第3話 準備

 僕が父について北の森に行くことを宣言した時、父は初め良い顔をしなかった。

「危険だぞ。レイン」

「危険があることはわかってる。でも僕はもう15歳になって、一人前の男になったわけだし、母さんを助けるために自分に出来るだけのことがしたいんだ」

 この村では基本15歳になれば一人前とされる。要するに大人になるということだ。大人となった僕が母の命の危機に何もせず、家で成り行きを見守るなんてことはしたくない。

「たしかに今日15歳になったばかりだが、レインの言うこともわからないではない」

 父は「うーむ」と唸り、あごに手を当てて考える。


「しかし夜の森はやはり危険だぞ。経験がないものが気軽に立ち入れる場所じゃない」

「僕には荷が重いことはわかってる。でもそれでも何か母さんを助ける役に立ちたいんだ」

 僕が真剣な表情で告げると、父は根負けしたように肩をすくめた。

「わかった。そこまでいうなら連れて行ってやる」

「本当? ありがとう父さん」

「ただし無理はするんじゃないぞ。何事も慎重な行動を心がけるんだ」

「わかったよ。父さん」


 父との話がまとまったところで、それまで様子を伺っていたトーマスさんが告げた。

「それじゃ、私は帰るとするかの」

「あ、はい。母さんを診ていただき、ありがとうございました」

 僕がトーマスさんにお礼をいい、家の入り口まで見送ると、ちょうどミーシャが家にやって来るところだった。

「お父さん、今帰るところ?」

「そうだ。ミーシャも一緒に帰るか?」

「ううん。私はもう少しレインとお話してから帰るよ」

「そうか」


 それだけ話すとトーマスさんは「では失礼するよ」といって帰っていった。残されたミーシャが僕に母の事を聞いてくる。

「フレアさんの事、お父さん何の病気って言ってた?」

「ドレイン病だって」

「そう。やっぱりね。何となくそうじゃないかって思った」

「うん。それで薬の材料がないから、北の森に父さんと採りに行くことになった」

「レインも行くのね」

「うん。僕ももう15歳だからね。母さんを助ける手助けをするんだ」

 僕が決意を込めて言うと、ミーシャは「レインも男の子だもんね」と呟いた。


「いつ出発するの?」

「おそらく準備が整い次第じゃないかな」

 あまりゆっくりもしていられない。母に残された時間はそれほど多くはないのだから。

「でも準備って何をすればいいんだろう?」

「まずは食料の調達に、明かりの確保だな。その他にも村長の所に行って数日間、村の警備が出来ないことを知らせておく必要がある」

 ちょうど家の中からバックパックを背負った父が出てきて僕の疑問に答えた。


「俺はこれから村長の所に行ってその事を説明してくる。レインは念のため武具の点検をしておけ」

「わかったよ。父さん」

 それだけ言うと父は村長の家の方に向かって歩いていった。僕が父の後姿を見送っていると、ミーシャが口を開いた。

「私はついていってあげることは出来ないけれど、私にも協力はさせて。北の森で怪我をするかもしれないから私がポーションをいくつか作ってあげる」

「ほんとに? 助かるよ。ありがとうミーシャ」

「村を出発する前に一度私の所に寄ってね。それじゃ私も帰るから。またねレイン」

「あ、ちょっと待って。ひとつミーシャにお願いがあるんだ」

 僕は帰ろうとするミーシャを慌てて呼び止める。


「どんなお願いかしら。何でも言っていいよ」

「うん。僕と父さんが北の森に行って帰るまでの間、ミーシャに時間があれば母さんの様子を見ていてほしいんだ。急激に体が衰弱していくって話だから、自分で食事の用意とか出来るかわからないし、ミーシャがついていてくれたら安心なんだ。頼めるかな?」

「そういうことなら、任せてちょうだい。レインたちがいない間、フレアさんの事は私が責任を持って対応するわ」

「ありがとう。そういってもらえると安心するよ」

「それじゃ、今度こそ帰るわね。またね」


 そういってミーシャは家へと帰っていった。僕も家の中に入り、母の様子を見に行く。母は寝床から起きてお昼ご飯の準備をしていた。そういえばまだお昼ご飯を食べていないのを思い出し、腹が急に鳴った。

「母さん、起きてて大丈夫なの?」

「ええ、今は大丈夫よ。それにお昼を食べないわけには行かないわ。レインもお腹が空いたでしょう。ごめんなさいね。遅れてしまって」

「ううん。そんなのは全然大丈夫だよ」

「それに今日の夕方に予定していたパーティは延期ね。あなたたちが帰ってきてから改めて行ないましょう」

「そうだね」


 などと話している内にお昼ご飯の準備が整った。テーブル前の椅子に座って、用意された温かいスープとパンを食べる。手早く食事を済ませると僕は父に言われた武具の点検を始める。とはいっても僕の持つ武具は2年前に父から貰ったシュートソード一本のみだ。鞘から出して刃こぼれや汚れがないかを確認してそれで終わり。特に問題はなかった。しばらくすると父が帰ってきて、村長の所に行った帰りに買ってきたものを、テーブルに並べ始めた。まずは食料であるパンと干し肉。それからランタンをふたつだ。


「本当はレインに防具を買ってあげたいが……」

 父が僕を見て呟くが、この田舎村に防具を扱うお店はない。冒険者が寄るような場所ではないからだ。ちなみに僕は何一つ防具を持っていない。体が成長期ということもあって今買ってもすぐにサイズが合わなくなってしまうからだ。父が以前使っていた防具も今の僕にはまだ全然サイズが大きい。だから今の僕には使えない。今回は北の森に僕は防具なしで行くしかない。

「魔物や魔獣と遭遇して戦闘にならないことを祈ろう。まあ敵の数が少なけりゃ俺がレインを守りながら戦えばいい」


 本音を言えば僕だって戦いたいが、確かに防具もなく戦うのは無謀かもしれない。父の足手まといにはなりたくないので、手ごわい相手は父に任せた方がいいだろう。僕は弱っちい相手とだけ戦えばよい。

「後必要なものはコンパスと地図と……、念のため仕事道具もいくつか持っていくか」

 父が家の中を捜索し、必要なものを手早く揃えていく。そして一通りの準備を整えると、バックパックに荷物を詰めていく。すべてを詰め終わると出発の準備が完了した。

「それじゃフレア行ってくる。必ず月の花を持ち帰りお前を助けるから、安心して待っててくれ」


「行ってらっしゃいレオン。レインも気をつけてね」

「行ってきます、母さん」

 父がバックパックを背負い、家から出ていく。僕も父の後ろについて家を出た。

「父さん。村を出る前にミーシャの所に寄ってくれないかな。ミーシャがポーションを作ってくれているはずだから、それを取りに行きたいんだ」

「わかった」

 そういってまずはトーマスさんの診療所へと歩き始める。診療所に着くとミーシャを呼び出し、ポーションを3つ受け取った。

「気をつけてね、レイン」

「わかってる」

 軽く言葉を交わして、それからすぐに出発した。

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