第二頁 誓涯武装

 二人は扉が閉まる音を聞く。

 透姫が出した扉はゆっくりと閉扉し溶け込むように消えていく。


「さぁ、今日も遺骸いがい殺しとして異害いがいたちを殺しましょうっ」

「はぁ……面倒だな」


 後ろで手を組みながら、まるで遊園地のアトラクションを楽しむ時の恋人のノリで透姫は目を輝かせている。

 俺たちがいる言海げんかいとも評せるこの空間は、多元統制たげんとうせい境界線きょうかいせん、また通称をラインホルトゥスと呼ばれている。

 数多の並行世界への通路となっているこの道で、他の並行世界に侵入しようとする怪異などの神秘存在、邪神的な者共などを異害と呼ばれている。


「界刻は嫌ですか? 異害を殺すのは」

「……現実世界に怪異や怪物が来ないようにするのが、遺骸殺しの役割だろ」

「界刻は真面目さんですね、そんなところも素敵ですっ」


 俺のような並行世界で行き来できる人間は、異害を殺す者……遺骸殺し、と呼ばれる。

 並行世界に渡れる体質の人間が呼ばれる通称でもあるそうだ。

 俺以外にも遺骸殺しはいるそうだが、出会った試しがない。

 界刻は項垂うなだれながら言った。

 透姫は不思議そうに界刻の顔をのぞき込む。


「界刻が乱用するからかもしれませんよ、ここにこれる人間はそう多くないんですから」

「……ならあの時、わざと付け込んだのか?」

「死んでもよかったなら、付け込まない方がよろしかったのでしょうか? 御神渡界刻様」


 ギロッと睨んでやれば相棒はブラックジョーク交じりに笑い返した。


「……からかうなよ」

「私の原作者様ですから、多少のいじりはあとがき程度なら許されるでしょう? 必要であれば、原作に登場……するような御仁ごじんではありませんよね。界刻は自分より、作品を評価してほしいストイックマンですし」


 わかりきった回答をするなと界刻が暗に言うのに対し、透姫は飄々ひょうひょうと笑ってかわす。

 ……どうやら、彼女の方が一枚上手のようだ。

 流石、俺と契約し俺の未発表作品のヒロインとなった彼女は賢い。

 

ってことを忘れるな」

「それはどうでしょうね……ふふふっ、私の物語が完成したらに致しましょうか界刻先生」


 自分が出した揚げ足を物ともしない、俺の創作物だから言い返しも上手い。

 ……扱いやすいように見えて、デリケートなコイツの特性が面倒くさい。

 契約をした以上は、彼女はとなっているが……本当に「よくもこんな怪異を生み出してくれたな、先輩方」と、怒鳴りつけたいくらいだ。

 なぜって? それは――


「どうしました? 旦那様」

「……なんでもない」

「ふふふ、かわいい貴方っ……それでは、始めますね」


 透姫ときは目界刻に近づき目を伏せる。

 唇から、彼女が先にゆっくりと祝詞のりとを口にする。


「我らはつがい、汝はいのり、汝はちかい

にはを、己が花を手折たおることは無く」


 界刻は透姫を抱き寄せ、黒い鍵を透姫の南京錠に刺し込む。

 南京錠は外れ、銀色の輝きに二人は包まれる。


「共についえ、果て、消え去る時も共に」

泡沫うたかたに消えても、我らの縁は共に」


 界刻に続けて、透姫は告げる。

 二人の言葉が合図となり、透姫の首に銀色の首枷が現れた。


「導かれるべき最果てへ生の門出かどででである扉の前に三叉路さんさろは示す、なんじかぎは剣となりて言海げんかいへとまねかん」


 透姫の南京錠の鍵穴から剣の柄が現れ、界刻かいこくを手にすると左腕の手首に手枷がめられる。


「汝は泡沫ほうまつ誓魔せいま……灰塵の消剣キカトリックスの武装を我があるじ御神渡界刻おみわたりかいこくに許可します――――開錠かいじょう


 界刻自身の服装が変わり白ローブを身にまとう。

 透姫は姿を消すと精神体となって界刻の背後にいる。右腕に白刃はくじんの剣が現れ銀の光を帯びると祝詞のりとは終わった。


【では、今回の異害を殺しましょう――――我が主】

「ああ」


 界刻たちは並行世界の奥へ歩みを進めるのだった。

 界刻は眼前にある黒いもやが視界に入る。


【グァアアア……っ】


 黒い靄にもにた人型で、ぼやけた赤い瞳がにらみを利かせている。体の輪郭が靄になっている異害は、大抵生まれたばかりだ。正史世界であり、俺のいる現実世界に招かないようここで倒しておかなくてはいけない。


【界刻、異害です。注意してください】

「わかっている」

【グァアアアアアアアアアアアア!!】

「――――来い」


 界刻は剣を構え、距離を測る。

 黒指を長く伸ばす異害は気色の悪い声をあげて迫ってくる。横に腕を払ってくるのに対し、界刻は瞬時に対応し軽々と避けていく。

 この異害は輪郭はぼやけているが、しっかりとした芯が入っているようだ。

 つまり、形になりつつあるという異害。ならば、早々に蹴りをつけなくてはいけない。


「メアリー!!」

【わかっています! 汝のじょうがために、汝の鍵は彼の者にささぐ! 第七階梯術式起動! 消息の翔靴フリューゲル!!】


 透姫ときの声に界刻かいこくの体は白光を纏い、体に馴染むと界刻かいこくに身体強化の術式が付与されるのを実感する。

 界刻かいこくは先に動き、異害の背後に跳躍しながら回る込む。


【グルァアアアアアアアアアアア!!】

「さっさと終わらせてもらう!」


 体を捩じり、界刻は強烈な剣の一撃を異害の脳天ごと体を引き裂く。

 悲鳴を上げることなく、異害の体から黒い文字が現れる。

 徐々に砂となってラインホルトゥスの言海へと消え去る。

 ……この去り際はまるでごみに捨てた紙切れがゴミ処理場の火で燃え去って行くのを眺めている気分にさせられる。

 異害は消滅したのを確認して、ふぅと息を零した。


「……慣れないな。誓涯武装せいがいぶそうは」

【まぁ、界刻の人生や性格などの性質を装備や武器として武装化したものですから……アサシン的な見た目は界刻らしいですよね】

「皮肉か?」


 精神体の彼女は裸体だが、彼女が言うには精神体は裸だと決まっているのです、鼻を鳴らしながら偉ぶりながら以前豪語されたのを思い出す。

 ……あの時のコイツは非常に面倒なことこの上なかったな。酔っ払いの接待をする新人サラリーマンの気分を疑似体験した気さえする。


【そんなわけないじゃないですか! 私の旦那様に似合わないものなんてあるわけないですっ!! 界刻はお馬鹿さんなんですか!? 奥さんのどんな格好も全肯定するように、旦那様も全肯定されるべきなのです!! 界刻は私の旦那様ですから!!】

「……お前は恋愛脳をこじらせた厄介ファンか?」

御神渡界刻おみわたりかいこくファンクラブメンバーの00000001ナインゼロワンとは私のことです!!】

「勝手にファンクラブを捏造するなバカ」


 界刻かいこくはじっと、身に纏った誓涯武装の衣服も見る。普段自分が着る服は黒が基本だが白をメインになっている恰好は意外だったのは事実だ。

 ……俺の性格はどちらかといえばファンタジー職業の中でも作家だと思うのだが。


【それに多元統制境界線ラインホルトゥス界刻かいこくの本来持ってる防衛本能の一端を武器化した物ですから、中二病作品にありがちな変身みたいなものなのですから気にしたら負けですっ! 界刻かいこくは素材がいいんですから、どんな格好はハマるって私知ってますよっ】

「……お前は本当にぺらぺらと舌が回るな、ペンチで引っこ抜いてやろうか」

【大丈夫ですよ、界刻かいこくなら女装だって似合うに決まっていますっ!! 灰塵の消剣キカトリックスを使う界刻だって華がありますもの!】

「いい加減にしろ、アホ」

【むー! ホントのことなのにー!】

 

 ……疑似的な恋心というのも、末恐ろしい物だ。


【……再度言いますが、灰塵の消剣キカトリックスは界刻の感情によって在り方を変えます。自分が望めば剣ではなく別な形を取ることももちろん可能です。この空間に置いての私たちを繋ぐかぎであり、同時に心を武装するための武器でもあることを忘れないでくださいね】

「……わかってる」


 界刻かいこく灰塵の消剣キカトリックスを握る手を強める……ラインホルトゥスに来れるようになったのも、あの件があったからこそだ。

 俺の身を守るためにも俺が死ぬまでの間コイツとの契約は絶対優先されされる。小説家生活と遺骸殺しとしての生活を余儀なくされた今、作品内にでもありそうな展開を感じつつも今は自分が思いつく限りの作品を書くためにも必要なことだ。


【今日の異害の気配はありません。一度自宅に帰還しましょう】

「……やっと眠れるのか」

【はい、武装化を一度解きますね】

「そうだな」


 銀の輝きが瞬くと、服が普段の物に戻る。

 相棒も精神体から、実体化しすぐに満面の笑みで笑った。


「では扉を開けますねっ――――開錠」


 透姫は合言葉を口にすると、さきほどの白扉が現れる。

 ……ようやく、家に戻れるのか。もう疲れた。


「では、界刻。一度戻りましょうか」

「ああ」


 界刻と透姫は扉を潜り、元の界刻の自宅へと戻る。

 二人の今日の遺骸殺し手の仕事が終わり、本来の日常へと帰っていくのだった。

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