誰よりも涙もろい系主人公
俺はこの時をどれだけ待っていたことだろう。
何十周ものループを繰り返している間、俺は何度も挫けそうになった。前世で画面越しにバッドエンドは見たことあるとはいえ、それを実際に体験するのとでは話が違う。第一部のヒロインの面々のバッドエンドを回収しただけで気が狂いそうになったが……それでも諦めずにここまでやって来れたのは、月野入夏と烏夜朧の幼馴染のためだ──。
「ぼんどぅによがっだよぼおおおおおおぶぎぢゃんだぢがおどめぼばばばべべ~!」
「なんで朧っちが一番泣いてんの」
勿論大星達も乙女との再会を喜んでいるようだったが、一番みっともなく泣いているのは俺だった。大星達は知らないだろうが、俺にとってはおよそ半世紀もの間待ち望んだ瞬間なのである。
「ぬおおおおおおおおおおおおおん!」
「結構豪快に泣くんだな、朧って。ほらよ、ハンカチ」
「ありがどうございばぁず、れぎーぜんばい……」
何ならループを繰り返している途中で琴ヶ岡ベガと再会するだけで俺は感極まって号泣していたが、十周ぐらいでようやく慣れてきた。もう乙女がいない日常に慣れてきていたが、このループには期待が持てそうだ。
「良かったですね、乙女さん。烏夜さんにこんなに喜んでもらえて」
「なんだかこっちの涙も引っ込んじゃったわ……」
「元気そうで良かった。乙女はいつ学校に戻れそうなの?」
ムギにそう聞かれた乙女はどう答えようか困ってしまったようで、少し離れて彼女達を微笑ましく見守っていたローラ会長の方を向いて助けを求めた。
するとローラ会長は乙女達の方へ近づくと、優しく微笑みながら口を開いた。
「予定では明後日からね。諸々の問題は私の方で解決しておくから安心しなさい」
乙女の父親である秀畝さんがビッグバン事件の真犯人だとする噂は月ノ宮はおろかネット上でも流布しており、一応乙女は体調不良を理由に月学を休んでいるが、それは建前であると全員が気づいているだろう。
乙女が気兼ねなく月学に戻るためには、あの噂を根絶しない限り難しいが……猶予はもう残り一日しか残っていない。
「なぁ、ローラ。お前が乙女を保護してるのはシャルロワ家としての決定なのか?」
「そうよ。朽野先生も本邸で預かっているわ。今頃芸姑でも呼んでうつつを抜かしているかもしれないわね」
「そうなんですか!?」
「でも乙女もローラ会長の別荘でお菓子とか食べながら漫画読んだりしてくつろいでそうだよね」
「ギクッ」
ムギの指摘は図星過ぎる。秀畝さんはビッグバン事件について色々事情聴取を受けているようだから忙しいだろうが、乙女はただただくつろいでるからな。
ローラ会長が伝える秀畝さんの近況が嘘か真かはわからないが、冗談だと信じたい。そんなローラ会長の冗談で若干場の雰囲気が和やかになった中、スピカが不安そうな面持ちで口を開いた。
「あの……シャルロワ会長。ビッグバン事故に、本当に真犯人はいるのですか?」
公には、ビッグバン事故は月ノ宮海岸の旧月研の敷地に保管されていたネブラ人の宇宙船が、メンテナンス不足によってエンジンが大爆発を起こしたということになっている。それだけに当時はネブラ人への風当たりが強くなったが、もしあの事件に真犯人がいるのであれば、それがネブラ人か地球人かで真実が与える影響はかなり変わってくる。
「えぇ、ビッグバン事故は『事故』ではなく『事件』よ」
普通は皆がビッグバン事故と呼ぶが、ローラ会長は一人だけあの出来事をビッグバン事件と呼んでいた。それは真実を知っていた、というよりは彼女の中に月見里乙女がいたからだろう。
「ネブラ人は表向き、故郷であるアイオーン星系から逃れてきた避難民という扱いで地球人と共存しているけれど、その関係に満足しない一派がいるのも事実。百億人に迫りそうな地球人に対し、ネブラ人の人数はハーフやクォーター、その血を継いでいる者を含めても精々数十万人程度。
それでも、自分達の優れた技術を持ってすれば地球を支配できると考えているというわけね」
そもそもネブラ人は地球人との混血が進んでいるから、地球人の血が混ざっていない純ネブラ人はかなり減ってきている。いつかはネブラ人という区分けすらなくなるだろうと言われているし、かつては宇宙人と不気味がられていた彼らも地球人と変わらなくなってしまうだろう。
地球上ではかなり少数派の民族ではあるが、ネブラ人の科学力は非常に優れている。俺も以前、ネブラ人の過激派やシャルロワ家の護衛部隊が光線銃で戦っているのを目撃したし、本気で地球を支配しようとしたら少数でも革命を起こせそうだ。
「八年前、あの宇宙船の中で地球の支配を目論むネブラ人の過激派と、私の父であるティルザ・シャルロワ、そしてネブラ人の王族の末裔など有力者が集まって話し合いの場が設けられたわ。
でもあの日、私の妹であるメルシナ・シャルロワが宇宙船の中に迷い込み……ネブラ人の過激派に追跡され、そんな最中に宇宙船が爆発したの」
ローラ会長はビッグバン事件の時、ネブラ人の宇宙船の中で起きていた出来事を大星達に説明した。ローラ会長の妹であるメルシナが薬草等を求めて宇宙船に忍び込んだこと、ネブラ人の過激派に見つかって狙われていたこと、そしてネブラ人の過激派の陰謀を阻止するために忍び込んでいた一人の少年がネブラ人の過激派を撲滅するため、メルシナを守るために宇宙船を爆発させたことを、丁寧に説明していた。
改めて聞いても、誰が犯人かと決めるのは難しい。メルシナも花菱いるかと共に自爆ボタンを押したのは確かだが、彼女はただ巻き込まれただけだ。花菱いるかもただメルシナを守りたくて、自分の命が犠牲になろうとも宇宙船を爆発させた。きっとあのネブラ人の宇宙船の爆発が月ノ宮にどれだけ壊滅的な被害を与えるか当人は知らなかったはずだ。いや、奴に転生した俺は知ってたけどね。
ネブラ人の過激派が直接手を下したわけではないが、彼らがいなければあんな悲劇は起きなかったとも言える。しかし結局彼らはまだ悪事を企んでいたという段階だったし、それを企んでいたという証拠も爆発で全部木っ端微塵になってしまったから残っていない。
唯一残っているとすれば、ネブラ人の過激派の長であるトニーさんぐらいだが……まさか、もうかたをつける気なのか?
「そんなことがあったんだ……」
ビッグバン事件の真実を知らされた大星達はやはり驚きが隠せないようだ。美空はあの事件で友人を、スピカは母親を、ムギは父親を、レギー先輩は家族を失い……そして、家族や友人を失った大星は今もあの出来事にトラウマが残っている。
大星が表立ってネブラ人を嫌うことこそないが、彼らを苦手としていることはスピカやレギー先輩達も気づいている。そんな彼がビッグバン事件の真実を知らされてどんな反応を見せるのか、スピカ達は不安な面持ちで見守っていたが……大星は腕を組んで少ししかめっ面になって黙っていた。
そんな大星に、俺は問いかけた。
「大星。もし君がかの少年と同じ立場だったら、どう行動する?」
すると大星はフゥと息をつくと、頬をゆるめて言った。
「俺だったら、シャルロワ会長の妹の手を借りずにボタンを押しただろうな」
それはきっと、自爆ボタンを押したという罪の意識をメルシナに持たせないようにするための大星なりの配慮なのだろう。
「君らしい答えだね」
だが大星……あのボタン、結構強く押さないとダメなんだ。二人がかりで思いっきり体重をかけないと反応しないんだよあれ。俺は何度も花菱いるかに転生してボタンを押してきたからわかるんだ。
だが、大星が前を向いてくれているようで良かった。本来の第一部では個別ルートに入った各ヒロインのトラブルの解決に奔走しながら、彼自身が抱えるトラウマの克服というのがテーマになる。
「それに、俺の友人達にはそんな物騒なことを考えるような奴はいないからな。美空以外」
「だ~い~せ~い~?」
「でも美空なら光線とかも避けたり跳ね返したり出来そうだもんね」
「いや出来ないよ!?」
「いくらなんでも美空を怪物だと思いすぎだろ」
大星達と乙女の感動的な再会を終えると、日付も越えて天体観測も終わっているため月見山を登ったところにあるバンガローに宿泊する予定なのだが……。
「乙女さん、せっかくですし今日はバンガローに泊まりませんか?」
「え? 何も準備してないけど?」
「大丈夫だって。あのバンガロー、無駄に広いし。一人で寝られないなら私と一緒のベッドで寝よ」
と、乙女も俺達と一緒にバンガローに宿泊することとなった。飲食物は月研の方に行けば望さんから貰えるだろうし寝床もある。ローラ会長の別荘という環境も格別だろうが、親友達とのお泊りも良いものだろう。
「寂しいわ乙女ちゃん。帰りたくなったらすぐに迎えに来るから呼んでね」
「え、乙女ってローラにそんな気に入られてんのか?」
「は、ははは……」
ローラ会長は大星達に別れを告げた後、名残惜しそうに展望台から去っていった。残った大星達がバンガローへ向かう中……乙女は少し歩みを遅らせて、月ノ宮の空を眺めていた。
「乙女、どうしたんだい? そんな儚げに空を見上げたって君には似合わないよ」
俺は乙女がつっかかってくるのを楽しみに待っていたつもりだったのだが、星空を見上げていた乙女は照れくさそうに笑った後、俺の方を向いて口を開いた。
「ありがとね、朧」
……。
あぁ、この笑顔を見るために俺はあの地獄を乗り越えることが出来たのだ。
「いいや、僕は何もしてないよ」
まぁ、本当に俺は何もしてないけどね。ローラ会長にほぼ丸投げしてるから。
だが明日、一体何が起こるのだろうか……。
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