼女に握られている。



そう言っても差し支えないと表せられる程、

指先一つすら、まともに、動かせない状態だ。



そんな竜司に構いなく、姿を現した

聖女は、顔色や態度を一つ変える事なく、

淡々と、話を進めていく。



「その状態では、話ができません。」



「意識を、戻して下さい。」



まるで、免罪符として効いたのか、

許諾を得た上での結果なのかは、ともかく、



ーービクッ!



電気ショックで与えられた反応みたいに、

聖女の言葉に、呼応して、竜司の全身は、

ビクンと、跳ねた衝撃で、我に戻る。



見た事のない、美女に声をかけられた

ショックで、呼吸さえ忘れていた身体は

ようやく、自由を得られた。



しかし、すぐさま、別の問題がやってくる。



ーー...。



次の言葉が、浮かばない。



そもそも、異性に対する免疫は、0だ。



無論、目の前にいる美しい聖女と、

コミュニケーションはもちろん、アイコンタクト、

姿を見るのでさえ、無理難題である。



恋愛初心者チェリーのレベル1の竜司にとって、

攻略不可のレベル100を優に超える、



いわば、無理ゲーを、やらされるモノだ。



童貞なりにイキッていた、さっきの威勢は

どこかへ飛んでいき、発声すらままらない。



しかし、彼女は、我関せずで、竜司に問いかける。



「理解しましたか?」



「あなたは、今、夢の中にいます。」



「私に関しては、あなたのガイドだと思って下さい。」



RPGのプロローグにある、

プレーの仕方を説明をする様に、

起伏のない言葉で、簡単な説明だ。



「それを体感してもらう為の、施しでした。」



「窓からの景色は、そうだったでしょう?」



ーーコクリ。



聖女の質問に、竜司は、顎をわずかに動かし、頷いた。



しかし、ここで、彼の頭の中に、疑問が浮かぶ。



仮に、彼の身に起きている事が、夢だとしよう。



彼の五感は、現実にいる時と、変わらない。



窓から流れる風に当たる肌の感覚、

生活感が漂っている部屋の匂い、

耳に届く、外の雑音...



だが、その違いは、イマイチ、腑に落ちない。



夢の世界に、いる。



納得という実感が、いまいち、湧いてこないのだ。



しかし、竜司の違和感は、瞬時に、解消される。



「では、試しに、竜司さんの理想とする

男性像を、頭の中で、イメージしてみて下さい。」



ーー何を言っているんだ?



竜司は、戸惑いながらも、聖女の

言われるがまま、目を瞑り、想像してみる。



体型は細マッチョ、6パックの腹筋、

ゆで卵の様なピカピカ肌、肩まで伸びた

セミロングのツヤのある金髪で、二重、



精神的にも、経済的にも自立...etc



ーー一体、夢と何の関係があるんだ?



ーーやっぱり、騙されているのか?



疑心暗鬼で、訝しみながらも、ある程度の、

イメージが整った所で、聖女が、口を開いた。



「では、鏡で、ご自身を見てみましょう。」



別の空間から出てきたかの様に、

いつの間にか、全身が映る鏡が、

すでに、用意されていた。



ーーイメージ通りの人物になるとかか?



ーーまっさかぁ、いくらなんでも、

そんな現実があれば、苦労はしない。



ーー投資詐欺じゃ、あるまいし、そんなうまい話...



「あるワケが...」



竜司は、全く期待せず、鏡の前に立つ。



「...!?」



目の前に映る、彼自身の姿を捉える瞬間、



こぼしていた愚痴を、全て、かき消した。


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