第41話 社畜、家族の大事さ

「ダンナ様、もう少ししたらありますよ!」


 草原の中をホワイトに引っ張られながら、歩いていると何か違和感を感じた。


「ここです」


 ちょうど違和感を感じたところと、ホワイトがみつけた変なところは同じだった。


 パッと見た時は、そこまで違和感を感じないだろう。


 だが、ずっと見ていると空間がおかしいと感じる。


 どこか景色が歪んでいるように見えるのだ。


 たしか心菜がはじめに襲って来た方に歩いてきた気がする。


 ひょっとしたらこれがダンジョンから出るゲートなんだろうか。


 俺はゆっくりと近づき、手を触れようとする。


「ダメ!」


 突然ホワイトは俺を引っ張って、触らないように止めた。


 実はダンジョンのゲートではない何かだろうか。


 俺よりも魔物であるホワイトの方が、その辺の危険察知能力は高いからな。


 一度どうなっているのか調べてみることにした。


 その辺に生えていた草を抜いて投げてみる。


 歪んでいる空間の中に入ると、どこかに消えてしまった。


「ひょっとしたら俺の腕がなくなっていたかもな」


 今度は投げずに手に持ったまま、入れたり抜いたりを繰り返すことにした。


 やはり草を入れた途端は先が見えなくなる。


 ただ、ゆっくりと抜いていくと草はそのまま生えていた。


 きっとダンジョンのゲートで間違いないだろう。


「これがゲートだな」


 ホワイトの方を見ると少し寂しそうな表情をして、こっちを見ていた。


「俺は帰らないから大丈夫だぞ」


「本当に?」


 どうやら俺を帰らせないように、手を入れるのを止めていたのかもしれない。


 そんなに離れるのが嫌だと聞いたら、俺も嬉しくなってしまう。


「じゃあ、せっかくのデートだから遊ぼうか!」


「いいの!?」


「ああ」


 遊ぶといってもその辺の魔宝石を集めてくるだけだ。


 それなのにホワイトは嬉しそうに魔宝石を集めていた。


「ダンナ様、こんなに集めてどうするんですか?」


 俺とホワイトの腕の中には、たくさん集めた魔宝石を持っている。


 特に魔宝石で何かしたくて集めたわけではない。


「ゴボタやリーゼントが間違えて入ったら危ないからな」


 ゴボタは手押し車、リーゼントはスクーターに乗っている。


 勢いよく走っているため、外に出てしまう可能性があった。


 だから、目印に魔宝石を使おうと思ったのだ。


 俺はダンジョンゲートの周囲を回りながら、一定の間隔で魔宝石を円状に置いていく。


 その後、間に魔宝石を置くと綺麗な円ができた。


「これならあいつらでも、さすがに気づくだろ?」


「さすがダンナ様ですね」


 何をやっても褒めてくれるホワイトはどこか居心地がよかった。


 外も暗くなった俺達はホワイトと拠点に戻ることにした。



「とーたああああん!」


 拠点が遠くに見えて来た時には、ゴボタが名前を呼びながら走ってきた。


「おう、ただいま!」


 大きくジャンプしたゴボタを俺は抱きかかえる。


「おっ、真っ黒だな!」


「ぎゃんばった!」


 拠点を直す作業を頑張っていたのだろう。


 体が真っ黒になっていた。


 右手にゴボタ、左手にホワイトの手を繋いで帰っていく。


 社畜の時と比べたら、数日でだいぶ生活環境が変わった。


 こんなに平和な日々を過ごせるとは思ってもいなかった。


 いや、実際は20年だったか。


「とーたん、みてみて!」


 突然、ゴボタが引っ張って見せてきたのは木で作った小屋だった。


「えーっと……小屋?」


「ゴボォ!」


 小屋なのはあっているらしい。


 ただ、こんなところに小屋はなかったはずだ。


 しっかり壁や屋根だけではなく、扉もできており、ちゃんと外と中が区別できるようになっていた。


――ガチャ!


「あっ、お兄ちゃんおかえりなさい!」


 中から心菜が出てきた。


 なぜか心菜も体が汚れていた。


「これってどういうことだ?」


「ああ、リーゼントがほぼ一人で使っていたわよ。あの子は犬でも魔物でもなく、建築士だったのよ」


 心菜はついに頭でもおかしくなったのだろうか。


 それを感じたのか、心菜は握り拳をつくっていた。


「いや、俺は何も言ってないぞ!」


「今何か言おうと――」


「あっ、ボスおかえりー!」


 まだ何かを作っているのか、ツルを編み込みながらリーゼントは歩いてきた。


「ボス、オラが家を作ったんだぞ!」


「ああ、すごいな」


「エッヘン!」


 リーゼントを褒めるが、どこか浮かない顔をしていた。


 いつもより表情が暗いのは何かあったのだろうか。


「だからいつでも帰って来てね」


「ん? どういうことだ?」


「帰るお家があればいつかは帰ってくるでしょ?」


 その言葉を聞いて俺はすぐにリーゼントを抱きしめた。


 あれだけ帰らないと言ったのに、俺の言葉を信じていなかったのだろうか。


「俺はどこにも行かないぞ」


「オラ達のわがままにボスを振り回しちゃダメだもん」


 リーゼントの目からはポタポタと涙が流れ出てくる。


 それよりも鼻水が垂れて、無様な顔になっている。


 普段なら汚いと言うが、そんな気持ちは全くない。


 思う存分俺で鼻水を拭けば良い。


 俺はみんなに寂しい思いをさせていたんだろう。


「あっちにもボスの家族がいるでしょ?」


「ああ、母さんが――」


 俺はその時、母のことが頭によぎった。


 心菜が大人になったら、母も歳をとっているはず。


 元気に過ごしているのだろうか。


「心菜、母さんは元気か?」


 心菜は俺の実家の隣に住んでいた。


 母のことは心菜が知っているはずだ。


「ごめんなさい。お兄ちゃんのお母さん入院しているんです」


 その言葉を聞いて俺の頭は真っ白になった。

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