第11話 社畜、変わった犬に出会う

 俺達はスクーターを探して森の外側を歩き出した。


 思ったよりも森の範囲は広いのか、中々スクーターは見つからず、結局その日は諦めて休むことにした。


「とーたん、おはにょ!」


「ああ、おはよう」


 俺に抱きついて寝ていたゴボタはいつものように挨拶をしてきた。


 ずっと太陽が出ているが、今は朝なんだろう。


 ってことはそろそろあの声が聞こえてくるはずだ。


【スキルポイントを振ってください!】


 これで確信した。


 一日一回朝になったタイミングで、スキルポイントを手に入れることができるということだ。


 目の前にはいつものように半透明の板が現れている。


 ただ、今日はある実験をすることにした。


 このままスキルポイントを振らないとどうなるのか。


 実際にここに来た時にも同じように半透明の板が現れた。


 その時は何かわからずパニックになっていた。


 だからしっかり見ていなかったし、どうなったのかもわからない。


 仮説としては勝手にポイントが振られるか、消えるかのどちらかになるだろう。


 俺の予想では勝手にポイントが振られると思っている。


 だからその実験をしようと思う。


 半透明の板も触らずに待っていると、時間経過とともに消えた。


「とりあえず朝飯でも食べるか」


「ゴボッ!」


 俺達は朝食として果実を食べると、再びスクーターを目指して歩き出した。



「中々見つからないな」


「ゴボッ!」


 しばらく移動しても中々スクーターは見つからない。


 ただ、たくさん移動してもそこまで体力は減っていなかった。


「ぐわぁ!?」


「とーたん!?」


 今度は俺が手押し車に座っているからだ。


 ゴボタがどうしても代わりたいと言ったため、ゴボタに押してもらっていた。


 途中からは俺が乗っていないことに怒り出し、仕方なく乗っていた。


 ただ、重さを感じない手押し車の影響か、力いっぱいゴボタは押すため、勢いよく何かに引っ掛かることが多い。


 クッション作用があるわけでもないため、俺は見事にお尻を手押し車内でぶつけている。


 さすがに俺のお尻も壊れてきそうだ。


「そろそろ交代しようか」


「ゴボッ!?」


 ただ、ゴボタは嫌なのか勢いよく走り出した。


「ちょ……待てよ! 速いってええええええ!」


 俺の声は草原に響いていた。


 力のコントロールもできないが、スピードのコントロールもできないのだろうか。


 しばらくは絶叫アトラクションに乗ったような感覚で手押し車に乗って俺は運ばれていく。



「おい、あれはスクーターじゃないか?」


 勢いよく移動する手押し車の中、遠くに黒色の物体が置いてあった。


 周囲は草原と森のため、黒色なのは俺のスクーターしかないだろう。


 俺達が急いで近づくと、何かがスクーターに乗っていた。


 明らかに俺が知っているやつではあるが、少し姿形がおかしい気がする。

 

「チラチラこっちをみるんじゃねー! オラは見せもんじゃないぞ!」


 いや、見せものではないことはわかった。


 ただ、話せるとは誰も思わないだろう。


 それにそんなに姿勢よく座っているやつは見たことない。


「はぁん! オラが犬だからって舐めてるのか!」


 ええ、目の前にはスクーターに姿勢よく跨って座っている犬がいた。


 見た目はただの黒豆柴だ。


 必死にスクーターに触れているが、エンジンのかけ方まではわからないのだろう。


 ただ、ちょこんと姿勢よく座っている。


「いや、それは俺達の――」


「これは元々オラのものだ! ツッパリこそが犬ってもんよ!」


 俺とゴボタはお互いに顔を見合わせる。


 この犬は昭和のヤンキーなんだろうか。


 俺すらもツッパリと言われて、何かわからない。


「ああ、それはわかったが俺のスクーターだから返してもらっても――」


「オラから無理やり奪う気か!? やってやろうじゃねーの!」


 犬はスクーターから降りると、そのまま歩いてきた。


 ええ、二足立ちで犬が歩いているよ。


 もう驚きの連続すぎて、俺の頭は考えることを放棄していた。


「シュ! シュ!」


 何か声に出して手を素早く動かしている。


 犬のシャドーボクシングを人生の中で見るとは思いもしなかった。


 その姿がどこか愛らしいため、怒る気にもなれない。


 それだけ犬って癒しになるからな。


「おい、どっちからやるんだ? 男は果合タイマンだろ?」


 タイマンって言葉を久しぶりに聞いた気がする。


 中学生ぐらいの時に、痛々しいヤンキーが言っていたのを聞いたことがあるぐらいだ。


 目の前にいる犬はその時のヤンキーにそっくりだ。


「ゴボッ!」


 それに反応するかのようにゴボタが前に出た。


「おおお、さすがに俺の方が――」


「とーたん!」


 ゴボタはどこか怒っていた。


 俺が何かしたのだろうか。


 ゴボタの保護者としては、傷つけることはして欲しくない。


 俺の作戦は基本的にいのちだいじにの選択しかない。


 ここは安全に解決するべきだ。


「ほぉ、その赤ん坊が相手か。いくぜええええええー!」


 だが、俺が止める前に犬が動き出した。


 大きくジャンプをすると、ゴボタの前に一瞬で移動した。


「あやまりゅ!」


「わん!?」


 だが、ゴボタの方が動きは速かった。


 目の前に突然現れた犬の顔面に、大きく平手打ちをした。


――バチン!


 あまり聞いたことのない鈍い音が広がっていく。


 うちのゴボタは力もスピードも抜群に人離れしているが、動体視力も高いようだ。


 それに何か犬に言っていた気がする。


「うううう……痛いよ……」


 ゴボタの一撃が痛かったのだろう。


 犬はヤンキー座りになって、必死に顔を手でさすっている。


 あの肉球も柔らかそうだ。


「いにゅ! あやまりゅ!」


「ヒイイイイ!」


 ゴボタが近づくとさっきまでの威勢はなく、尻尾を股の間に挟んで怯えている。


 完全にビビっているのだろう。


「ゴボタ、その辺にしておけよ」


「とーたん! でもブーブーだよ」


 必死に指をさして犬が謝っていないことに怒っていた。


 何の理由で謝らせようとしているのかわからない。


 ただ、ゴボタの中で犬が俺のスクーターに勝手に乗っていたのが、ダメだと思ったのだろう。


「俺は怒ってないから大丈夫だよ。ゴボタも俺のためにありがとう」


「とーたんー」


 俺がゴボタを褒めると、勢いよく近づいてきた。


 ただ、その手をソワソワとさせている。


 ひょっとしてハグをしてもらいたいのだろうか。


 するとすぐに手を体の横に沿わせて立っていた。


 俺の予想は合っていた。


「ありがとう」


 俺は強くゴボタを抱きしめた。


 俺のためにゴボタは怒っていた。


 その気持ちだけで、俺の心はポカポカしている。


「くっ……親子の感動物語だぜ」


 そんな俺達を見て犬は泣いていた。


 本当に変わり者すぎて俺は何も言えないでいた。


 さっきまでゴボタに指をさされてビクビクしていたのが嘘のようだ。


「それでスクーターは返してもらえるんだよな?」


「犬に二言はないからな」


「それは武士に二言はないじゃないか?」


「オラは犬だ!」


 犬は足を地面に叩きつけて怒っていた。


「とーたん? ころしゅ?」


「いやいや、殺さないよ! ってかそんな言葉どこで覚えたんだよ!」


 突然の物騒な言葉に俺は戸惑ってしまった。


 しかも、それに気づいたのか犬は急いで俺に近づいて隠れている。


 俺に頼れば命は免れると思ったのだろう。


「とーたんはゴボタの!」


「ヒイイイイ!?」


 爪を立てて俺の脚にピッタリとくっついている。


 だが、その行動はいけなかったのだろう。


 力のコントロールができないゴボタが抱きつけないのに、犬が俺に抱きついたのだ。


 ゴボタに怒られた変わった犬は、その後も俺に捕まったまま離そうとしなかった。

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