第2話 夢

 僕には夢がある。冒険者になるという夢だ。15才の誕生日に両親から冒険者ギルドカードを贈られ夢が一歩現実に近づいた。

 今すぐにでも旅に出たいと思う一方、まだこの村でやり残したことがあるんじゃないかという気持ちもある。

 自分が今すべきことは何だろうと最近よく考える。

 今のところ優先順位が高いのは旅に出るためのお金を貯めることだ。


 最低限のお金が無いと旅に出ることができない。

 宿代や食事代も必要だ。冒険者ギルドがある町なら依頼をこなしてお金を稼ぐことはできる。

 だが駆け出しの冒険者がいきなり十分なお金を稼ぐことは出来ないかもしれない。

 お金が尽きてすぐに村に帰るのは恥ずかしい。

 またお金に困って自分の実力に合わない討伐依頼なんかを受けて、命を落とすことにもなりかねない。


 お金を持っていて損することはない。15歳未満なら村でお金を稼ぐ方法は皆無に等しいが、僕はもう15才だ。

 ちょうど村での仕事を与えられる歳なので僕は今頑張って仕事をしている。

 正直、辺鄙で貧しい村なので少しづつしかお金が貯まらないが、無いよりはいい。

 僕の仕事内容は農作業だ。青空の下で僕は今、畑を耕している。

 本当は父の仕事を手伝いたかったが必要ないと言われ、農作業を任されることになった。

 農具の扱いも徐々に慣れてきて、今では立派な下っ端農民といえる。


「今日も沢山、耕したな」

 僕が自分の耕した土地を眺めていると、同じ作業に勤しんでいたレックとソータも手を止めて辺りを眺める。

「俺たちの村は何にもないところだけど、周辺に土地だけはいくらでもあるからな」

「無限に農作業ができちゃうよ」

 レックとソータがうんざりしたように言い、苦笑いだ。

 レックとソータは村の若者で僕と歳も近い。二人とも農家の息子で、幼い頃は一緒に遊んだりもした仲だ。


「それにしてもレインは頑張ってるな。俺の倍近く耕したんじゃないか」

「別に沢山耕しても貰えるお金が増えるわけじゃないから意味ないんじゃないか」

 二人はそんなことを言うが、僕は首を振った。

「意味ない事なんてないよ。僕にとっては鍛錬の一種だと思ってるから。それに僕の耕す量が多いのは魔法で俊敏性を向上させてるからだよ」


 僕は森の精霊から祝福されたので魔法が使える。

 補助魔法で筋力や俊敏性を向上させる事ができ、農作業の役に立っている。

 筋力を向上させるアースパワーは他人にかけられるのでレックとソータにもかけている。

 魔法のおかげて楽に農具を振り下ろすことが出来るはずだ。

 それでも僕と他の二人に耕す量の違いがあるのは、僕だけヘイストウインドで俊敏性を向上させているからだ。

 自分にしかかけられないので仕方がない。


 残りの要素は仕事に対する真剣さだろう。

 ちなみに魔法は時間の経過とともに効果が薄れるので、仕事の間に何度もかけ直す必要がある。

 農作業を始めた頃からレックとソータと一緒だが、一日中魔法の効力を得ようと思っても、魔力が全然足りなかった。

 毎日魔力切れを起こすまで魔法を使い続けていると魔力容量が増えてきた。

 今では一日の仕事時間の半分くらいは魔法の恩恵を受けられる。


 働きながら魔法の鍛錬にもなっている。

 便利な魔法が使えて僕は精霊に凄く感謝してる。

 その時、カンカンカンと鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきた。一日の仕事終了の合図だ。

「やっと仕事が終わったな。二人ともお疲れさん」

 3人の中で一番年上のレックが、僕とソータに声をかける。

「さっさと帰ろうぜ」

「そうだね」

 ソータの言葉に僕も同意して、3人で帰り支度を始める。

 畑のそばに鞘に入った剣を置いてるのでそれを回収するだけだ。


 剣は三人分まとめて置いてある。

 村を出て畑仕事をする男は念のため護身用の剣を持って仕事場に向かう。

 仕事中に突然魔物に襲われても最低限の対処ができるように。

 ちなみに女は剣を持っていない。魔物の襲われたら近くにいる男に対処を任せて逃げるだけだ。


 僕らは自分の剣と農具を手にして村に歩いて帰り始めた。

「それにしても農業ってつまらないよな。畑を耕して、種まいて、収穫するだけじゃん。なんで俺、農家の息子として生まれてきたんだろう」

 ソータは歩きながら自分の境遇を嘆く。


「まあそういうなよ。自分たちの作ったものを収穫する時は純粋に嬉しいだろ。それに俺たちの村はほとんどの仕事が農作業なんだから仕方ないじゃないか」

 レックがソータをたしなめるようにいう。しかしソータの愚痴は止まらない。

「そもそもこんな辺鄙な村に生まれるなんてついてないよな。俺はやっぱり王都に生まれたかったぜ。あそこなら色んな仕事があるだろうからな。自分に合う仕事も見つけられそうな気がする」

「王都か。行ったことないけど、いい所なんだろうな。一度でいいから行ってみたいよな。自分の目で王都の様子を見てみたいよ」


 レックが遠い目で呟く。そして僕の方にちらっと視線を向けて、「レインは冒険者志望なんだからその内王都にも行くんだろ」と聞いてきた。

「そうだね。僕も王都には行ってみたいと思ってるよ」

 王都には剣の道場があるし、魔法の研究所だってある。

 お金さえあれば質の良い武具を購入することもできるし、様々なマジックアイテムさえ買えるらしい。

 冒険に役立つものが色々と揃えられる。冒険者ギルド本部もあるので、冒険者への依頼の種類も豊富だろう。


 人員だって多いだろうから仲間を募ってパーティを作ることも容易かもしれない。僕にとっても王都には色んな魅力がある。

「レインはいいよな。冒険者になることに理解ある親がいて。もし俺が冒険者になりたいとか親にいったら、ぶん殴られそうだよ」

 ソータがやれやれといった感じに肩をすくめる。

「まあ心配はされるかもしれないね。冒険者も安全な職業じゃないから」

 レックが現実的な意見を述べる。


「安全か……。確かにこの村で農作業をするのは比較的安全かもしれないけど。夢やロマンがないよな。本当にそれでいいのかと思う時がある」

「ソータは他に夢はないの?」と僕は尋ねる。

「うーん、どうだろう。こんな辺鄙な村で育ったんじゃ、夢も希望もない気もするが」

「夢を持つのに村の辺鄙さは関係ないだろう。現にレインは夢を持っているし、ミーシャも王都で薬屋さんを開くのが夢ってこないだ言ってたぞ」


「二人とも農家の子供じゃないじゃん。俺たちみたいな農家生まれとは違うよ。レインは父親から剣術の手ほどきをされてるし魔法も使える。ミーシャも父親から薬師の知識を得てるしな」

「俺たちにも親から教わった農業の知識があるじゃないか」

「あるにはあるけどその知識を使っても出来ることは農業だけじゃないか。俺は農業以外の何かをやりたいんだよ。俺もレインみたいに冒険者を目指そうかな。そしたら退屈な日常とはおさらば出来る気がする」


「やめといた方がいいんじゃない。ただの農民に冒険者は務まらないんじゃないか」

「それはただの偏見だろ。レインはどう思う? 俺は冒険者になれそうか」

 ソータが僕に聞いてくる。

「別になれるんじゃない。冒険者としての活動にも色々あるみたいだから。最初は採集の依頼でもしながら剣術を磨くとかすればいいんじゃない」

 僕は心の中でまずはお金を貯めることも大事だけどねと付け足しておく。

「そうだよな。大丈夫だよな。うおお、なんか人生に希望が見えてきたかも」


「単純な奴だな。それにしてもレイン。そんな無責任なこと言って大丈夫なのか。ソータのやつ勘違いしちゃうぞ」

「大丈夫。別に間違ったことは言ってないと思う。それに冒険者になりたいって言ってる人を止めるなんて僕には出来ないよ。冒険者は魅力的だと僕は信じてるから」

 むしろ同じ冒険者を目指す仲間がいたら僕は嬉しい。

 その後も三人で話しながら歩いていると村に帰ってきた。

 まずは村の入口付近にある物置小屋に行き、使った農具を片づける。

 農具は村の共用の道具なので、家が農家でない僕でも使えるというわけだ。


 農具を片づけ終わると僕らはそれぞれの家に帰る。

 レックとソータとは家の方向が違うのでそこで別れる。

「じゃあなレイン」

「また明日も頼むぞレイン」

 レックとソータに「またね」と返事をして僕は家に向けて歩き始めた。

 帰る途中で前方に見知った背中を見つけて声をかける。


「おーい、ミーシャ」

 僕の呼びかけにミーシャは足を止めて振り返り、僕に気づくと手を振ってくれる。

 僕は小走りでミーシャの隣に並んだ。

「こんにちは、レイン。今お仕事の終わり?」

「そうだよ」

「お疲れ様」

「そういうミーシャもお仕事の途中かな」

「うん。さっきナターシャおばあちゃんの所に行って健康状態を見てきたところ」


 ミーシャも先日15才になったので正式に仕事を任せられている。

 といってもミーシャが言うには「今ままでと何も変わってないけどね」ということらしい。

 もともと村医者のトーマスさんの手伝いをしてたから、やることに変化は無いみたい。

 以前も今もお薬を患者に届けたり、村のお年寄りと話をして健康状態を見たりしてる。

 ちなみに先日ミーシャの15才のお誕生日パーティに僕も呼ばれてお祝いした。

 ミーシャの誕生日には毎年呼ばれ、近年は誕生日プレゼントとしてミーシャの薬草集めの護衛を依頼される。


 薬草集めの護衛といっても村からあまり離れた場所に行くのは大人たちの許可が下りない。

 なのでいつもは村の畑の周辺に生えてる僕には雑草にしか見えない草や花を採集していた。

 だが今年は15才になり大人の仲間入りをしたから村から少し離れた草原まで連れて行ってと頼まれた。

 先日その願いを叶えるため草原まで連れて行き、ミーシャの護衛をした。

 今まで二人だけでは行かなかった場所なので少しハラハラしたが、魔物と遭遇することもなく帰ってこれた。

 ミーシャも色んな薬草が取れて満足そうだったのを覚えている。


「ナターシャおばあちゃん元気そうだった?」

「元気だったよ」

「そっか」

「レインはこれから剣の稽古?」

「うん」

 以前は昼前に剣の素振りや筋トレなどをよくしてたが、最近は農作業があるので仕事終わりに鍛錬している。


「ねえレインが稽古するところを見に行ってもいいかな」

「そんなこと言うなんて珍しいね。見ても面白くないと思うけど」

 今まで僕の練習風景を見たいなんて言ったことないのに、どういう心境の変化だろうか。僕が不思議そうにしていると、ミーシャが言う。

「面白くなくてもいいの。ただちょっとレインが頑張ってる姿を見てみたいだけなの」

「ふーん、そうなんだ」

 何だかよく分からないけど、見られて困るものじゃないし別にいいだろう。


「いいよ。ミーシャ」

「ありがとう、レイン」

 その後、僕はいつもの場所まで行って鍛錬を始めた。

 剣を脇に置いてまずは筋トレからだ。僕が筋トレをする様子をミーシャは手ごろな場所に腰を下ろし黙って見ている。

 筋トレを終えると今度は剣の素振りだ。

 剣を鞘から出して構え、仮想の敵をイメージして斬りかかる。


 ちなみに今日の分の魔力は仕事で尽きているので、魔法による身体強化は無しだ。

 仕事を始めてからはウインドカッターの練習もあまり出来ていない。

 仕事の休みの日に多少練習をするだけだ。

 そういえば僕の今年の誕生日にミーシャから貰ったお薬で魔法の威力が少し上がった。

 だからそのお薬を沢山飲めば楽に魔法が強化できるのでは考えた。

 だがあのお薬は原料に月の花を使用したらしく、大量生産に向かないそうだ。


 月の花は高価な調合素材なので、お金さえあれば作れるらしいが、今の僕にはとても購入できない金額みたい。

 将来僕が大物になって金銭的に凄く余裕が出来たらミーシャに頼んで作ってもらうのも悪くないとは思う。

 でも今は無理なので地道に魔法を使って熟練度を上げるしかない。

 僕が集中して剣の素振りをしていると、ふいにミーシャがぽつりと呟いた。


「こうやってレインと一緒にいられるのも、あとどれくらいなんだろう」

「えっ?」

 僕は剣の素振りを中断してミーシャの方を見た。ミーシャはどこか真剣な表情で僕のことを見ている。そんなミーシャに僕は声をかけた。

「どうしたの急に?」

「最近、思うの。レインは冒険者になるために、もうすぐ村を出て行っちゃうんだろうなって。そう思うと何だか胸の辺りがモヤモヤしちゃって。何なんだろうこの感じ」


 ミーシャは手を胸に当ててそう言った。

 どうやらミーシャは自分でもよく分からない感情に苛まれているようだ。

 モヤモヤってどんなだろう。僕も何となく自分の胸に手を置いてみるが特に何も感じない。心臓の鼓動を感じるくらいだ。

「ミーシャにも分からない事があるんだね」

 ミーシャは僕なんかよりずっと賢くて知識も豊富だから何でも知ってると思っていた。

「そうね。私も未知の感情に驚いてる。でも状況から考えると私は寂しいのかもしれない」


「寂しい?」

「うん。だってレインが村を出て行っちゃうってことは、お別れしないといけないってことじゃない」

 確かに僕が冒険の旅に出ると村に帰ることはあまりないだろう。

 この村を拠点に冒険者としてやっていくにはあまりにも不便すぎる。

 最低限、冒険者ギルドがある町を拠点にしなければギルドの依頼も気軽に受けられない。

 だからお別れしないといけないってことは事実かもしれない。


 お別れか。夢を追うことに夢中であまり考えたことなかったな。でもそれは仕方ない。

 僕たちは違う夢を追っているのだから。だから僕は務めて明るく振る舞い、ミーシャに声をかける。

「確かに僕はその内、村を出ていくし、会えなくなるかもしれないけど、一生会えないってわけではないんじゃない。それにミーシャもいずれ村を出るんじゃないの? 王都で薬屋さんを開くのが夢って聞いたけど」

「うん。それは私の夢だよ」


「そしたらお互いに夢を叶えたらさ。また会えるんじゃないかな。僕もこの村にはあまり戻らないかもしれないけど、王都は何度も利用することになると思うから。だからミーシャも夢を叶えたらいいんだよ」

 僕が熱く語っているとミーシャが少し笑顔を見せた。

 だがミーシャの瞳は愁いを帯びており完全に元気になったわけではなさそうだ。その後は僕は剣の素振りを再開し、一通り体を動かしてから鍛錬を終えた。

「今日は稽古をしてるところを見せてくれてありがとう」

「これくらいお安い御用だよ」

「じゃあ、帰ろっか」

「うん」

 僕らは夕焼け空の下、並んで歩き始めた。

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