第十五頁 遺骸殺しの少女 ヴィヴィ 

 千鶴と買い物をしていて世界に罅が入る。

 世界がモノクロに、全ての時間が止まったように視界に映る。

 世界軸を止めて乱入した、と表現するのが最も正しい表現だと自分は知ってる。

 この行為は司書の彼女にしかできない。


「うっわ、オナニープレイしてる作家様マジ激キモぉ。レイプ場面目撃した一般人のキブーン」

「……何してる? ヴィヴィ」

「あっれー!? ド変態純文学作家様ぁ、みんなが待ってるのにグダグダしてんのそっちじゃーん」


 界刻は鋭い視線を向ける。

 整った目鼻立ちと目の底にピンク色の輝きを放つスカイブルーの瞳。

 背中まで伸びた所々ピンクのメッシュが入った長い金髪に、左側に黒いリボンで結んだワンサイドアップをしている。頭の上には白くてシンプルなベレー帽。

 首元には銀色の鍵が付いた黒いチョーカーとスカイブルーと白を基調としたワンピースドレスの上に、ピンクのカーディガンを着ている。

 白いニーハイソックスにピンクのストラップシューズ……方には白の女の子が好きそうでちょっと大人なショルダーバッグを肩から下げている。

 見ただけで西洋のアンティークドールが人間の体で動いているようにも見えるのと同時に、不思議の国のアリスのような出で立ちでオシャレ好きなご令嬢としてのアリスの見た目として落とし込んだ格好をしている。

 ヴィヴィは彼女の愛称で本名はサヤ以外知らないらしい。

 というか、俺が本人に聞こうとしたら「絶対性欲権化童貞作家に教えないっ」と首を振って拒否された。

 振り返らず、甲高くて煩わしい声が作家を徹底的にいじり倒しにかかる。


「サヤちのせいにしちゃだめでちゅよー? ベビープレイしたいならぁ、にそんな一人善がりの自慰行為見せつけないでくんなーい? キモイんだけどぉ」

「なんてことを言うんですか!! 界刻はただ初恋こじらせてるだけです!!」

「……お前、ちょっと黙ってろ」


 界刻の隣に立って覗き込みながら、からかってくる金髪碧眼サイドテールの美少女は界刻に嫌味をフンダンに込めた罵声を浴びせる。

 透姫がフォローになってないフォローに界刻は頭痛がする額に手で抑える。

 

「はぁ? それこそホントのオナニーじゃん。ベビプレ様々。魔女様の号令に何テメェの汚ねぇ唾吐いてくれちゃってんの? テメェの汚物をサヤちの目に晒したらぶっ殺すから」


 言葉の怒気を含める少女は、俺と同じ遺骸殺しである。

 「このクソガキが、お前ネットならメスガキ認定だぞコラ」と口汚く罵りたくなった界刻は今のこの空間は俺たち遺骸殺しを招集する時の号令の合図だ。

 正史世界の時間も人々の動きも完全に時間という物を止めてしまえる彼女の権能は末恐ろしいが、それがなくてはラインホルトゥスの監視者は名乗れないだろう。

 

「あぁ! 単純に本物に興奮できないから自分好みにカスタマイズした偽物にしか欲情できない異常性癖持ちだったねぇ作家様はさぁ! キャッハッハッハッハ!!」


 金髪美少女遺骸殺しはパンと手を叩いて、納得したように界刻を馬鹿にする。


「はっ、常時暴力振るうしか能がない能無しは流石だ、脳の働きも俺とは違う」

「何それ……? バブバブしてる暇あんならソイツ殺せよ出来損ない作家。元の女は死んでんだろうが、サヤちに迷惑かけんなら規則に乗っ取りぶっ殺すぞ屑が」


 射殺す眼光で早口でまくし立てる少女の睨みに怯まない界刻は罵声を返す。


「……相変わらずの狂犬っぷりでホッとする。もう少し可愛げを学んだ方が、サヤも喜ぶんじゃないか?」

「あっは、至極どうでもいー♡ サヤちがそんなちゃちな人じゃない。ザコザコザーコな後輩に言われても痛くも痒くもねーよ。ま、その誉め言葉は大事に受け止めてあげるぅ♡」

「気色が悪いなぁ、学がないお嬢さんは」

「っは、まぁ? 自分好みに精子塗れにした女じゃなくちゃ愛することもできないんだもんねぇ? ダッサい童貞決め込む恥辱塗れ人生謳歌してる作家様は違うわぁ」


 冷めた目で嘲笑する少女に対し、界刻は内心グツグツと苛立ちの窯が煮え返えりながらポーカーフェイスの笑顔を崩さない。これも大人の余裕という奴だ。


「……言いたいことはそれだけか? 度を越した誹謗中傷はダメと以前、お前の大切な司書様に怒られていたと思うが?」

「サヤちが敷いたルールを度外視していつまでもそこの女を正史世界にいさせてるアンタに言われたくない」


 腰に両手を当てて真面目な顔で正論を言うヴィヴィに言葉を詰まらせる。


「……わかってるが、そこまで罵声を浴びせる必要性はないんじゃないか?」

「サヤちが怒るのはルール違反。先に度が越した行為をしてるアンタに非がないって? おこがましいでしょ。そんでしまいにはお出かけデートとか、調子に乗ってんのそっちじゃん……アタシだって、サヤちと部屋デートしかできないのに」


 腰に両手を当てながらヴィヴィに何か私怨を感じるが、気のせいか?

 界刻はヴィヴィの反論に素直に頷いた。


「……反論はしない」

「それでいーの、アタシの不満と説教はここまで。サヤちの図書館に行くよ。残影は残してやるから、問題ないでしょ?」

「ああ、いくぞメアリー」

「透姫ですっ!!」


 界刻たちは、図書館に向かうために、自分たちのダミーに当たる残影を残し、白い扉をくぐる。

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