第10話 社畜、力加減を教える

 ああ、口から変な匂いと苦味が広がっていく。


 食べたこともない味に俺は急いで吐き出す。


「ぶぇ!?」


「とーたん? とおおおおたん!」


 俺に抱きついていたのだろう。


 お腹の上にいたゴボタは、俺の顔に向かって抱きついてきた。


 どうやら俺は気絶していたようだ。


「むむむ!」


 ゴボタの体によって、鼻と口をつぶされた俺は息ができない。


 何度もゴボタの体を叩くと、喜んでいるのかと思ったのかさらに強く抱きしめてきた。


 ああ、今度は頭が潰れてしまうのだろうか。


 そう思った俺は大きく声を上げた。


「ジヌー!」


 ゴボタは何か聞こえたと思ったのか、首を傾げていた。


 口を閉ざされているから、ちゃんと聞こえないのだろう。


 だが、俺が何度も叫ぶとゴボタは迷惑そうな顔をして離れた。


「プハッ! ぜぇ……ぜぇ……」


 息を大きく吸い、全身に空気を回していく。


「おいおい、本当に俺を殺す気か!」


「とーたんちぬの?」


 ゴボタは俺が死ぬと思ったのだろう。


 さっきまで迷惑そうな顔をしていたのに、すぐに目をうるうるとさせていた。


 こんな顔をされたら何も言えなくなってしまう。


 これが冗談だったら、俺よりもよっぽど演技者に向いているだろう。


 将来は俳優にでもなるか?


 そもそも俺がイタズラしたのが原因だ。


 世の中のお母さんとお父さんは、命懸けでイタズラをしているのだろう。


 本当に尊敬する。


 こんなに子育てが大変だとは思わなかった。


「いや、そんな簡単には死なないと思うぞ? ゴボタを残せないからな」


「とーたん……」


 ゴボタは手を大きく広げて、俺にタックルしそうになっていた。


 このままではさっきと同じでまた気絶するかもしれない。


 そう思った俺は、手を前に突き出した。


「おいおい、抱きつく時は優しくだぞ」


「やしゃしゅく?」


「そうだ! ゆっくりぎゅーってするんだ」


 ゴボタは一度姿勢を正すと、俺の前に来た。


「ギュー!」


 少しずつ力を加えていく。


「優しくな! 優しくだぞ!」


 何度も優しくするように伝える。


 何か嫌な予感がするからな。


「やさしゅく!」


 ゴボタのハグは優しかった。


 だが、だんだんと締め付けが強くなり肋骨が折れそうな気がした。


「ぐわあああ!」


 俺の苦しむ声に、ゴボタは急いで手を離した。


「とーたんちんだ?」


「まだ生きてるわ!」


 ゴボタは俺を殺したいのだろうか。


 さすがにこんなところでハグされて死んだら恥ずかしい。


「ゴボタは力加減を覚えないといけないな」


「ちきゃらかげ……?」


「いつも力が強いからな。肩車をしている時も、髪の毛を引っ張って抜けていただろ?」


 俺はゴボタに髪の毛を見せると、そっぽ向いていた。


 ストレスで円形脱毛になったのもあるが、ゴボタが引っ張りすぎて、頭頂部の一部がハゲている。


 髪の毛で隠しているが、開けば立派な脱毛症だ。


 このままじゃ帰っても結婚できないだろう。


「俺がハグしてあげるからマネしてね」


「ゴボッ!」


 ゴボタはそのまま手を体にくっつけると、いつハグされても良いように待機していた。


 そんなゴボタをゆっくりと抱きしめる。


「ひひひ!」


 ゴボタは嬉しそうに俺の顔を見ていた。


 これで抱きつく強さがわかったのだろう。


 俺は再び手を広げて待ってみるも、ゴボタは戸惑いながらも抱きついてきた。


「うん、相変わらず痛いな」


「ゴボッ……」


 それでもまだ力の調整ができないのだろう。


 そもそも力の調整ができないと、生活するのも大変だからな。


 俺が倒れている間にも、薬草もどきを潰すために使ったのか木の枝がいくつも落ちていた。


 木の枝って言っても、すりこぎ棒サイズの太さはあるからな。


 やせた女性の腕ならすぐに折れそうだ。


 ただ、今すぐに力の制御になれるのは難しいのだろう。


「少しずつ慣れていけば良いよ」


「ゴボッ!」


 自分の力が強いとわかってもらえれば良い。


 俺は再びスクーターに向かって歩こうと思ったが、ゴボタは立ち止まっていた。


「どうしたんだ?」


 俺が振り返ると、その場でゴボタは手を体の横に揃えて立っていた。


「とーたん!」


「ん?」


 これはどういう状況だろうか。


「とーたん! とーたん!」


 ゴボタはずっと何かを待っているようだ。


 ひょっとしてまたハグをしてもらいたいのだろうか。


 俺は再びゴボタに抱きつくと嬉しそうに笑っていた。


 この日からゴボタの中でハグをしてもらいたい時は、手を横に置いて姿勢を正して待つようになった。

 

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