第2話 母の病気

 ミーシャがトーマスさんを呼びに家を飛び出して、どれほどの時間がたっただろうか。ひとりこの場に残された僕は落ち着かず、オロオロとしてしまう。

 母のことがとても心配だ。倒れたままの母を寝床まで運ぼうかとも思ったが、体を動かして良いのか判断が付かずそのままにしてある。

 僕に出来ることはないかと最初は家の中をウロウロしていたが、今は意識のない母の傍で膝を抱えて座っている。


「大丈夫かな、母さん。悪い病気じゃなきゃいいけど」

 僕が母の顔色を覗き込むと、普段よりも血色が悪い気がする。それ事実がますます僕を不安にさせ、胸が苦しくなる。

 あまり後ろ向きな考えはいけないと思い、意識的に前向きに考える。そうだ、今ミーシャがトーマスさんを呼びに行ってくれている。

 村の中では名医で通っているトーマスさんが診れくれれば、何も問題が無いに違いない。そう思うと少し安心できる。トーマスさん、早く来てー。

 僕の願いが通じたのか家の入り口の方からトーマスさんの声が聞こえてきた。

「おーい、レインくん。居てるかい? 娘からフレアさんが血を吐いて倒れていたと聞いて、急いでやって来たんだが」

 僕はその声を聞いて急いで立ち上がり、家の入口まで走って、トーマスさんを出迎えた。


「こんにちは、トーマスさん。母が大変なんです。こっちです。今すぐ来て診てください。お願いします」

 僕はトーマスさんを先導して家の中を進み、母が倒れている場所までやってきた。トーマスさんがそれを確認すると落ち着いた歩調で歩み寄り、母の傍で腰をかがめた。

「少し診させてもらうよ」

 それからトーマスさんは触診したり、母の口を開いて中を覗き込みながら「なるほど」と呟いた。そしてしばらくして診察を終えたトーマスさんが僕に振り返りいった。

「今、娘にレオンさんを呼びに行ってもらっている。彼らが戻るまで待たせて貰っても構わないかね」

 ちなみにレオンとは僕の父だ。


「それは構いませんけど」

「それでは、それまでにフレアさんを寝床に運んであげようと思うのだが、手を貸してくれるかな」

「あ、はい。わかりました」

 僕はトーマスさんと協力して意識のない母を寝床へと運んだ。すると母を寝床へと寝かせたところで、母の意識が覚醒した。

「……あれ、私いつの間にこんなところに」

「母さんは血を吐いて倒れてたんだ。体の調子は大丈夫なの? どこか苦しいところはない?」


 僕が母に声をかけると、まだ少しぼんやりしたままの母は、思い出したように告げる。

「そうだわ。私、お昼ご飯の準備をしていて、それで急に苦しくなって血を吐いて、そこからのことは覚えていないわ」

 すぐに意識を失って倒れたということだろう。母が話す様子を見て意外と元気そうだと思い僕は少し安心する。

 それから母は近くにトーマスさんがいることを見つけて声をかける。

「あら。トーマス先生、来てくださっていたの?」

「ああ、娘からフレアさんが血を吐いて倒れているって聞かされてね。急いでやって来たんだ。ちなみに娘が今、レオンさんを呼びに行っている。ふたりが帰ってきてから、病気についての説明をさせてもらうよ」


 トーマスさんの言葉に母は「病気か……」と呟き、上半身を起こす。

「体を起こして大丈夫なの? 母さん。しんどくない?」

「大丈夫よ、レイン。今は苦しくないわ」

「ほんとに? 無理してない」

「無理はしてないわ。心配しないで」

 血を吐いて倒れるほどの病にかかっている状態で、心配しないでと言われても、無理な話だ。

 僕は心配で今すぐにでも母の病名と症状をトーマスさんに聞いて安心したい気持ちに駆られるが、父が帰ってくるまで辛抱だ。

 ちなみに父の仕事は村の周辺の警備だが、今は昼時なので村に帰ってきて食事を取っているはず。

 そうでなきゃミーシャが父を呼びに行くことなどできない。若い女性が村の外にひとりで出るのは危険だからだ。

 なので父が家に帰ってくるまでそれほど時間はかからないだろう。


 そう考えて父を待っていると案の定、さほど待たされることなく父が家に帰ってきた。家の入り口方向から大声で「フレアは無事か!」と叫びながら、家の奥までやってきた。父が母の姿を確認すると、すぐに駆け寄ってくる。

「大丈夫なのか、フレア。血を吐いて倒れたって聞いたぞ」

「そうみたい。でも今は大丈夫よ。体が少しだるい位で、他には特に何もないわ」

「顔色が悪いじゃないか。本当に大丈夫なのか」

「ええ。今のところは大丈夫よ。ただ何かの病気にかかってるみたいだから、詳しいことはトーマス先生の説明を聞きましょう」


 そういって母はトーマスさんに目を向けて「トーマス先生お願いします」と声をかけた。父もトーマスさんに顔を向けて「トーマス先生。フレアは大丈夫なんですよね」と声をかける。父と母に注目されているトーマスさんは重々しく口を開いた。

「フレアさんがかかっている病気はドレイン病だ」

「ドレイン病? 聞いたことないな。それはどんな病気なんですか?」

 父がトーマスさんに問いかける。

「血を吐いて倒れた後、急激に体が衰弱し始めて、2、3日後には命を落とす恐ろしい病気だ」

 トーマスさんが告げると、父と母と僕の3人は顔を青ざめた。それから父が取り乱したようにトーマスさんに聞く。


「治療法は? 治療法はあるんですよね!?」

「治療法はある。ある薬を調合して飲ませれば治すことが出来る。だが……」

「何か問題があるのですか?」

「薬の材料の在庫がない。珍しい病気だからな。近隣の町でもおそらく手に入るまい。王都まで行けば薬の材料を買うことが出来るかもしれんが、行って帰って来るのにどれだけ急いでも10日はかかるだろう」

「そんな……、他に方法はないんですか?」

「方法はある。薬の材料となる月の花と呼ばれる植物が、村の北方にある森の奥に群生している。そこまで取りに行けば何とかなるかもしれないが、それでも問題がないわけじゃない」


「どのような問題でしょう? 強い魔物や魔獣が出るとかでしょうか」

「魔物や魔獣も出るかもしれないが、そうではない。一番の問題は時期が少し早いということだ。薬を作るには月の花の花びらが必要なのだが、まだ咲いていないかもしれない。危険を冒して採りに向かっても、完全に無駄足に終わるかもしれない。それでも採りに行くかい?」

「待っていてもフレアは助からないのでしょう? それならたとえ危険だとしても採りに行くしかない。月の花とやらが咲いているのに望みをかけるしかない」


「そうか。なら出発は早い方が良いだろう。森の奥に群生していることはわかっているが正確な場所までは知らないからの。咲いていたとしても発見が遅れるかもしれない。幸い月の花自体は発見が容易な花なので、森の奥に分け入りながら周囲を見ていれば見落とすことはないはずだ。なんせ夜に咲き、淡い光を放っている魔力を帯びた花だからな。夜の森に入ることになり、魔物や魔獣の危険度が跳ね上がるが、元々この周辺の地域はあまり魔物や魔獣が出ない場所だ。運が良ければそれらと遭遇することなく目的の場所までたどり着けるかもしれない。タイムリミットは2日間だ。それまでに村に戻れるようにする必要がある」


「わかりました。準備が整い次第、出発することにします」

 その後、父は僕に歩み寄り、僕の肩に手を置いて話した。

「そういうわけで、俺はフレアを助けるために月の花を探しに北の森に行ってくる。レイン、お前は母さんの傍についていてやってくれ」

 その時、僕は父に対して怒鳴るように告げた。

「僕も父さんについて行く。ただ待ってるだけなんて嫌だ」

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