第二章 旅立ち
第1話 少年時代
僕は幼い子供の頃から父の冒険者時代の話を聞いて育った。
その話はどれも魅力的でいつも目を輝かせて聞いてた。
僕が5才になる頃にはもう「僕も冒険者になるぅ」と言い始めたらしいが、自分ではよく覚えていない。
さすがにその頃はまだ冒険者について深く理解はしてないはずなので、何も考えず言っていただけだろう。
だが10才を迎える頃には割と真剣に冒険者になりたいと思い始めた事を記憶している。
そして年々その思いは強くなり12才の時に「僕は将来、本気で冒険者になりたい。そのためには何をすればいいの?」と父に相談した。
父はただ一言「強くなれ」と告げた。本当にそれだけしか言わなかった。
後は自分で考えろと言わんばかりだった。尊敬する父の言葉だ。僕はそのことについて真剣に考えた。
強さといっても色々な側面がある。肉体的な強さもあるし精神的な強さもある。
剣技の強さもあるだろう。父がどんな意味で「強くなれ」と言ったのか正確なところは分からないが、何となくどれも大事な気がした。
次の日から僕は強さを追い求めて鍛錬を始めた。
筋トレを行い、木の棒を剣に見立てて振り回した。ある日、村の中で木の棒を振り回していると、2才年上のレックと1才年上のソータが話しかけてきた。
「何やってるんだレイン。木の棒なんて振り回して」
「獣や魔物を追い払う練習か?」
僕は二人に自分が今、木の棒を剣に見立てて剣技の練習をしていることを説明した。
「レインは冒険者志望だもんな。それにしても振り回すのは木の棒じゃなくて、もっとちゃんとした木刀とか無いのかよ」
レックが呆れたように言い、ソータも「木刀くらい家にあるだろ」と指摘する。
指摘された僕は、ががーん、と衝撃を受け、何も考えず木の棒を振り回していた自分が恥ずかしかった。
慌ててその日は家に帰り、父の帰りを待った。夕食の時間になり仕事を終えて帰ってきた父に僕は聞いた。
「父さん。家に木刀ってある?」
「あるぞ」
「借りてもいい? 剣の練習をしたいんだ」
「分かった。貸してやろう」
父は嬉しそうに了承し、物置小屋の奥から探し出したやや小ぶりの木刀を僕に手渡した。
「その木刀は父さんが子供の頃に使っていたやつだ。大きさ的にも今のレインにちょうど良いだろう」
「ありがとう。父さん」
これで明日から剣の練習に励むことができると思うと僕は嬉しかった。
翌日になり早速僕は筋トレ後に木刀で剣技の練習を始めた。えい、やー、えい、やー。
僕は冒険者気分で、やみくもに木刀を振り回した。木刀を手にしたことが嬉しくて夢中で振り回してたら手にまめが出来た。
それでも構わず木刀を振り回してたら、まめが潰れて手が痛くなった。さすがにその日はそれまでにして家に帰った。
母が仕事から帰って来るのを待って、手の治療をお願いした。母の温かい手が僕の小さな手を包み「ヒール」と唱えると手が元通りになった。
「痛くなくなったよ」
僕は母に自分の手を見せながら、今日は木刀で剣の練習を沢山したことを話した。
「手のまめが潰れるくらい頑張ったのね。偉いね」
そういって母は僕の頭を撫でてくれた。母に褒められ僕は嬉しかった。
だから僕は翌日も翌々日も一生懸命木刀を振り回して手にまめを作り、母に治療してもらった。
そのたびに母は僕のことを褒めてくれた。その後、徐々に手にまめが出来にくくなり、最後には木刀をどれだけ振り回しても手にまめが出来なくなった。
母の治療を受ける必要が無くなったので褒めてもらえなくなったが、代わりに父が僕の手を見て「いい手になってきたな」と言って喜んでくれた。
そして僕は父に対して「僕に剣技を教えてほしい」とお願いした。
父は少し悩んだ末に「剣技の方は教えてやれないが、かわりに練習に付き合ってやろう」と言ってくれた。
僕は父と剣の練習が出来るならそれもいいなと思った。
父との剣の練習の日がやってきた。父が「さあ俺にどこからでも打ち込んでこい。攻撃を当てる事が出来たら一本でレインの勝ちだ」と言って木刀を構える。
僕も木刀を手にして父に向けてやみくもに打ち込んだ。
僕は攻撃は全て父の持つ木刀で簡単に防がれた。しかも父は一歩も動かず僕の木刀に対処して見せた。
僕は諦めず全力で打ち込み続けた。結局、その日は父に全ての攻撃を防御され、父が足を動かすことさえなかった。
練習が終わって家に帰る途中、僕は父に「どうすれば強くなれるかな」と聞いてみた。
「さあな、強くなる方法なんて人それぞれだからな。基本的に自分で考えたほうがいいと俺は思っている。自分で考える癖を付けないと後々困ることになるぞ。冒険者になりたいなら、なおさらだ。俺は色んな冒険者を見てきたが、考えを他人に委ねる奴は危機管理が出来ない奴が多かった。すぐ逃げなきゃいけない場面で誰かの指示を待つような奴は、逃げ遅れることにも繋がる。まあ優秀なリーダーの元にいたら大丈夫かもしれんが、リーダーの皆が優秀なわけではない。それに考えなしでは自分でリーダーが出来ないしな。どうせなら自分がリーダーになりたいだろ」
父も冒険者時代は4人パーティのリーダーをしていた。
そんな父に憧れた僕も同じように将来は自分の冒険者パーティを作りたい。そう思っていたので父の言葉に「うん」と頷いた。
「とまあ基本的に自分で考えたほうがいいんだが、一つだけレインにアドバイスを送ってやる。それはとりあえず目標を持てということだ。なるべく具体的な目標を見つけるのがいい。向かう先が定まると考えもまとまりやすくなる。さっきレインは俺にどうすれば強くなれるかと聞いたが、もう少し具体的な目標を考えるのがいいんじゃないか。後は頑張れ」
そういって父は隣を歩く僕の頭に手をのせて、ぽんぽんと叩いた。
家に帰ると強くなるための具体的な目標を考え始めたが中々思いつかなかった。
来る日も来る日も考えたがまったくダメだった。思えば僕のしたいことはどれも父の影響を強く受けていて自分で考え出したものではなかった。
父の冒険者時代の話を聞いて冒険者を目指し、父が冒険者になるためには強くなれと言ったから強さを求めるだけだ。
そこに自分の考えは無かった。僕には自分で物事を考える癖がついていなかった。
このままでは父の言う危機管理が出来ない冒険者になってリーダーになれない未来が待っている、という危機感を抱いた。
何とか自分で考える事が出来るようにならなくてはと心に刻んだ。
その日も僕は一人で木刀を振り回して剣の練習をしていた。
適度に体を動かしていると、唐突に閃いた。父との剣の練習で一本を取るのは難しいので、まずは父の足を一歩でいいから動かすことを目標にしようと心に決めた。
目の前に父が佇むイメージを浮かべ、僕は木刀を構えた。父の脚を一歩動かすという目標を達成するためにはどうすればよいだろう。
前回のようにただやみくもにいくら打ち込んでも父に軽く防がれてしまう。
動く必要がある状況とはどんな時だろう。僕は無い知恵を絞って必死に考えた。
そして一つの結論を出した。それは父に木刀での防御ではなく足を使った回避運動をさせるというものだった。
だがどうすれば僕の攻撃を回避してくれるだろう。それはそれで難しい問題の気もするが、やるしかない。
僕は父に打ち込むイメージで木刀を振り下ろした。父が簡単に攻撃を防ぐイメージしか浮かんでこなかった。これじゃだめだ。
単調なのがダメなのかも。そう思った僕は木刀を振り下ろす軌道に少し変化を持たせてみた。
頭を狙うと見せかけて肩のあたりを狙ったり、腰のあたりを払うと見せかけて脇のあたりを狙ったり。
どこに打ち込むか予想できなければ防御でなく距離を取る回避を選択してくれるかも。
そう考えて僕はひたすら変則的に木刀を振り回す練習をした。
日が経ち父との練習の時がまたやってきた。僕は準備を整えた父に告げた。
「今日は目標があるんだ」
「それはいいことだ。それでどんな目標なんだ」
「こないだは父さんに一歩も動かず対処されたから、今日は父さんの足を一歩動かしてみせるよ」
「なかなか面白い目標だな。それは今のレインでも実現可能かもしれないな。それなら一点だけ条件を付けさせてくれ」
「条件? どんな」
「それは今日は俺の後ろに回り込むのはダメだということだ。ただ向きを変えるために足を動かしても、レインのやりたい事とは少し違うだろ」
確かにそれは言えてる。僕は自分の剣技の力で父の足を動かしたいのだ。
「分かったよ」
僕の言葉に、父は満足したように頷く。
「それじゃ、かかってこい」
「いくよ。父さん」
僕は最初は変則的な攻撃でなく、分かりやすい軌道の攻撃を行った。
案の定、父は簡単にそれを防御し、足を動かすには至らなかった。
それは僕の予想通りでもあった。その後も何度か打ち込み、父は完璧に全てを防御した。
単調な攻撃では父に防御されてしまうことが分かった。
やはり練習した変則的な攻撃を仕掛けるしかないと思った。
僕は腰のあたりを払うと見せかけて脚を狙って攻撃した。
父が僕の突然の変化に驚いて「おっ」と声を上げた。しかし僕の木刀は父の木刀でしっかりと防御されていた。もちろん足を動かすこともなかった。
「今のは良かったぞレイン。突然の変化に対応が少し遅れた。まあ防御は間に合ったがな」
父に褒められ僕は嬉しくなったが、目標は達成できなかった。だがまだ終わりではない。
僕は変則的な攻撃を次々に放った。しかし父の防御がどうしても崩せない。
何度攻撃しても結果は同じで父の木刀で防御されてしまった。これは作戦を練り直す必要があるかもしれない。
このまま攻撃し続けても良い結果は得られないと判断した。僕が少し手を休めて考えていると、父が告げた。
「どうしたもう終わりか。俺の足を動かさせるんじゃなかったのか」
「今もっと良い方法が無いか考えてるところ」
「考えるのは悪くないが、手と足を動かしながら考えた方がいいぞ。本来、相手は待ってくれないからな」
言われてみればその通りだった。僕は父に向かって打ち込むのを再開しながら考えた。
だが良い方法が浮かばない。そもそも僕にこの父の鉄壁の守りを崩せるのだろうか。
なんか自信がなくなってきた。そういえば目標の内容を答えた時に、僕にも実現可能かもと父は言っていたが、本当だろうか。
父には何か僕が取るべき策が分かっているのだろうか。僕は動きながら考え続けた。
何とかして父の木刀に防がれずに済む方法はないか。
とりあえず自分の攻撃パターンについて考えてみた。そしたら大きく分けて二つに分類された。
上から振り下ろす攻撃と横から薙ぎ払う攻撃の二つだ。これらの攻撃はどの様に組み合わせても父の防御を突破できない気がした。
なのでそれ以外の攻撃をしようと思い、新たな攻撃手段を考えた。上と横がダメなら下だということで、僕は下から上に振り上げる軌道で木刀を振るった。
すると劇的な変化があった。父は僕の攻撃を受け止めるのではなく、木刀をはじいて軌道を逸らす方法を選択したのだ。
父の足はその場所から動かなかったが、プレッシャーは与えられているのかも。
「今のもいい攻撃だ。レインの今日の目標を先に聞いてたからその場で対処したが、避けた方が楽な攻撃だな。さあ、もっと打ち込んでこい」
どうやら父は意地でも僕の目標を阻止するつもりみたいだった。
僕もムキになって先程のような下からの攻撃を繰り返した。
すると先程と同じように全て木刀を軌道を逸らすようにして対処された。
僕はその時、どうしてこの攻撃は受け止めず軌道を逸らしてくるのだろうと考えた。
何度も繰り返し下からの攻撃を行い、父の動きを観察していると何となく分かってきた。
要するに父が構えている手の位置で僕の下からの攻撃を受け止めようと木刀を横に倒して待っても、脚への攻撃は守れない。
脚の守りをカバーするにはもっと低い位置で受ける必要があるので、姿勢を低くしないといけない。
かなり屈む必要がありそれが嫌で対処を変えているのかもしれない。
結論としては父の体の下の方が上の方に比べて守りが緩くガードされにくい。
単純に弱点ともいえる。何となく弱点を発見できたのでそこを重点的に攻める事にした。
まず上からの振り下ろし攻撃は意味ないと考えて捨てた。
次に横から薙ぎ払う攻撃だが腰のあたりを狙わず、できるだけ低く脚を攻撃した。
右脚と左脚を交互に攻撃したりして父の意識を散らした。
この攻撃は一応、父の木刀で防御されてしまうが腰のあたりを狙うより効果があるように感じた。
そして忘れた頃に下から上に振り上げる攻撃だ。こちらは相変わらず攻撃の軌道を逸らすような対処をされてしまう。
どうにも決定打にかけていた。あともう一手ないだろうかと必死に考えた。
そして攻撃手段があと一つ残されていることに気が付いた。
上と横と下がダメなら残りは前だ。そう思って僕はその時初めて突きを放った。
とりあえず脚を狙って突いたのだが、そしたらそれも木刀をはじかれ軌道を逸らされた。
どうやら突きも効果的なようだと僕は判断した。
「いいぞレイン、その調子だ。防御しにくい攻撃というのが分かってきたようだな」
その後、より効果的な攻撃場所を探すため、色々な所を突いてみた。
その結果、突きについてはお腹の辺りが一番父が防ぎにくそうにしていた。
胴体を狙った方が脚を狙うより大きく軌道を逸らさないといけないからだ。
ちなみに顔や肩のあたりを突いたら軽く屈んで躱された。
僕は正直腹部への突きにかなりの手ごたえを感じていた。
他の攻撃を防ぐより難易度が高そうに思えたからだ。
なので最後は腹部への突きで決めようと思い、まずは色んな攻撃で父の意識を散らした。
基本は低い位置に攻撃を集め、たまに頭や肩のあたりの攻撃も意識を散らすため織り交ぜた。
そして僕は頃合いを見てまずは顔に向けて突きを放った。父が屈んでこれを躱すがそれは想定内だ。
態勢を崩す事が目的でありそれは成功した。僕は最速で次の攻撃に移った。
本命の腹部への突きだ。態勢が少し崩れているので多少父の反応が遅れることを期待した。これで決着が付けばいいと願った。
だが父もさすがでこの攻撃に対応して見せた。僕の攻撃は父の木刀で軌道を逸らされたが、反応が遅れたのか力加減を間違えたのか、横腹にかすりそうなほどギリギリな場所を僕の攻撃は通過した。
僕の期待した結果は得られなかったが、完全に想定外でもなかった。多少この結果を予想していたので僕は意識を切り替えてそのまま横に薙ぎ払った。
そしたら僕の攻撃は空を切った。それはつまりどういうことかというと……。
「見事だレイン」
父は防御ではなく回避行動を取った。つまりは足をその場から動かしたのだ。そのことに僕は喜びがあふれた。
「やった、やった、今日の目標達成だ」
「よくやったレイン。良い攻めだった。相手を観察して、弱点を見つけ、考えながら戦っているのがよく分かった。前回はただ闇雲に攻めてるだけだったが成長したな」
父に褒められ僕は嬉しくなった。
「次からは俺は足を使って躱すことをメインにするぞ。今度は逆に俺から防御させることを目指してみろ」
「分かった」
そうやって父との練習は続いた。そして年月が経ち僕は15才になった。
今では父の行動パータンも増えて、防御と回避だけでなく父からも軽く攻撃してくるようになった。
ちなみに現在に至るまで一度も僕の攻撃は父の体を捉えていない。
自分に自信がなくなることもあるけれど、自分が強くなっていく実感はあるので、今後も鍛錬を続けるだけだ。
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