第5話 初陣

 それは突然だった。ランタンで周囲を照らしていた僕たちの前方にトレントが4体同時に現れて、父が対応に追われているところに、さらに後方から1体のトレントが出現した。そうなると流石に僕もただ見ている訳にはいかず、戦闘に参加するしかない。

 父も同じように判断したのか「後ろの敵は任せた」といって前方の敵に切りかかっていった。さて、後ろの敵は小型のトレントが1体。父なら10秒もかからず退治する雑魚敵だが、はたして僕にも倒せるだろうか。

 最悪、倒せずとも時間さえ稼げば、前方の4体を倒した父が駆けつけるだろうが、出来れば自分で退治したい。

 そう思い、まずはランタンを地面に置いて、鞘から抜いた相棒のショートソードを後方のトレントに向け構える。


 相手の攻撃範囲外からじりじりと歩み寄り、これ以上近づくと相手の攻撃が届いてしまいそうな距離からダッシュで距離を詰める。

 狙いはトレントの左腕の根元だ。大きく振りかぶってショートソードを力いっぱい振り下ろした。だが僕の渾身の一撃はトレントの左腕でガードされてしまう。

 父ならガードされようがそのまま腕を叩き折るところだが、僕の力ではそれも叶わない。僕が「くそっ」と悪態をついていると、トレントが剣を防いだ手とは反対の手を僕に向けて叩きつけてきた。

 僕はそれを何とか屈んでかわし、すぐに距離を取って安全を確保する。父のようにいかないことを歯噛みしつつ、僕は再びトレントに向かって切り込んでいく。


 結果は先ほどと変わらない。剣は左腕で防がれ、すぐに右腕を振り回し、僕に襲い掛かる。屈んで回避を、と思い、先読み気味で回避動作に入ったが、それがいけなかった。

 トレントが僕の足元を払うように右腕を振り回してきたからだ。まずい、これは避けられない。僕はとっさにショートソードでトレントの攻撃をガードしたが、あまりの勢いで僕は吹っ飛ばされてしまう。

 地面にごろごろと転がったが、すぐに態勢を立て直してトレントと向き合う。物凄い衝撃だったが剣を手放さなかった自分を褒めてあげたい。僕は瞬時に自分の体の怪我の具合を確認する。擦り傷や軽い打撲はあるが大丈夫、僕はまだ戦える。


 目の前の敵を何とかして倒すんだ。僕が闘志を燃やしている間にも、トレントがじりじりと僕に近づいてくる。僕はその場で構えながら考える。僕の剣速やパワーではトレントの腕を根元から切り落とすことは難しい。

 腕で剣を防がれてしまうし、仮に狙ったところに剣を振り下ろせたとしても、一撃で切断は難しいだろう。それが出来るのなら防がれた腕を叩き折ることが出来ているはずだからだ。

 腕の太さがさほど変わらないのだから、そういう結論になる。もうこうなったら防がれてもいいから、なるべく同じ箇所に剣を何度も打ち込んで、腕を叩き折るしかない。

 そうすれば無力化とまではいかないが、弱体化させることが出来るだろう。方針が固まった所で、僕は再びトレントに向かって切りかかる。


 狙いは今までと変わらずトレントの左腕。剣を振り下ろすと相変わらず左腕のガードが間に合うが、むしろ好都合でなるべく先ほどと同じ個所を狙って剣を叩きつけた。

 3度目の攻撃を受け止めたトレントの左腕が鈍い音を立てるが、またしても断ち切るまでには至らない。

 僕はすぐに気持ちを切り替えトレントの攻撃を回避するためバックステップで後退し距離を取る。僕の眼前をトレントが振り回した右腕が空振りする。

 トレントはあまり知能が高くないのか動きがワンパターンで行動が読みやすい。先ほどは失敗したが冷静に対処すれば僕にでも十分に勝機はある。

 攻撃をかわしつつ、何度も攻撃を繰り返して相手の腕をひとつずつへし折れば無力化とはいかないまでも大幅に弱体化させることが出来るだろう。

 後はどれだけ集中力を発揮し続けて攻撃と回避を行なえるかだ。僕は奥歯をかみしめて集中し、再びトレントに向けて切り込んでいく。


 その後、何度か攻防を繰り返し、7回目の攻撃をトレントの左腕に叩き込んだその時だ。バキリ、という音と共にトレントの左腕を半ばから切断することに成功した。

「やった」

 思わず喜びの声が漏れるが気を抜かず、距離を取ってトレントの攻撃を回避した。これで左腕の攻撃射程が大幅に減った。攻撃箇所を右腕に変えれば、おそらく右腕はガードに使うので、攻撃は短くなった左腕でしかしてこないと思われる。

 これでだいぶ戦いやすくなった。負ける要素はない、と言いたい。僕は今度はトレントの右腕を切り落とすべく、果敢に切りかかっていく。先ほどまでと同じ要領で攻撃と回避を何度も行ない、無事に右腕も切り落とすことに成功した。


「よしっ」

 後は……、どうすればいいんだろう。父の話では両腕を切り落とすとトレントは逃げていくという話だったが、両腕とも半分残っているせいか撤退していく素振りを見せない。僕を撲殺しようと近づき、短い腕を振り回してくる。

 トレントの移動速度は非常に遅いので、簡単に避けられるが、こいつをどうしたもんだろう。もう一度、攻撃を繰り返し、今度こそトレントの腕を根元から切り落とすしかないのだろうか。

 トレントにとどめは刺せそうにない。僕の剣の腕と力では細い腕の部分を切断するのが精一杯で、父のように胴体部分を折るのは不可能だ。僕がどうするべきか考えていると、いつの間にか4体のトレントを倒し終えていた父が声をかけてくる。


「戦いは見させてもらった。ここまで戦えれば初陣としては十分だろう。後は俺に任せておけ」

 そういって父が戦い始めると、案の定、10秒もかからずにトレントを葬った。父はトレントが動きを止めるのを確認すると僕に振り返り、楽しそうに告げる。

「よくやったレイン。なかなかいい動きだったぞ」

 僕は父に褒められて嬉しくなる。何だか照れくさくなり頭をかいた。

「そうかな」


「ああ。本当は時間稼ぎさえしてもらえれば良いと思ってたんだが、こっちが終わってレインの方を見た時に案外いい戦いをしていたので、観察させてもらった。よく頑張っていたと思う」

 僕の戦いを見られていたのか。一体どこから見始めたのかはわからないが、何だか恥ずかしいな。

「両腕を落とすのに随分時間がかかってしまったけどね」

「たしかにパワーの方はまだまだだが、それはレインが15歳だからだ。まだこれから体は大きくなるし力もついてくる。気にすることではない」


 そう言ってもらえると少し安心できるが、それでもやはり父のようにかっこよく魔物を倒したいと思ってしまう。そんな僕の思いを知ってか知らずか、父が僕を励ますように言う。

「これからも鍛錬を続ければ、その内トレントくらい余裕で倒せるようになるさ」

「うん、頑張るよ、僕」

「ちなみに怪我はないか?」

「軽い打撲と擦り傷が少々あるよ」

「そうか。ならミーシャから貰ったポーションを飲んでおきなさい」

「うん。わかった」


 父がバックパックからポーションをひとつ取り出し、僕に手渡してくれた。僕がポーションを飲むと体から傷が一瞬で消えていく。どうやらミーシャの作ったポーションは、変な薬とは違って、きちんと効果が見られるようだった。

 作ってくれたミーシャに心の中で感謝する。それから空のビンを父に返すと、受け取った父はバックパックの中にしまった。ビンは後でミーシャに返さなければならない。バックパックを背負った父が僕に向けて告げる。

「それじゃ先に進むぞ」

「わかった」

 僕は地面に置いたままだったランタンを手に持って、父の後に続いた。

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