第四頁 必然の鎖でできた序章の断片
深夜、徹夜してデータを編集に送る男は椅子にもたれかかる。
彼は小さく重い息を零した。
「……やっと終わった」
純文学作家、御神渡界刻。それが俺に与えられた称号に等しい職業であり、数多の無名の作家たちから勝ち取った賞をいただいた立場にある物書きだ。
といっても、絶賛スランプ中である。
何個か出版した小説たちはそこそこ売れたのもあり「次回作をお願いします!」と担当編集者から頼まれているがどうも思いつかない。
「……アウトプットしてるんだがな」
自分は、アウトプットしている中で唐突にひらめくタイプの人間だ。
だから、欠かさないように映画の新作なり他の作家の小説を見るんだが、なかなか新作のネタにできない。
スマホには俺担当の居部からのラブコールが映っているのを無視する。
どれだけ早くしろと
基本的な話の構成すらもできていない。編集者の好みで書かされることが大半なのを学生時代の俺に作家の現実を突きつけてやりたい。
電子音がスマホから聞こえ始める。
「……面倒だな」
居部はとうとう、メールではなく直接俺のスマホに連絡を図りに来た。
重い溜息を吐きながらスマホを手に取り、通話モードにしてから耳に当てる。
『先生!! 返信ちゃんと返してくださいよぉ! 新作のネタはどうなってます!?』
「……まだネタが降りてない」
『そうですか……気になった作品とか、ないんですか?』
界刻は缶コーヒーのタブを開けて飲みながら答える。
居部は通話越しに頭を抱えてるのか、苦々しく言う。
「……刺さる作品はないわけじゃないんだがな」
『案はできてます?』
「案はいくつあったが、気に入らなくて没にした」
界刻はノートパソコンのマウスで、没に入れた小説の案が三つくらいある。
俺が気に入らない時点で、居部も好感触だったこともないしな。
『印刷所に間に合わせてくれるならいいですけど……はやめにしてくださいよぉ? 先生は遅筆なんですし』
「……ああ、わかってる」
現実にも似た苦さを覚える缶コーヒーを味わいながら、担当編集との通話が終わった。どこの出版社でも、気に入られている内に稼げるだけ稼がないとだしな。
作家という物は、学生の頃は好きな小説を書いて売れてる物だと多くの若者が感じるものだ。文章力を鍛えるために文豪や他の作家の小説を吸収したり、漢字辞典だの国語辞典だのを読んで確認をしたり。
……言葉や語彙は作家自身の表現力に託される。
上手く書くことよりも、ひたすら小説を書いて、書いて書いて書いて書くしかない。それ以外、自分という小説家の文章力の選択力は向上しないのだ。
「……はぁ、暇つぶしでもするか」
俺には特別の技能を持っている。
まるで漫画の主人公のような言い回しだが、自分にもあるのだ。
異能、と呼んでいい力が。
俺は椅子を後ろへ回転させ、手を宙に伸ばす。
「……開け」
界刻が発せられた言葉を持って宇宙を連想させる煌めきが瞬く。
徐々に煌きは徐々に小さくなり一瞬消えたかと思うと、そこに白い扉が現れる。
この扉を通れるのは、俺の能力だ。以前、学生時代に身に付いた力でもある。
事故にも等しい状況で覚醒したがとある司書の女性に怒られて以来、あまり入ったことはなかった。
……気分転換は、大事だ。
「……よし」
界刻は扉を開ける。
宇宙の神秘の輝きを彷彿とさせる不思議な空間の中、御神渡界刻はゆっくりと扉の先へと踏み出すのだった。
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