親友との再会
ローラ会長の奢りで焼肉をたらふく食べさせてもらった後、ベガやワキア達ともう少し遊びたい気持ちもあったが、今日は大星達と天体観測をする予定があったのだ。
月学独自のカリキュラムとして学期毎や長期休暇中の課題として天体観測レポートがあり、二週間に一度ほど月見山の展望台に集まって天体観測をしている。
「やっほ~朧っち~」
と、月見山の麓にある月研に行っていた美空が俺達に手を振りながら展望台へ戻ってきた。
「こんばんは美空ちゃん。今日もこの夜空の星々に負けないぐらい可愛いね」
「一方で朧っちはこの夜空の星々が目を背けるぐらい白々しいね」
このやり取りも何度目だろうか。俺も最初こそ多少の抵抗はあったが、烏夜朧らしく振る舞うことへの抵抗がなくなってきている。
「望さんは何か言ってた?」
「最近は宇宙生物が山をうろついてるから気をつけろだってさ~」
そして月研から逃げ出した宇宙生物が月見山に野放しにされているのも変わらない。月見山どころか月ノ宮中をうろついているし、なんならこの前はローラ会長の別荘の浴室にネブラゴキブリが現れたからな。ループ中に各ヒロインが宇宙生物に凌辱される姿を何度か拝めることは出来たものの、それだけではご褒美として物足りない。
「それで、今日は何の星を見るの?」
「今日は北アメリカ星雲にしようかなって思う。はくちょう座もよく見えてるし、綺麗に映るんじゃないかな」
俺は今までに何度もループを繰り返してきたが、観測レポートのために見る星や星座の種類はいつも同じだ。だから俺も望遠鏡のセットにはこなれてきている。
その後、残りのメンバーであるスピカとムギ、そしてレギー先輩も展望台に到着し、俺達は天体観測を始めた。
昔は月ノ宮の星空を眺める度に感動していたが、もう何度もこの空を見ているとありがたみも感じなくなってきた。天の川も凄く綺麗に見えるのに、慣れているとこれが当たり前のように感じてしまう。
さて、皆で星空を眺めた後はレポートを書かなければならない。宇宙に関連するカリキュラムが多い月学に通っていながら宇宙のことはあまり好きじゃない大星は、いつもなら誰かのを写させてもらうか嫌々書いているぐらいレポートに興味がないのだが……。
「なぁ、皆。なんか、その……レポートの書き方のアドバイス、教えてくれないか?」
いつもなら皆に写させてくれないかと頼んで回っていた大星が、なんとトゥルーエンド世界線では自力でレポートを書くのである。原作の描写だとスピカやムギ達ネブラ人と交流を深める内に、自分がこのままではダメだと大星が気づいたとされているが……まぁつい最近までずっとヒロイン達とイチャイチャし続けてたけどね、この人。
「だ、大星……?」
だが大星のサボりっぷりは皆が知っていたため、アドバイスは受けながらも大星が自ら書こうとすることに驚くのは俺だけではない。
皆驚いていたが、スピカが笑顔で口を開く。
「はい、大星さん。私達がしっかりアドバイスしますので、ゆっくり書いていきましょう」
「そうだね、手取り足取り教えてあげるよ。じゃあまずは人気が少ない森の中に行こうか」
「いや何をする気なんだ!?」
「そりゃナニをさ」
「やめろやめろ」
トゥルーエンド世界線だと六月一日のタイミングで大星が誰かの個別ルートに入ることはなく、終始四人のヒロインとイチャイチャしているだけだ。まぁちゃんと色々トラブルは解決するけど。
だが俺とローラ会長が目指しているのは、初代ネブスペの面々も合わせたネブスペ世界の大団円エンディングだ。少なくともトゥルーエンドには進めているようだが、まだ油断は出来ない。
「まず出だしはどうしよっか? 『春はあけぼの』とか?」
「何を書く気だよ」
「『吾輩は猫である』とかで良いのでは?」
「おいスピカ、お前結構テキトーに考えてるだろ」
「『古池や』とか良いんじゃない?」
「それに続くのは『蛙飛び込む水の音』しかねぇだろうが!」
「じゃあいっそのこと『弱き者よ、汝の名は女なり』とかどうだ?」
「急にシェイクスピア出てきたんですが」
「もう面倒くさいから『むかしむかしあるところに……』で始めよう」
「昔話じゃねーんだぞ! てゆーか全員ボケるんじゃねぇ!」
なぜ俺達はこういう時に畳み掛けるようにボケてしまうのだろうか。
なお話し合いの結果、出だしは『美空、美空、どうして君は美空なんだ。月や星の輝きに勝る君の笑顔、それが私に向けられた愛なのか、他の有象無象にも向けられるものと同じなのか、それが問題だ』で決まった。完全にシェイクスピアに引っ張られている。
「次は二人の馴れ初めを書かないとね。二人ってどう出会ったの?」
「親同士が知り合いだったってだけだ。昔からお互いの家に行って遊んでたな……って、これ観測レポートに書く必要ないだろ!?」
大丈夫だ大星、俺もそんな真面目にレポート書いてないから。内容の半分ぐらいはメキシカンマフィアについて語ってるもの。
「でも関係ない話で文量を稼がないとね。美空に一目惚れとかしなかったの?」
「あの頃から大星は私のこと好きだったもんねー」
「まぁ美空さんの感想は放っておきましてですね」
「なんで?」
「大星さんは一目惚れのご経験はないのですか? ちなみに私とか私とか」
「スピカの圧がいつもより強いぞ!? どうしたんだ!?」
「一目惚れはしたことないな」
「そんなぁ……」
ループを繰り返す度に色んなキャラとの親密度が全てリセットされてしまうため、最初は大分親密になれたスピカ達が俺のことなんて眼中になく、大星の方ばかり見ている。この悲しさを克服することが出来たのはループ十五回目ぐらいだった。
「ち、ちなみに大星。好きなタイプは年上か? 年下か? 同年代か?」
「そこにこだわりはないっすね」
「だってさレギー先輩。行かず後家に興味はないってさ」
「まだ行かず後家って呼ばれる年じゃないだろ!?」
大星、お前わかってるか。今人生で最初で最後かもわからないモテ期が来てるんだぞ。絶対全員射止めろよ。
そして天体観測で見ていた北アメリカ星雲なんてそっちのけで、俺達は大星の観測レポートを仕上げるのに熱が入っていた。きっと大星は大星なりに真面目なレポートを書くつもりだっただろうに、どういうわけか彼の恋愛遍歴があらわになっているだけのような気がする。でも俺もガヤに入ってるの楽しいから良いや。
「終わりはどうしようか。『月が綺麗ですね』で締めくくる?」
「では私達はそれに答える形で自分達のレポートの最後に『私、消えてもいいわ』と返しましょう」
「んじゃー私は『ちょっと肌寒い』にしようかなー」
「さ、寒いから温め合おうってか!? だったらオレは……ど、どうしよ」
「『そんなことよりおながかすいたよ』で良いんじゃないですか?」
美空達ヒロインの押しが強すぎる。こいつら学校の提出物でなんで恋愛バトルを繰り広げてるんだよ、これ先生が見るんだぞ?
まぁ普通にトゥルーエンドの世界線でなくとも、大星の観測レポートは秋にある星河祭で晒されることになってしまうのだが……真エンドへ向かうためには、まだピースが足りない。
「はぁ……」
大星の観測レポートが完成すると、この面子で一番テンションが高かったムギが空を眺めながら大きなため息をついた。
「ムギちゃん、どうしたんだい? そんな溜息なんかついちゃって」
「いや……別に今も十分楽しいけどさ、乙女も一緒に来れたらなぁって思って……」
そう言ってムギがシュンと肩を落としてしまう。
普通の第一部ならもう乙女はいないが、トゥルーエンドの世界線だとこの天体観測イベントに乙女も参加する。しかし今、乙女は例の噂があるため身を隠しているという状況だ。ムギ達が乙女と顔を合わせたのは五月の末にあった体育祭が最後、かれこれ一週間は顔を合わせていない。一応LIMEとかで連絡は取り合っているそうだが……乙女を大切な親友だと思っているムギは彼女と会いたくてしょうがないのだろう。
「学校には行けなくても、私達と一緒に遊ぶぐらいなら良さそうなのにね」
「まぁ一応は体調不良ってことで休んでるしな」
「それに俺達が下手に外に連れ回すと、そういう噂とかが直接乙女の耳に入るかもしれないだろ」
「じゃあ大星はおとちゃんと会えなくても良いんだ?」
「そうは言ってないだろ!?」
「では大星さんは乙女さんと会いたいんですか?」
「……まぁ、顔なじみだしな」
そんな強がらずに素直に言えよ大星~……って、多分今の大星はそこまで乙女のことがLOVE的な意味で好きじゃないとは思うけども、皆乙女と会いたがってくれている。
「皆、乙女と会いたい?」
「そりゃ勿論」
成程。ならば、こちらでその機会を用意するほかあるまい。
俺はレジャーシートから立ち上がると、展望台の登山道に向かって叫んだ。
「乙女ー! 皆お前に会いたいってさー!」
誰もいないはずの登山道に向かって叫んだ俺を見て大星達は戸惑っていたが──薄暗い登山道から、一人の少女が登ってきた。
「え……しゃ、シャルロワ会長!?」
現れたのはローラ会長。そう、このエレオノラ・シャルロワの皮を被っているのは俺の前世の幼馴染である月見里乙女。だから彼女を呼んだ……って違う違う!
「烏夜朧。約束通り連れてきたわよ」
ローラ会長の後ろから姿を表したのは、正真正銘の朽野乙女。ローラ会長と事前と打ち合わせして、乙女には何も伝えずにここまで連れてきたのだ。
「や、やっほー、皆……」
乙女も何も知らされていなかったから戸惑っているようだったが──そんな彼女に、ムギが勢いよく抱きついた。
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