第13話 社畜、子育てに悩む

「ワオオオオオン!」


「いやいや、ゴボタゆっくりだ!」


 手押し車に乗っている俺はあまりの速さに驚いていた。


 初めは仲良く並走していた。


 それがいつのまにか競争心に火をつけたのか、スクーターと手押し車の速さを競い出した。


 普通であればスクーターの方が速いと思うだろう。


 ただ、ゴボタはその辺の子どもと同じにしてはいけない。


 まさかの接戦になるぐらい足が速かったのだ。


 速いとは思っていたが、時速数十kmで走るとは誰も思わないだろう。


 その結果、俺はジェットコースターに乗っている気分だった。



「お前ら……いいかげんにしろよ……」


「クゥーン……」


「ゴボォ……」


 どうやらゴボタと犬は反省しているようだ。


 ただ、しばらくはスクーターと手押し車の禁止令を出した方が良いだろう。


 それだけ俺が死ぬかと思った。


 シートベルトのような安全ベルトがあれば良い。


 何もない状態のため、ほぼ体が投げ出された状態で運ばれていた。


 しかも、降りようとしたらゴボタが、落ちないように器用に手押し車を傾ける。


 そういう時だけ、力のコントロールができるってどういう構造をしているんだ。


 その結果、俺は吐きそうなくらい酔っていた。


「とりあえず寝る場所を確保するぞ」


「ワン!」


「ゴボォ!」


 俺達は拠点の整備をすることにした。


 あれ……?


 そういえば、この犬はいつまで一緒にいるつもりだろうか。


「お前は帰らなくても良いのか?」


「なぁ、オラを追い出すつもりか!?」


「いや、別にいてもらってもいいけど、スクーターは乗せないぞ?」


「あれはオラの――」


「とーたんの!」


 ゴボタに怒られて犬はシュンとしていた。


 結局スクーターに乗りたいから俺達と居たいのは丸わかりだ。


 それでもゴボタと馴染んでいるから問題はないだろう。


 それにゴボタよりも言葉がわかっているため、良い勉強相手になるはずだ。


「まぁ、せっかく仲良くなるなら名前が必要だな」


「名前?」


「そもそも名前があるのか?」


 俺の言葉に犬は首を傾げていた。


 いつまでも犬っていうのも可哀想だからな。


「俺は門松透汰」


「ゴボタ!」


「ボス……ゴボタ?」


 いやいや、俺はボスではないぞ。


 犬は俺達の方を見て名前を覚えようとしていた。


 本当に利口な犬だな。


「オラは名前がない生粋のツッパリだ!」


 うん、もう名前はツッパリでも良い気がしてきた。


 ただ、〝生粋のツッパリのツッパリ〟って言われたら、何を言っているのかわからなくなりそうだ。


「ツッパリの似たような言葉だと、ヤンキーとかか?」


「ヤンキー? オラをあいつらと一緒にしないでくれ!」


 なぜかヤンキーには対抗心を抱いているようだ。


 ツッパリとヤンキーは別物なんだろうか。


 そもそもツッパリがどんな感じなのかはっきりとはわからない。


 大体のイメージで知っている言葉を並べていく。


「ならリーゼントとか短ランとかか?」


「オラ、リーゼントが良い!」


「リーゼントで良いのか?」


 どうやらリーゼントが気に入ったようだ。


 それが名前で良いのかと疑問に思うが、本人が良いならリーゼントに決定だ。


「ならこれからリーゼントと呼ぶよ! リーゼントよろしくな!」


「りーじぇっと!」


 まだゴボタは上手く言葉が話せないようだ。


「さぁ、今から拠点作り……」


 今から拠点作りをしようと思った時には、全身の力が抜けてきた。


 眠たくなくても勝手に瞼が閉じていく。


 これは初めてゴボタに会った時に似ているような気がする。


「ワンッ!?」


「ゴボッ!?」


 そんな俺をゴボタとリーゼントは心配そうに覗き込んでいた。



 ♢



 また口に苦味が……広がらなかった。


 どうやら今回は薬草もどきを詰められなかったようだ。


「ゴボオオオオオ!」


「ワオオオオオン!」


 ゴボタとリーゼントは心配しているのかと思ったが、何か楽しそうな声が聞こえてきた。


 俺はゆっくり目を開けて、体を起こすと二人でスクーターに乗って遊んでいた。


「あいつら……」


 もう弁明の余地もないだろう。


 現に俺はあいつらの行動を見ている。


「お前らあああああ!」


「ワンッ!?」


「ゴボォ!?」


 俺に気づいたのかゴボタはすぐにスクーターから降りた。


 一人残されたリーゼントはどうしようか戸惑っている。


「おい、リーゼント今すぐに降りろ」


「ワォ……」


――ドゥ……ドドド。


 そのタイミングでスクーターから変な音が聞こえてきた。


「まさか……」


 スクーターはこっちに来る前に止まってしまった。


「はぁー、ガソリン切れだな」


 いずれはこうなることはわかっていた。


 だが、ここまで早くなくなるとは予想していなかった。


 俺はリーゼントのところまで歩いていく。


「ボスゥ……」


 リーゼントはスクーターから降りて、俺が来るのを待っていた。


 尻尾を股の間に挟んで怯えている。


「とーたん……ゴボタも……」


 ゴボタは俺の服を持って言葉を探している。


 目に涙を溜めているから、謝ろうとしているのだろう。


「はぁー、二人ともここに座る」


 俺はゴボタとリーゼントを座らせた。


 自然に正座をしているのは反省している証だろう。


 そもそもリーゼントがどうやって正座しているかの方が内心気になっている。


 ただ、ここはちゃんと親として怒らないといけない気がした。


「なんで俺が怒っているのかわかるか?」


 お互いに顔を見合わせてから、スクーターを見ていた。


「オラが勝手に乗って壊したから……」


「ああ、壊れたのは別に問題ない」


「ならなんじぇ?」


「俺は危ないって何度も言ってるだろ? それを無視してスピードを出していたのはゴボタとリーゼントじゃないのか?」


「ワン……」


「ゴボッ……」


 ゴボタとリーゼントは地面を見て項垂れていた。


「まだ俺がいるから良いが、二人に何かあったらどうするんだ? それに誰かに当たって事故にでもなったらみんな悲しいぞ」


 俺は何度も危ないと伝えていた。


 それを聞かなかったのはゴボタとリーゼントだ。


 何が危ないのかわからないから、何度言っても理解できないのは仕方ない。


 ただ、人の話を聞かずに無視してやっていたことが一番悪い。


「とーたん、ごめんちゃい」


「ボスゥ、ごめんなさい」


「本当に二人が無事で良かったよ」


 俺はゴボタとリーゼントを抱きしめる。


 これで理解したのかはわからない。


 ただ、俺が心配しているのは伝わった気がする。


「にひひ!」


「ワフゥー!」


 ゴボタは嬉しそうに笑い、リーゼントは大きく尻尾を振っていた。


 俺はちゃんと注意ができたのだろうか。


 子育てをしたことない俺には何事も初体験で手探りだ。


 あー、子育てって難しいな。

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