第12話 社畜、生粋のツッパリ犬に驚く

「ボスウゥゥゥゥ!」


「とーたん!」


「あー、はいはい。とりあえずお互いに落ち着こうか」


 ゴボタと犬の喧嘩は中々大変だった。


 ずっと俺を中心にクルクルと回っていた。


 止めようにも両方とも走るのが速くて、俺には捕まえられなかった。


 何度も捕まえようと手を出すが空回りしていた。


 それに途中から楽しくなったのか、二人とも遊んでいるように感じた。


 正確にいえば俺が遊ばれているのに近かったが、癒しにはなったから問題ないだろう。


「それよりも俺はボスなのか?」


「ワンッ?」


 こういう時に限って、犬を装う謎の犬もどき。


「とーたんだよ?」


「ワッ……ワン?」


 実際俺は父さんでもボスでもないからな。


 ただ、ゴボタに友達ができた感じで俺は嬉しかった。


 スクーターに戻ってきた俺は早速椅子を持ち上げ、収納から鞄を取り出す。


「腐ってはないんだな」


 鞄に入れたままずっと放置していたため、悪臭がすると思っていた。


 だが、実際に開けると収納した時のままになっていた。


「冷蔵庫機能付きなんか? いや、時間停止機能なのか……」


「れいじょこ? じきゃ……」


「れいぞうこきのう、じかんていしきのう」


「れいじょ……ゴボッ!」


 犬が子どもに言葉を教えるという、訳のわからない現場を俺はただ眺めていた。


 そもそも冷蔵庫も時間停止も見たことなければ、言葉の意味も理解できないだろう。


 そもそもここに時間の概念があるのかもわからないしな。


「そういえば、犬はいつからここにいたんだ?」


「オラは気づいたらここに乗っていたぞ? 生粋のツッパリだ!」


 どうやらここまで来た時の記憶は残っていないようだ。


 それに自分のことを生粋のツッパリだと言っていた。


 いつからツッパリなのかもわかっていない。


 それに生粋のツッパリとはなんだ。


 本当にゴボタと同じで謎に包まれている。


「とりあえずスクーターのところに戻ってきたから、生活を整えようか」


 何とか食事は確保できて、水もどこにあるのかわかった。


 あとは拠点を確保して、帰る方法を探すだけだろう。


 俺がスクーターにエンジンをかけると、犬は目を輝かせていた。


「ワオオオオオン!?」


 驚き方は完全に犬になっていた。


 さっきまでエンジンのかけ方もわからなかったからな。


「乗ってみるか?」


「ワン!」


 犬を座面に座らせると、俺は後ろに跨ぐように座る。


――ブオオオオン!


 あれ?


 この前と音が違う気がする。


 ただ、エンジンは普通にかかるし、特に異常はなさそうだ。


「ゴボッ……」


 ゴボタを見るとずっと地面を見て、顔を伏せていた。


「ゴボタどうしたんだ?」


「とーたん! ゴボタない!」


 どうやらいつもゴボタが座っていた場所を犬に取られたことが嫌なんだろう。


「あー、ゴボタが優しく掴めるならいいぞ」


「ゴボッ!?」


 ゴボタは頭を抱えて悩んでいた。


 絶賛、力のコントロールを覚え中だからな。


 俺がスクーターの後部座席を叩くと、ゴボタは急いで駆け寄ってきた。


 ただ、一人では乗れないのだろう。


 その場でずっとジャンプをしている。


 可愛い姿をずっと見ていたいが、さすがにまた怒られるのと体が限界になるだろう。


 俺は抱きかかえて、再びスクーターに乗ると準備はできた。


 一応犬だから二人乗りだから問題はないだろう。


「ゴボタは絶対に離すなよ」


「にひひ!」


 ゴボタは嬉しそうに俺の腰部分に手を回していた。


 正確には締め殺しそうな勢いだ。


 俺はそう思いながらもアクセルを握る。


――ブオオオオン!


 やっぱ音がおかしいと思ったが、それよりも気になるところがあった。


「うおおお、はやいはやい!?」


 少し握っただけなのに急発進したのだ。


 明らかにスクーターがおかしくなっていた。


 体が勢いよく引っ張られるのを必死に耐える。


「ワオオオオン!」


「ゴボオオオオ!」


 それでも犬とゴボタが楽しそうにしているのだ。


 良い子はマネしないようにと言いたい。


 速度はすぐに80kmぐらいになっている。


 俺もツッパリの犬に影響されて、不良少年になってしまった。


 いや、不良青年だろうか。


 そんなことを考えながら、森の周りをクルクル回っているとある場所が目に入った。


「ちょっと止まるぞ」


「ワオ……!?」


「ゴボッ……!?」


 アクセルを緩めてブレーキをかけていく。


 犬とゴボタは不服そうにしていたが、俺としてはこの場所を見過ごせなかった。


 森の手前に果実の木と薬草もどきが近くにあるところがあったのだ。


 ここを開拓してくださいと言っているようにしか俺には見えなかった。


 ただ、スコップと手押し車はスクーターが置いてあった場所にそのまま残っている。


 作業をするにも必要になるだろう。


 俺達は一旦戻ってスコップと手押し車を取りに行くことにした。



「じゃあ、ゴボタは手押し車をお願いね」


「とーたん……」


「そんな顔をするなよ」


 取りに戻った俺達は早速手押し車を持っていくことにした。


 ゴボタが手押し車を操作できるため、俺がスクーターに乗って移動すれば良いと思っていた。


 ただ、ゴボタは俺が手押し車に乗らないことに拗ねて、運ばないと言い出したのだ。


 そうなるとスクーターを一度置いてから、歩いてまたここまで戻らないといけなくなる。


 二度手間だし思ったよりもあそこから距離がある。


 どうしようかと迷っていたら、犬がずっとキラキラしていた目で見ていた。


「いや、さすがに犬に運転してもらうのは……」


「オラは生粋のツッパリだ!」


「いや、生粋のツッパリが関係しているとかではなくて、そもそもその手では――」


 犬の手元を見ると、前足の肉球部分をグニュグニュと動かしていた。


 前の肉球と中心の肉球の間を器用に動かしていたのだ。


 あれが生粋のツッパリである犬の特徴なんだろうか。


「アクセルに手をかけて動かせられるか?」


 絶対無理だろうと思いながらも、犬にスクーターを一度操作してもらうことにした。


「ワオオオオオン!」


 まさかの犬は器用にアクセルを調整して、周囲をクルクルと回っていた。


 どうやら犬でも生粋のツッパリなら、スクーターを運転できるようだ。


 訳のわからない状況を俺はただただ受け止めるしかなかった。


 ここってどこか摩訶不思議で、異世界に来ているみたいだしな。


「とーたん!」


「ん? おい、ちょっと……」


「ゴーゴー!」


 犬が運転できるとわかった瞬間、ゴボタは俺の体を持ち上げた。


 成人男性である俺を子どもが持ち上げたのだ。


 混乱している頭の中、俺は手押し車に乗せられてさっきみつけた場所まで移動することにした。


 もうなにも考えない方が良いだろう。


 生きていくにはそう思うしかなさそうだ。

 

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