第6話 群生地
どれほどの時間が経過しただろう。もはや数えきれない程の魔物と遭遇し、基本父がひとりで片付けて、たまに前後に囲まれた時だけ、僕も戦うという感じで進んできた。
この森はトレントしか出てこないみたいで、未熟な僕でも何とか戦えている感じだ。とはいえ僕がまともに戦えるのはトレントが1体の時だけで、相手が2体以上になるともう駄目だ。
対処に自信がない。僕は適度に敵の注意を惹きつつ、逃げながら時間を稼ぐしかなくなる。時間さえ稼げばその内、父が倒してくれる。
トレントは足が遅いので走れば追いつかれることはない。とはいえ狭い道の真ん中にトレントが立ったら、その脇を抜けるのは少し大変だ。
脇を抜けたとしても、あまり父から離れすぎれば危険が増す。こんな森の中でひとりになるのは正直かなり怖い。
ちなみに父の方はと言えばトレントと複数体戦う時も苦戦せずに戦っているので、後方の敵を引き付ける僕の役目は本当は必要ないのかもしれない。
でも父は「後方の敵は任せた」と言ってくれるので、父の期待に沿えるように頑張っている。それにしてもここまでかなり歩いたけれど、一体どこまで行けばいいのだろうか。僕は気になって父に聞いてみる。
「ねえ、父さん」
「どうしたレイン」
「ずっとこの道に沿って歩いているけど、目的地まであとどれくらいかかるの?」
「それはわからん。だが目的地に近づいてることは確かだ。村長が言うには月の花の群生地の近くに来たら、道の脇に立て看板があるらしいからな。立て看板をまだ見ていないから、まだ群生地は先なんだろう」
立て看板。確かにそれはまだ見ていない。この狭い道の上にあるというならば、さすがに見逃したということもないだろう。
僕は早く目的地に着かないかなと思いながら歩き続ける。徐々に疲れが蓄積してきたせいか僕の脳裏に不安がよぎる。
月の花を採集して村に持ち帰り、薬を作って母に飲ませるまで、母の命は持つだろうか。そういえば月の花は夜に咲くとトーマスさんは言っていたが朝や昼になるとどうなるのだろう。気になるので父に聞いてみる。
「ねえ、父さん。月の花って夜に咲くらしいけど、太陽が出てる時間はどうなっているのかな?」
「昼間はつぼみになると村長が言っていた。ちなみにこの花は夜のうちに採集しないと薬として利用できないとも言っていた。だから今夜のうちに採集する必要がある。明日の夜に採集しても、家に帰るころにはフレアが生きていない可能性がある」
血を吐いて倒れた後は2、3日で亡くなるというトーマスさんの言葉とタイムリミットは2日間という言葉を思い出す。
ここに来るまでにもう半日以上経過していそうなので、この後すぐに月の花を採集できたとしても、家に帰るまでには1日以上が経過することになる。
もし今夜採集できず明日の夜に遅れてしまえば、タイムリミットの2日間を越えてしまう。確かにそれでは母の命は危うくなってしまうだろう。
なんとしてでも今夜中に月の花を採集せねばならない。僕は決意を新たにして歩き続ける。
歩いていると、ふと欠伸が出た。もう夜中だろうから眠気も出てくる。しかしだからといって、今は寝ている場合じゃない。母の命がかかっているので、眠気を押し殺し、僕は歩く。
しばらく歩くとおもむろに前を歩く父が立ち止まった。前方を指さして父が告げる。
「あそこに立て看板がある」
「え、本当? 目的地の近くまで来たってことかな」
「多分そうだろう。看板の内容を確認しよう」
父が立て看板に歩み寄り、ランタンの光で照らして、書かれた内容を読む。僕も父の隣に立って、立て看板を読んだ。立て看板には『この先、月の花群生地』と書かれている。
「どうやら間違いないようだ」
立て看板をさらに読むと管轄地の名前も書かれており、この場所が隣町ランドの所有物であることがわかる。
「ここ、ランドの管轄地なんだ。僕たちが勝手に採集して大丈夫なのかな」
僕は危惧したことを父に伝える。
「たくさん採集するわけじゃない。一輪の花で十分らしい。さすがにバレないだろう。それに問題があるとしても俺達には他の選択肢はない」
父の言葉に僕はうなづく。病気の母が家で待っているのだ。たしかにここまで来て何も採らずに帰るのはありえない。
父が立て看板の先にランタンの光をかざし、生い茂る草や枝に目を向ける。はっきりした道は見当たらない。
立て看板があるので、おそらく誰かが毎年採集に来ているはずだ。通り道があっても良さそうだが、生い茂る草に隠されて見えないのかも。
父が念のためコンパスを取り出し、進行方向を確認する。
「ここから群生地までそんなに離れていないとは思うが、気を付けて進むぞ」
父はそう宣言すると、生い茂る草を踏みしめて、森の中を進む。僕も遅れず父の後について進む。今魔物に襲われたら最悪だなと思い、道なき道を進むと、運よく魔物に遭遇せず、少し開けた場所までやってきた。
目の前には一つの立て看板。父がランタンの光で立て看板を照らすと『月の花群生地』と読めた。
「……到着だ」
父が淡々と告げる。だがそこに喜びや安堵の感情はなかった。なぜなら、
「そんな!? 月の花が咲いていない!」
僕は愕然として、目の前の光景に意識を向ける。目に映るのは全てまだ花咲く前のつぼみの状態であり、まだ少し時期が早いことを知らせてくる。
これでは月の花の採集ができない。採集ができないと母の病気は治らない。病気が治らないと母が死んでしまう。助けられないのか。僕は震える手で顔を覆った。
父も呆然とした様子で目の前の光景を無言で見ている。諦めるしかないのか。いやそんな簡単に諦められない。
どこかに咲いてるのを見落としていないだろうか。たった一輪でいいのだ。それだけで母は助かる。助かるのに。
「父さん。とりあえずランタンの光を一度消してみようよ。もしかしたら見つけられていないだけでどこかに咲いてるかもしれない」
月の花が淡い光を発するならば、暗闇のほうが見つかると思ったからだ。
「……そうだな」
父がそう言い手にしたランタンの火を消す。僕もすぐに消した。周囲が暗闇に包まれる。少し開けた場所なので、空から射す月明かりだけが唯一の光源だ。
僕は祈りを込めて、目の前の光景を見る。僕も父もしばし無言で見続ける。そして得られた結論は、
「ないな」
「ないね」
現実は無慈悲だった。もう諦めるしかないのか。何か手はないだろうか。僕は考えて、一つ思い付きを口に出す。
「そういえばここ、ランドの管轄地なんだったら、ランドまで行ったら月の花の在庫が残ってないかな」
トーマスさんは近隣の町でも手に入らないといっていたけど、実際に行ってみないと本当のところはわからないはず。急いでランドの町まで行って、村に帰れば何とか間に合わないだろうか。僕は最後の希望にすがるように、考えを纏めていたが、それを打ち消すように父が言う。
「それは望み薄だろう。月の花の流通について村長にも聞いたが、月の花は様々なマジックアイテムの調合にも使われる貴重品で、採集物は一度全て王都が買い占めるらしい。だからランドの町に行ってもあまり意味は無いんだ。王都までいかないと手に入らない」
最後の希望も潰えた。万事休すだ。僕はがっくりと肩を落としてその場に佇む。無力感に苛まれ、思考するのもままならない。
僕の心は虚無に支配され、ただ立ち尽くすのみだ。母が死ぬ。その事実が直視できず、頭が回らない。目から涙があふれた。手の甲でそれをぬぐい取る。涙はぬぐい取っても後から後からあふれてくる。
「うぅ……、うぅ……」
僕の口からうめき声が漏れる。ふと頭の上に父の大きくてごつごつした右手が乗せられた。その手が僕の頭を優しく撫でてくる。
「いつまでも、こうしている訳にもいかない。家に帰ろう」
「うん」
僕はこくこくと頷いた。
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