母の病気を治すため、森に薬草を採りに行く話
さまっち
第一章 森へ
第1話 レインとミーシャ
僕は今、村のはずれで剣の素振りをしている。
「ふっ、はっ、とりゃ……」
手に持つ得物は13歳の誕生日に父から譲り受けたショートソードだ。
初めは振り回すのもおっかなびっくりだったが、あの日から2年、毎日の素振りを継続した。今ではしっかりと手に馴染み、体の一部のように感じられる。
とはいえ剣技の方はまだ全然駄目なんだよな。父との木刀での稽古でも、一度も一本を取ったことがない。
それはもう赤子の手をひねるように簡単に負けてしまう。実力差がありすぎて、どれだけ鍛錬を積めば父から一本取れるのかまるでわからない。
「お前は筋がいい。鍛錬を怠らなければ俺なんかよりもずっと優秀な剣士になれる」と父は僕を褒めてくれるが、多分褒めて伸ばそうとしているだけだろう。
昔から父は、僕が何をするにしても褒めてくれたから。だから本当のところ僕に剣の才能があるのかどうかはわからない。
しかし才能の有無にかかわらず僕は剣の修行をやめるつもりはない。強くなければ生きていけない世の中だからだ。
村から出るといつ魔物に襲われても不思議ではない。いや村の中にいてさえ、奴らは襲ってくることもある。
魔物の群れに襲われて村一つ壊滅したという話も風のうわさで流れてくる。
ま、そこまでの話は滅多にないけど。それに僕の住む村は比較的安全な地域なので、ガチガチに警戒する必要はなかったりする。
でも世の中には魔物だらけの地域もあるらしく、魔大陸がその筆頭だ。
魔大陸の奥地には魔王が住んでいるらしく、約300年にわたる戦争が人と魔族の間で繰り広げられている。
ちなみに魔王は討伐しても、数百年もすれば新しい魔王が生まれ、再び戦争が起こるというのを繰り返している。
魔王討伐は強さを追い求める人たちにとって最終目標といえる。もちろん魔王討伐とは関係なく腕を磨く人もいる。
村や町、恋人や家族など、自分の大切なものを守るために強くなる人たちだ。むしろ最初から魔王討伐を目指して強くなる人は稀かもしれない。
僕はというと冒険者になることが夢で剣の修行をしている、というのが一番の理由だ。父も若い頃は冒険者だった。
冒険者ギルドの依頼を受けてお金を稼ぎつつ、色んな村や町を旅してまわり、最終的にこの村で治癒士をしていた娘に惚れ込んで、村の用心棒として住み着いた。
数年後にふたりは結婚し、僕が生まれ、そして現在に至る。僕は父の冒険者時代の話を聞くのが大好きで、知らぬ間に冒険者に憧れるようになった。
自分も一人前になったらこの村を出て冒険者として旅に出るのだ。そのためにも今は剣の腕を磨き、強くならなければならない。
僕がひたすら剣を振り続けていると腹が、ぐぅ、と鳴った。そろそろお昼か、おなか減ったな。
僕は剣を鞘に戻してから家へと帰るため歩き始めた。ちなみに今日は僕の15歳の誕生日なので夕食時にはささやかなパーティを予定している。
父と母、ひとり息子の僕、それに加えて幼馴染のミーシャが僕を祝いに来てくれる。
とはいえ母は村の治癒士として、朝と昼は働いているので、昼食は手の込んだものではないだろう。僕が村を歩いていると、ミーシャの後姿を見かけたので声をかける。
「おーい、ミーシャ」
ミーシャが振り返り、手を振る僕に気づくと笑顔を見せて、その場で立ち止まる。僕は小走りでミーシャに駆け寄った。
「こんにちは、レイン。今日も剣の稽古をしてたの?」
「稽古というかひとりで剣の素振りだね」
「同じようなものじゃない」
稽古と素振りは少し違う気がするが、ミーシャに違いはわからないようだ。
「毎日続けてて偉いわね」
「鍛錬を続けないと強くなれないからね」
「そう。頑張ってね」
「ミーシャは、トーマスさんのお使いかい」
トーマスというのはミーシャの父で薬師をしている。ミーシャも薬師の卵だ。薬師は病を治し、治癒士は怪我を治す、というのが今では一般的だ。
別に怪我を治す薬を調合することも出来るし、治癒魔法で病気を治すことも不可能ではない。だが向き不向きを追求した結果、役割分担するようになった。
「私はさっき村長さんの所に行ってお薬を届けてきたところよ。お父さんのお使いでね」
「村長さんどこか悪いの?」
「ただの風邪みたい。3日前にうちに来て薬を処方して帰ってもらったけど、3日分の薬しか出してなかったから、父から様子を見てきてと頼まれたの」
「それでまだ治ってなかったの?」
「うん。まだ咳が出てるみたいだったから、お薬を置いてきたの」
「そうなんだ。それにしても風邪が流行ってるのかな。実は僕の母さんも最近咳をしてるんだ。体の調子が悪いならお仕事を休んだらって僕が言っても、聞く耳持たない感じなんだよね」
「そうなの? 風邪の薬ならまだ残ってるから、これからレインの家に寄っていくよ」
「本当? ありがとうミーシャ」
僕が感謝の言葉を伝えるとミーシャは満足そうに微笑み、頷いた。ちなみにレインとは僕の名だ。
「それじゃ、レインの家に向かおう」
そういうとミーシャは僕の家の方に向かって歩き始める。僕も遅れないように歩き出し、ミーシャの隣に並んだ。
無言で歩くのも寂しいので僕が話題を探していると、先にミーシャが話し始めた。
「今日の夕食はパーティに誘ってくれてありがとね」
「僕は祝ってもらう立場なんだし、僕の方こそありがとうだよ」
「プレゼントも用意してるから期待しててね。私の自信作だから」
「う、うん。楽しみだなー」
ちなみにここ数年、僕の誕生日になるとミーシャが調合した怪しげな薬を手渡される、というのが続いている。
身長が高くなる薬だったり、力が強くなる薬だったり、正直どれも眉唾もので、効果のほどは多分ない。
今のところ僕は体格的には恵まれていない方で、戦士としては少し体が細いと言われる。父は立派な体格をしているから、細身な母に似たのかもしれない。
体についてはまだ成長するはずなので、あまり気にしないようにしている。今年あたりミーシャが体格を良くする薬を開発しているかもしれない。ま、効きはしないのだけれど。
僕が上の空でミーシャに返事をすると、ミーシャが頬を膨らませる。
「あー、それは私を信用していない顔だ」
「いや、まあ、なんというか、気持ちは嬉しいよ。とても。うんうん」
僕がひとり頷いていると、ミーシャは「言っておくけど……」と前置きし、
「私は将来、世界の名だたる薬師になってみせるんだからね」
夢が大きいのはいいことだ。そういうことをさらっといえるミーシャを僕は尊敬する。
「じゃあ僕も世界の名だたる冒険者を目指そう、かなぁ……」
自信がないので語尾が弱くなってしまう。
「もっと自分に自信を持ちなさいよ。毎日、剣の稽古をしてるじゃない」
「毎日の稽古なんて当たり前だよ。みんなやってるんじゃないかな」
特に王都では色んな流派の剣の道場があって、そこで剣の修行をしていると聞く。僕みたいな自己流で剣を振り回す修行をしているのとは、成長の速度も違うだろう。
ちなみに父も自己流の剣技であり、そのためか剣の技を僕に教えたりはしない。ただひたすらに「考えろ。相手をよく見て臨機応変に対応しろ」と繰り返すだけだ。
もっと手っ取り早く強くなる方法を教えてほしいと思うが、父はそういう考えが嫌いなようだ。強くなるのに近道はないと父はよく言っている。
自分の弱点を克服し、相手の弱点を見極めてそこを突けと何度も言われている。だがそれを実践しても、唯一の練習相手の父からは、いまだ一本を取ることも出来ない。
負け続ける日々では、自信も無くなるというものだ。
「僕って強いのかな。弱いのかな。どっちなんだろう? 父さんには全く勝てないけど」
僕は思わず弱気なことを呟く。ちなみに村には同じ歳くらいの子供もいるが、彼らとの対戦は父から禁止されている。
父が言うには弱い者と戦って勝っても得るものが少ないかららしい。彼らは基本、農家の息子であり大人になってすることと言えば農作業だ。
自衛のために多少は剣術をたしなむが、本格的に剣を手にして生きていくわけではない。彼らに勝って満足しても仕方がないというわけだ。僕の夢は冒険者なのだから。
僕の呟きを聞いたミーシャが「そうねえ」と前置きし、
「レインが強いか弱いかはわからないけれど、おじさんが凄く強いのは確かじゃないかしら。おじさんに勝てないからって気に病むことはないんじゃない」
「そっか。まあそれは僕もわかってはいるんだけどね」
僕もまだまだ若いので、感情と思考のコントロールが上手くいかないんだ。父に勝つためには、もっと修行が必要なことくらいわかっている。愚直に修行に取り組んで、一歩一歩強くなっていくしか方法がないことも。
「目指す先は遠いなぁ」
「頑張りなさい」
ミーシャに励まされ、僕はこれからも修行を頑張ろうと心に誓った。
その後、もう少し話をしながら歩くと僕の家に到着した。ミーシャを連れて家に入り、僕は奥に呼びかける。
「母さーん。ミーシャを連れてきた。風邪薬を持ってるって」
いつもなら返事がすぐに来て、奥から母が姿を現す所だが、その日は何故か反応がなかった。家に居ないのかな。そんなはずはないと思うのだけど。
不思議に思いつつ家の奥に進むと、かまどの前でうつ伏せで倒れている母を発見した。
「母さん!?」
僕は急いで母に駆け寄り、体を仰向けに転がすと、服の胸元や口元がやや血で汚れているのが目につき愕然とした。
これは僕の手に負える代物ではないと判断し、薬師の卵のミーシャに振り返り助けを求める。
「大変だ、ミーシャ。母さんが……」
気が動転してそれ以上言葉にならなかった。だがミーシャはすぐに状況を理解して行動に移る。
「ちょっと診せてもらうわね」
冷静な声でミーシャは言って、母を調べ始める。僕は祈る気持ちでミーシャの行動をただ見ていた。軽い触診などを終えた後にミーシャが口を開く。
「どうやら血を吐いて倒れたみたいね」
「何かの病気かな」
「おそらく」
「何の病気かわかる? ミーシャ」
「いくつか候補はあるけれど、おそらく……」
そこまで言ってミーシャはかぶりを振る。
「いや、いい加減なことをいう訳にはいかない。これはお父さんに診てもらった方がいいわ。私、急いでお父さんを呼んでくる」
そしてミーシャは僕の家を飛び出していった。
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