第十四頁 千鶴と買い物 後編
千鶴と昼食をとることになり、彼女が物珍しそうにする。
「……どうした?」
「いえ、見たことがない店も並んでいるなと」
「まぁ、最近はフードコートも進化してきているからな」
「そう、なんですね」
界刻と千鶴はフードコートにやってきていた。
二人は注文して互いにテーブルをはさんで食事をしているところだ。
千鶴の表情に硬さを感じる。当然と言えば当然か。
並行世界の人間である彼女は、10年後の世界にいることになるはず。
サヤに以前、異害が地球に現れた時三日間以内に倒さないといけないらしいが並行世界の人間は、家族と知人の接触がなければ基本的に盛大な現実世界の崩壊は間脱げると言われたことがある。俺が並行世界で色々と行き来してトラブルを起こした時に盛大に説教されたときに聞いた話ではあるから間違いない。
「はむっ、んー! おいふぃっ」
「……そうか」
千鶴はイチゴクレープを頬張り、満足げに笑う。
……腹ペコ気質なんだよな。千鶴は。
学生時代でも、色々と食うタイプの女子だったしな、懐かしい。間違っていないならおそらく俺が選んだものにも興味を持つはずだ。
界刻はたこ焼きを箸で食しながら千鶴の表情を眺めていた。
好きな子が好きなものを食べて満足そうにしている表情を眺める愉悦は、たまらなく甘美な味がすると、どこぞの学生時代の先輩が言っていたっけな。
「クレープはやっぱりおいしいですよねっ」
「そうだな。菓子系のクレープは早く食えよ、すぐ持ち手から零れてくるぞ」
「はいっ、……ん、悟さんのたこ焼きもおいしそうですねっ」
……もう既にイチゴクレープを食べている。ツナは後に取っておく感じだなこれ。キラキラと輝いた目で俺のたこ焼きを見てくる。
「……一個食べるか?」
さりげなく千鶴に勧める。
テーブルに並べられている自分のたこ焼きは二種類。
普通のプレーンタイプのたこ焼きとチーズたこ焼き。
千鶴が甘い物に目がないのは知っているが甘い物を食べたらしょっぱい物も食べたくなるというもの……他意はない。他意はないぞ。
界刻の気持ちを知らない千鶴は、彼の言葉に目を輝かせる。
「いいんですか!? じゃ、じゃあこのイチゴクレープと交換を」
「……もうほとんど食べてるだろ、口に生クリームついてるぞ」
「え?」
界刻は指で千鶴の生クリームを取ってやる。
舐める、という明らかに恋愛強者にしかできない行動はせず、その行為で彼女にドン引きされたら立ち直れないので素直に持ち歩ているティッシュで拭く。
「……っ」
「? どうした?」
千鶴が顔を赤らめている意味が理解できず疑問符を脳内で唱える。
流石に舐めなかったらドン引きはされてないはずだよな。ああいうのは、俺みたいな生涯童貞をいることを固く誓った自分には到底あり得ない話だ。
千鶴は気恥ずかしそうに俯く。
「い、今の少女漫画的にある感じだったな、って言いますか。ちょっと憧れがあった場面だな、と」
「……舐めてほしかったとでも言いたげだな」
「あ、い、いいいえ!! そういうわけでは決して!」
界刻が低い声を出したのに千鶴は慌てて否定しにかかる。
学生のうら若き思春期真っ盛りの少女としても、こんな年上の男をひっかけるようなことをする馬鹿じゃないのも知っている。
界刻は呆れたように溜息を吐いた。
「生憎、居候で学生の君に手を出すような男じゃないんでな」
「え、えっと、悟さん……怒ってます?」
小さく肩を揺らせ、界刻は目を伏せたこ焼きを口の中に頬張る。
「怒ってない、俺をそういう最低な男だと思われていたなら不快だと言うだけだ」
「そ、そうですか……そう、ですよね」
食べた食事を飲み込んでから彼女に反論する。
分史世界の千鶴とはいえ、僅かに抱いた嫉妬心を見透かされているはずもない。俺以外の男にされるのはいい、とも受け取ってしまうのは恋愛脳な常時発情野郎かと内心突っ込んで理性を正す。
界刻は続けて、たこ焼きを口の中に放り込む。
――……いいや、そもそもバレるはずがない。
目の前の彼女とは赤の他人でしかないんだから。ただ、分史世界の彼女にも人生はある……そう言えば、自分の胸の内は悟られることもないだろう。人生の先輩としてのアドバイスという体ならば、家に帰った時気まずくはならないはずだ。
界刻は自分の気持ちに反したまま助言をする。
「……知らない馬の骨にされるより、惚れた奴にされるためにとっておくべきだという話だ。次がある時はその相手には気づかないふりをするべきだな」
「え? ……そ、それって、」
たこ焼きをさらに一個食べる。うん、美味い。マヨネーズとソースでできたたこ焼きはやはり美味……大阪人の人々はよい物を生み出してくれたものだ。
俺の知る千鶴に近いのならば、彼女もまた無節操な淫猥少女ではないはず……少なくとも、彼女の家族構成も彼女自身の過去も正史世界の方は聞いているしな。
ただ、分史世界の彼女が絶対に該当するとは言えないのが厄介な所だ。
下手に探ればサヤに叱られる。少なくとも俺は彼女を元の世界軸に戻すのだから。
「……お、」
残りはもう気が付けば、プレーンはなくチーズのみ……食い過ぎただろうか。
俺の腹的に千鶴がチーズたこ焼きを一個でも食べてくれるとありがたいが。
千鶴の方へと顔を上げれば、思わず界刻は目を見開く。
「……? どうした?」
千鶴が首まで赤くしていて、口を金魚が餌を食べる時の開閉を繰り返している。
俺が食べている間にもこうして固まっていたのだとようやく気づいた。
よく見れば、クレープを床にぶちまけているではないか。
「おい大丈夫か? 服にはかかってないか?」
「ふぇ? え、あ、わわわっ!! だ、だだだだだだ、だいじょじょぶですっ!」
「見せてみろ」
席を立って俺は彼女の服を覗き込む形で確認をすれば服には一切かかっていないことに安堵をする。
「かかってないな、よかった」
「は、は、いえっ、は、はぅうう……!!」
彼女は両手を顔に当てて呻き始める。
そこまで小恥ずかしい発言はしてないはずだが、と内心不安になる界刻だが顔を赤らめたまま床のクレープに何もしない様子なのを確認する。
何に戸惑っているのか知らないが、界刻は彼女に代わりに床に落ちたクレープを食べ終わったたこ焼きの容器に入れ、残りの飛び散った生クリームはティッシュで拭き終える。
界刻は椅子を引きながら千鶴に声をかけた。
「大丈夫か?」
「あ、い、いえっ、すみません。何かお詫びを……!!」
「……そうか」
界刻は完全に席に着くと、思いついたかのように箸を持って千鶴の隙を狙い強引にチーズたこ焼きを口に放り込んだ。
「さ、さふぉるふぁん?」
「食ったな、なら後で清掃員の人が来るかもしれないが、それで特別に許してやる」
「……っん、いいんですか!?」
「俺が心が狭い男にしたいみたいだな、居候くん?」
「あう、え、えっと……」
大人の悪い笑みを見せてやれば、彼女も若干もひきつった笑みを見せる。
まだ、俺の中で沸々と淀んだ黒の激情が胸に宿ったままだ。
正史世界の彼女の恋人になれなかったのもあるとはいえ、彼女に向けて他の好きな奴になんて言葉を投げかけるのは、本当は不快だった。不愉快で、たまらない。
抱くべきではないのに、どうしても千鶴だとわかっているから尾を引いてしまう。
……こんなにも重い男だったとは、千鶴も知らなかったろうな。
きっと、彼女の隣は俺でなく、先輩のような人であれば違ったろうか。
けれど、分史世界での彼女だとフードコートに来れたことは、嫌ではないわけで。
「……ん、たまにはフードコートも悪くないな」
界刻は横目で店内を眺める。
……恋人になっていたなら、自然に二人で来れていただろう。
俺が、彼女の腕を引っ張って死んでいたなら、また違っていただろうに。
女々しいな、俺。学生時代の自分とは想像もできない。
「食べ終わったら、そろそろ他の買い物も済ませるか」
「え? あ、は、はいっ」
だが、本物の彼女ではなくても彼女であることに変わらない。
だから、俺は大人で、知らない赤の他人の内海悟として、純文学作家の御神渡界刻として扮そう。彼女と一緒にいられる夢の時間は短いのだから。
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