第4話 森へ

 村を出るとまず目にすることが出来るのは、周辺に広がる畑だ。普段は父が村の畑を守るために巡回し、魔物が現れたら退治している。

 父の話によると頻繁に現れる訳ではないから2日ほど巡回に行けなくても、おそらく大丈夫だろうという事だ。

 しばらく歩き村から離れると畑も無くなり、草原が広がる。あとはひたすら北へと歩き続けるだけだ。

 馬車でもあれば楽に草原を横切り、森の入り口まで行けるが、あいにくと村が田舎過ぎて馬車すらない。

 町に用事があって移動する時も、村人は皆徒歩で向かう。馬車を持てるほど裕福な暮らしを村人はしていない。


「北の森に到着するのは夕方ごろになるだろう」

 前を歩く父が僕を振り返り言う。

「結構な長時間を歩くことになる。もし疲れたら言ってくれ。休憩を取る」

 僕は足手まといにはなりたくないので「それくらい大丈夫だよ」と強がる。

「無理はしないでくれよ。この草原は危険が少ないが、森に入れば危険度がぐっと上がる。森に入る前に疲れ切ってしまって、森の中で集中力を欠いて危険の察知が遅れるようなことは避けてくれ」

 そう言われると、疲れても強がって歩き続けることは良くない事と思えてくる。

「わかったよ、父さん。疲れたらすぐに言うよ」

「頼む」


 その後は黙々と歩き続け、何度か休憩を挟み、予定どうりの時間帯に森の入り口までやってきた。

「森に入る前に休憩を取ろう。森に入ってしまえば気の休まることはあまりないからな」

「わかったよ」

「ついでに食事もとってしまおう」

 確かに歩いてエネルギーを消費したからか、腹が減ってきている。父は背負っているバックパックを下ろし、中からパンと干し肉と水筒を取り出して、僕に手渡してくれた。

 そこらの草の上に腰を下ろし、僕は食事を開始する。手早く食事をとって完食すると、水筒の水で喉を潤し、それから父に聞いた。


「月の花がどの辺に咲いてるのか、大体の目星は付いてるの?」

「ああ、目星は付いてる。村長が大体の場所を教えてくれたからな」

「そうなんだ。それなら安心だね」

 僕は目の前に広がる森へと視線を向けて、ここからが本番だなと自分に言い聞かせる。草原は見晴らしが良かったので、魔物を発見しても、大きく迂回して戦闘を避けることが出来たが、ここからはそうはいかない。

 発見が遅れ、戦闘状態に突入することもあるだろう。僕は今一度気持ちを引き締めなおし、森に入ることを決意する。

 食事の後、しばらく休憩し、疲労が少し回復したと思ったタイミングで父が告げた。


「そろそろ出発しよう。森に入るぞ」

 僕は力強く頷き、「わかった」と返事をした。父が立ち上がり、バックパックを背負う。遅れず僕も立ち上がると、父が森の中に向けて歩き始めた。

 なるべく離れないように父の後ろを歩き、森の中に侵入した。森の中と言っても、道なき道をひたすら進むわけではなく、普通に狭い道がある。

 まずはその道に沿って進むようで僕は少し安堵した。月の花がどこに群生しているのか僕にはわからないが、道からさほど離れていないところに群生地があればいいなと思う。僕は周辺を警戒しながら父のすぐ後ろを歩き、耳を澄ませる。


 感じるのは完全な静寂ではなく、様々な森の音だ。木々が擦れる音。鳥のさえずり。僕と父が歩く足音。今のところ魔物の気配はまるで感じない。なるべく戦闘にならないことが理想だ。

 そのためにも魔物たちが森の中を移動する時に発する音を、いち早く察知する必要がある。僕は意識を集中し何か変わった音が周辺に発生していないか調べながら歩く。


 しばらく森の道を進んだところで父が突然立ち止まり、僕を振り返って待ての合図をした。僕は立ち止まり、周辺の音に意識を集中させる。

 すると確かに何者かが森の中を移動している音が僕にも聞き取れた。緊張がみなぎり、心臓の鼓動が早くなる。

 念のため剣の柄に手を伸ばし、突然襲い掛かられても対処できるように心と体の準備をする。どうやら何者かはこちらに気が付いていないようで、音が徐々に遠ざかっていき、聞こえなくなった。

 どこか遠くへ行ったみたいだ。僕は、ほっ、と息を漏らし、緊張を解く。


「先へ進もう」

「わかった」

 父の言葉に頷き、僕らはゆっくりと慎重に歩き始める。しばらく進むと再び父の待ての合図。先ほどのようにやり過ごそうとするが、今度は音が僕たちの方に近づいてきた。

「来るぞ。戦闘の準備をしておけ」

 僕が返事をするよりも前に、父の前方左手の森がガサガサと揺れ、1体の魔物が姿を現した。その姿は足の生えた木で、トレントと呼ばれる魔物だ。高さは僕の身長くらいしかない。

「何だ。小型のトレントか。こいつはザコだな」


 父が鞘から剣を抜き放ちトレントに切りかかる。まずは左右に手のように生えていた枝を切り落とすと、次にじたばた動く足をすべて切断。この時点で既にトレントは置物と化していたが、父はトレントを豪快に蹴倒し、その後は口の空洞部分に何度も剣を突き刺して、最終的には口の上と下にバキリと叩き折った。そこで父は動きを止め、鞘に剣を戻し、僕に振り返る。

「終ったぞ」

 僕は父の手際の良さに素直に感動した。

「すごいよ、父さん。トレントとは何度も戦ったことあるの?」

「冒険者時代にな。トレントは大抵の森や山に生息しているからな。慣れたもんだ」

「戦い方の手順が決まってるような感じだったけど」


「ああ、大体決まっている。最優先で狙うべきなのはトレントの攻撃手段になる手の枝だ。個体のサイズによって切り落としやすさは変わるが、大体切り落とすことが可能だ。切り落とせないようなサイズの個体とは戦わない方が無難だな。手を切り落とすことに成功したらもう勝ったようなものだ。なんせトレントは手の枝を振り回すことしか攻撃方法がないからな。そのまま放っておいたら逃げていくが、経験上仲間を引き連れて戻ってくる場合も多い。だからそうならないように次は足を狙う。足も切り落とすことに成功したら基本はもう放っておいてもよい。ただ極稀に手足を再生させる能力を持ったトレントもいるから、俺は毎回とどめを刺すようにしている。とどめの刺し方は先ほど行なった通りだが、他にも火で燃やす方法などもある。ちなみにトレントと遭遇して何も考えず火の魔術や火矢で相手を炎上させると、暴れるトレントから周囲の木々に火が燃え移り大変なことになるときがある。火が弱点ではあるが、火を使うなら周辺の状況なども考えて慎重に行う必要がある」


 僕は父の話に興味深く耳を傾け、忘れないように心に刻む。これで僕もトレントを退治できるだろうかと考えていると、父が「先へ進むぞ」と言って歩き始めた。僕も遅れずに父の後ろを歩いていく。しばらく無言で歩いていたが、周囲の闇が濃くなってきたので、僕は父に尋ねた。

「だいぶ暗くなってきたけど明かりは点けないの?」

「明かりを点けると周囲の敵を引き寄せてしまうデメリットもあるからな。今はまだ明かりが無くても何とか歩けるから、もう少しこのまま我慢してくれ」

「わかったよ」


 父の言葉に従い、僕は暗い道を歩き続ける。とはいえ辺りが真っ暗になるのも時間の問題のように感じた。その後、再び現れたトレントを1体倒したあたりで、案の定、暗さが限界になり明かりを点けることになった。父がバックパックからランタンを取り出し、点灯させてから僕に手渡してくれた。父も自分用のランタンを点灯させて手に持ち、出発前に僕に注意を促してくる。

「さっきも似たようなことを言ったが、明かりを点けたことで敵から発見されるのを防ぐことが出来ない。ここからは戦闘も増えるだろう。心しておくように」

「わかった」

 ここまでは戦闘は父が対応するだけで済んでいたけれど、ここから先はそうもいかないかもしれない。僕はさらに気持ちを引き締めなおし、父の後ろを歩くのだった。

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