大好きだから



 卒業式が終わった後、会場の外で空を眺めていると、烏夜朧が慌てた様子で私の元へ駆け寄ってきた。


 「何か忘れ物?」


 彼はゼェゼェと息を切らしながら言う。


 「シャルロワ会長が、貴方の好きな人について話をしていた時……不思議な夢を見たんです。僕の記憶に存在するはずのない、笑顔のシャルロワ会長と親しく話す自分の姿が……」


 それは、彼が残してくれた奇跡だったのだろうか。


 「シャルロワ会長は何か、ご存知ではありませんか?」


 いいや、そんな奇跡は存在しない。


 「それは、ただの幻ね」


 おそらく、彼の記憶がほんの少しだけ残っていたのだろう。


 「……シャルロワ会長が僕達に親身に接してくれたことと、何か関係ありませんか?」

 「さぁ、それはただの気まぐれよ。私は、特別貴方達に手助けしたつもりはないもの」


 そう、全ては偶然。

 運命なんてものはない。

 どんだけ運命的な出会いを果たしたとしても、それが予め定められたことだったなんて信じたくはない。


 「シャルロワ会長」


 そして、烏夜朧は私に頭を下げた。


 「ありがとうございました」


 わざわざ私にお礼だなんて、彼も律儀なものだ。


 「礼には及ばないわ。彼女のこと、大切にしなさいね」

 「はい。肝に銘じます」

 「もし彼女を悲しませたりしたら、彼女がどんな目に遭うかわからないわね」

 「そういう罰の方が苦しいですね……」


 これで、終わり。

 私達の物語は、こんな結末で良い。

 それぞれが、各々の大切な人と共に生きる道を選び、自分の夢に突き進み、そして……新たな世代へと、物語は受け継がれていくのだ。

 そこに、私という存在はいらない。



 私は月ノ宮学園を出て、夕暮れの月ノ宮海岸を一人で歩いていた。

 これで、この制服を着るのも最後。秋には海外の大学に通うことになる。一応、パーティーで出会ったことのある人が同じ大学にいるはずだけれど、この孤独感はなんだろう。


 あぁ、寂しいんだ。

 やっぱり、私には……彼が必要なんだ。


 でも、もういない。

 もう二度と、現れることはない。


 でも、私は……彼との思い出があれば、これからも生きていけるはず────。







 ふと、私は自分の視界に映る景色に違和感を覚えた。

 夕暮れの月ノ宮海岸。砂浜に押し寄せる砂浜、水平線の彼方に見える貨物船。そんな景色の隅、真っ白な砂浜に……生首が生えているのが見えた。

 一見するととてつもなくホラーな絵面だけど、なんだろう、このデジャヴ。


 「あの……貴方、何をしているの?」


 近づいてみると、どうやら首から下が砂の下に埋まっているだけみたいだ。近くにはスコップも転がっているから、自分で掘った穴に入って、そしてまた埋め戻した、と。

 ……なんで?


 「うん? いや、自然を感じているんだよ」

 

 砂浜に頭だけ出した同い年ぐらいの青年は、バカみたいな笑顔でそう言った。


 「……体を砂浜に埋めると、自然を感じられるの?」

 「いや、この海岸にいるカニとかの目線になって押し寄せる波の迫力を感じたかったんだ」


 何度聞いても、やっぱりその動機を理解することは出来ない。


 「ちなみになんだけどさ、満潮になると君が立っている場所ぐらいまで海になるんだよ」

 「それがどうかしたの?」

 「いや、僕が埋まってるのって君のところより海側じゃん?」


 スカートの中を見られたくないから彼の側までは近寄らなかったけれど、満潮時には彼が埋まっている場所は海に浸かってしまう、と。つまり彼は息が出来なくなってしまうのだ。


 「……一生に一度のお願い。た、助けてくれないか? 掘ったは良いんだけど出られなくなったんだ」


 これは世紀のバカが現れた。きっとダーウィン賞ものだろう、同じ日本人として恥ずかしいぐらいの愚行だ。

 でも、一生に一度のお願いならしょうがない。私の記憶では二度目の気がするけれど、私は溜息をついた後、彼の側まで近づいてスコップを手に取った。


 「あ、黒色だ」

 「ふんっ!」

 「いっでぇ!?」


 せっかく善意で助けてやろうとしたのに、あろうことか彼は私のスカートの中を覗いてきたから、スコップで思いっきり叩いてやった。


 「このまま貴方を見捨ててもいいのよ」

 「すまない! でも違うんだ! 決して見ようとしたわけじゃないんだ!」

 「じゃあ目をつぶってて」


 私は戸惑いながらも、砂浜に埋まった彼の体を掘り起こした。コイツ、まぁまぁ身長高いのに、わざわざ自分が首まで埋まる深さの穴を掘ったの?

 掘り起こすのにすごく苦労したけれど、どうにか彼は窒息死せずに済んだ。


 「ねぇ、君の名前は?」


 私に助けられた彼は、私に笑顔を向けてそう問いかけてきた。

 

 「……エレオノラ・シャルロワ」


 そこに佇むのは、確かに彼だ。

 何故、どうして彼が、この場所に?

 

 「そういえば、貴方の名前は?」


 まさか、そんなはずはない。


 「僕は、花菱いるかだよ」


 そこにいたのは、八年前のビッグバン事件で死んだはずの少年だった。エレオノラ・シャルロワの、初恋相手。

 八年前と出会った時と全く同じシチュエーションで、どうして……そんな戸惑う私を見て、花菱いるかと名乗った少年は腹を抱えて大笑いしていた。


 「いいや、違うな」


 彼の口調が変わった。

 信じられないけれど……彼から感じられるはずのない、懐かしい雰囲気を感じた。


 「俺は、月野入夏だよ」


 どうして、彼がここに……?

 



 「本当に、入夏なの?」


 私は恐る恐る彼の体に触れた。見た目は確かに花菱いるかだけど、私の記憶にある入夏はこんな金髪のハーフみたいなイケメンじゃない。

 でも、確かに彼の体に触れることが出来る。そりゃさっき、彼の体を砂浜から掘り出したばっかりだし。


 「あぁ、俺は確かにここにいるぜ」


 どうして、入夏がこの世界に戻ってこれたの?

 どういうことなのかさっぱりわからなかったけれど、この世界に来る方法は……かつての入夏のように死の淵を彷徨うか、私のように死ぬしかないはず。

 じゃあ、つまり……。


 「入夏、まさか……!」


 その可能性に気づいた途端、私は怒りで体が震えたけれど、すぐに彼は首を横に振った。


 「いいや、違う。そんなことをしてまでこの世界に来たら、もう二度とお前に口をきいてもらえないと思ったからな」

 

 当たり前だ。

 いくら私に会いたいからって、自ら命を絶ってまでしてのこのこと現れたら、いくら私でも彼のことを嫌っていたかもしれない。私はそんな結末を望んでいなかったからだ。


 「じゃあどうして、入夏がここにいるの……?」


 すると彼は、多く溜息をついてから話し始めた。



 「まず俺は、お前の仲間達とコンタクトを取った。んでネブスペ2を作った開発チームを全員集めて、アペンドを作らせた。俺の友人に頼み込んで、もう一度会社を立ち上げて、わざわざ出資までしてもらってな、こんなお先真っ暗の業界に。

  お前が残した色んなプロットとかを見させてもらって、俺は元々攻略できなかったヒロイン達のルートも追加して……烏夜朧と朽野乙女の二人のためのエンディングを用意して、発売にまでこぎつけた」


 私が死んでしまったことにより発売できなかった幻の追加ストーリーを、わざわざ開発したってこと?

 私の仲間、結構クセ強なメンバーだったと思うけど、よくまとめられたね……。


 「んで、俺は内部データとして、一つの物語を付け加えた。プレイヤーがどう選択肢を選んでも、絶対に辿り着けない世界を用意した」


 そして、今のこの状況がどうやって用意されたのか、私は理解した。


 「簡単な話だ。八年前、あのビッグバン事件で大爆発を起こした宇宙船の中で、もしも……本来は死んでしまうはずの花菱いるかが、生還することが出来ていたら。もしも、あの爆発から花菱いるかを守ってくれたネブラスライムが偶然駆けつけたら。

  花菱いるかが生き残る条件は、それで十分だ」


 ……月野入夏が転生したのは、烏夜朧だけではない。奇しくも、私がこっそりと用意していた花菱いるかというキャラに転生して、ビッグバン事件で爆散した後、ようやく烏夜朧として再び転生するのだ。

 なんて変なカラクリだと思っていたけれど、もしかしたらそれも……まさに、今このために?


 「ただ、俺は一つだけ条件を付け加えた。

  烏夜朧と朽野乙女の二人が結ばれた時だけ、花菱いるかはエレオノラ・シャルロワの前に再び現れる、ってな」


 私は入夏と別れる前に、彼と約束した。

 必ず、烏夜朧と朽野乙女の二人を幸せにする、と。それは私にとって償いみたいなものだったけれど……。



 「ありがとな、乙女。約束を守ってくれて。だからまたこうして、俺達は再会することが出来た」


 

 そう言って彼は、入夏は……砂だらけの服のまま、私を抱きしめた。でも、私の制服が汚れても気にはしない。


 「ズルいよ、そんなの……」


 私は、もう諦めていたのに。

 もう私に、ハッピーエンドなんてやってこないと思っていたのに。


 「でも、入夏は本当に死んでないの?」

 「あぁ。あっちの俺は元気にエロゲをプレイしているだろうさ」

 「何? とうとう分裂したの?」

 「そうかもな。こっちの俺は向こうの世界に干渉することは出来ないが、俺は月野入夏だ。それは違いない」


 これは、入夏が用意してくれたハッピーエンドだ。私はきっと作ることが出来なかった。


 「ありがとう、入夏……」


 私は、彼の体をギュッと抱きしめた。そんな私を、彼はさらに強く抱きしめ返す。


 「礼なんていらない。

  ただ俺は、お前のことが大好きだっただけだ」


 彼のそんな言葉を聞いて、私は少し恥ずかしくなってしまった。

 そう、理由はそれだけで十分。

 愛の力なんてバカバカしいと思っていたけれど、そんなロマンチックな理由があったっていいじゃない。


 「じゃあ、始めようか──私達の、物語の続きを」


 そして私達は、この再会の喜びを分かち合うために、そして……私達の新たなスタートを切るために、深く、力強いキスを交わした────。










 (完)

 

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エロゲ世界に転生したので、最推しの攻略不可能キャラをヒロインにしてみせる!~前世の記憶を頼りに、襲いかかる数多のバッドエンドを乗り越えろ~ 紐育静 @Silent_NewYork

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