交通系ICコレクター



 改めて烏夜朧としてこの世界に転生してから、初めての休日。俺は朝から隣町にある葉室総合病院を訪れていた。

 原作では描写こそされないものの、烏夜朧がこのタイミングで病院を訪れていたかどうかはわからない。だが今日は、大きな節目となる日だ。


 「退院だよ! ばんじゃーい!」

 「ば、ばんざーい!」


 病室ではしゃいでいるのは琴ヶ岡ベガとワキアの双子姉妹。

 そう、第二部のヒロインである琴ヶ岡ワキアが前倒しで退院するのだ。まぁ原作でも夏休み前にワキアは退院するが、あの時は一定期間発作が起きていないというだけで、ワキアの病が治ったというわけではなかった。

 だが今回は違う。この世界に転生して二人の乙女と再会した翌日、俺は早速動いて叔母の望さんにワキアの病を診てもらったのだ。アイオーン星系原産の植物や宇宙生物に詳しい望さんは、ワキアの病気の原因がローズダイヤモンドに含まれている毒であると究明し、ダークマター☆スペシャルのような漢方よりも酷い味がする薬を作ってくれた。


 そしてワキアが罹患していた奇病に悩まされていたのは彼女だけではない。


 「すっかり元気になっちゃって、私も嬉しいわぁ。私も早く退院して娘に会いに行かないと!」


 と、琴ヶ岡姉妹を眺めながらベッドの上で気合を入れているご婦人は、朽野乙女の母親ではる穂葉おとはさんだ。彼女も八年前のビッグバン事件後に謎の病に罹患して中々に病状も重たかったが、望さん特性の特効薬のおかげかいつもより顔色が良いように見える。

 穂葉さんとは烏夜朧として何度か会った記憶はあるが、俺が彼女と実際に会ったのは今回が初めてだ。


 「穂葉ちゃんも退院できたら一緒にボウリングしよ!」

 「病み上がりの人には結構ハードじゃない?」

 「大丈夫よ朧君。私地質学には結構精通してるから」

 「それはボーリングですよ穂葉さん」


 ワキアと穂葉さんの病室は隣同士で結構親密な関係を築いているようだ。穂葉ちゃんって呼んでるし。

 穂葉さんも長い間病気に苦しんでいるが、それに負けないぐらい元気でパワフルな人だ。きっと乙女もこの人に似たのだろう、父親の秀畝さんはめっちゃ真面目だし。

 なんて談笑していると病室のドアが開いて、ワキアや穂葉さんの主治医であるアクアたそことアクア・パイエオン先生がやって来た。


 「あ、どうもお邪魔してます、アクアたそ」

 「今度その呼び方したら霊安室にぶち込むわよ」

 「でも凄く親しみを感じやすい名前だと思うよ? アクアたそ先生」

 「ワキアちゃん達なら良いのよ。お姉さんの方もどう?」

 「え、え……? あ、アクアたそ先生……?」

 

 アクアたそをアクアたそとリアルに呼べる人は初代ネブスペのヒロイン達ぐらいしかいないだろうが、俺はなんとなく彼女をそう呼んでいる。流石に霊安室にぶち込むとかは冗談だろうし……冗談だよな?


 「調子はいかがですか、朽野さん」

 「なんだかもうね、あの変な薬を飲んでからすこぶる調子が良いのよ。今すぐ外に飛び出しちゃいたいぐらい!」

 「成程。検査をしても異常はないので、もしかしたら退院が近いかもしれないですが……」


 朽野一家の引っ越しに伴って穂葉さんも都心の方にある病院へ転院していたが、ローラ会長が根回ししたそうで葉室総合病院へ再び戻ってきたため色々大変だったらしい。しかし特効薬による回復は確かのようで、長きに渡る入院生活にとうとう終止符が打たれるはず……なのだが、それが難しい事情もある。


 「わかってるわ、先生。私の旦那の件でしょう?」


 先程まで明るい雰囲気だった病室の空気が一変した。この場にいる五人全員が、八年前のビッグバン事件を経験しているのだ。ベガやワキアは両親を失い、アクアたそもそうだ。穂葉さんはあの事件が原因でずっと入院生活を強いられていたが、真犯人が自分の夫だと知らされた穂葉さんは、意外にもそこまで落ち込んでいなさそうだった。


 「確かにあの日私は家にいたけれど、旦那はあの日に昔の月研にいたし、多分ネブラ人の宇宙船の仕組みにも詳しかったでしょうね。

  でも、私は信じてるわ。あの人もそう言ってくれたから」


 実際に秀畝さんは宇宙船の爆発に直接関わっているわけではないが、その経緯自体は知っているのだ。その真実を隠し続けてきたという罪はあるかもしれないが、さも彼を悪人のように仕立て上げる噂は間違っているだろう。


 「ま、もし旦那が私に嘘をついてたなら、そんな嘘をつくようなお口は縫い合わせるしかないわね」


 と、穂葉さんは笑顔で言った。いや笑顔で怖いこと言うんじゃないよ。

 

 「朽野先生、ちょっと厳しい時もあるけど優しい先生だもんね」

 「ワキアが叱られるのは朽野先生にいたずらばかりするからでしょ」

 「それに朽野先生ってばいっつも穂葉ちゃんとの馴れ初めの話をするんだよね。穂葉ちゃんも朽野先生との馴れ初めの話しかしないけど」

 「あらやだ~自分の生徒にそんな話をするなんてあの人も大分気持ち悪いのね~」


 と語る穂葉さんは満更でもなさそうな様子。乙女の父親である秀畝さんはビッグバン事件後に月学に世界史教師として勤めるようになったから、ベガやワキアとも面識がある。普段の秀畝さんを見ているから二人はあの噂がガセネタであると信じているようだが……問題は、残る一人。


 「ちなみに、アクアたそはどうお考えで?」


 と、俺はあえてアクアたそに話を振った。

 八年前、当時月学に在籍したアクアたそも家族や友人をビッグバン事件で失っている。当時月学の生徒会長を務めていたアクアたそは、ビッグバン事件の黒幕とされていたシャルロワ家のことをかなり嫌っていたが……。


 「愚問ね。私も朽野先生とは面識があるけれど、善性の塊みたいな人よ。きっと朽野先生は厄介事に巻き込まれただけだわ。私もビッグバン事故で色々とあったけれど、そこで何かわだかまりがあるのなら、わざわざこの病院なんかに勤めたりしないわよ」


 この葉室総合病院は現在シャルロワ財閥系の法人が運営している。初代ネブスペの頃はシャルロワ家を毛嫌いしていた彼女がそんな病院に勤めていることは意外だったが、あの頃に比べるとやはり大人になったらしい。


 「朽野さん。例の噂は院内にも流布しているでしょうが、何か困ったことがあれば私にお申し付けください。もしかしたら患者さんだけでなく看護師や職員の中に貴方のことをよく思わない輩もいるかもしれませんが……」

 「ありがとう先生。もうすぐ退院しちゃうかもしれないし、残り少ない入院ライフを満喫させてもらうわ。ちょっとナースコールで出前を届けてもらおうかしら」

 「ナースコールは宅配サービスではありません」


 現状、朽野家に帰る家はない。何故なら引っ越しのために月ノ宮の家を引き払っていたからだ。だから乙女はローラ会長の別荘で、秀畝さんはシャルロワ家の本邸で保護されている。きっと穂葉さんも退院したらシャルロワ家の本邸で生活することになるだろう。

 

 それに、朽野一家の悩みのタネは例の噂だけではない。秀畝さんを真犯人としてでっち上げて自分達の活動に利用しようと目論むネブラ人の過激派その存在があるのだ。



 穂葉さんに挨拶した後、俺はベガ達と一緒に病院の出口へと向かった。出口では琴ヶ岡家の車が待機しているはずなのだが、代わりに俺達をロビーで待ってくれている人達がいた。


 「お、アルちゃん達だー!」

 

 退院したワキアを待っていたのは、彼女の幼馴染でありネブスペ2第二部の主人公である鷲森アルタ、友人の白鳥アルダナやカペラ・アマルテアだった。この時点だと鷹野キルケはアルタ達とそこまで面識はないし、夢那が帰ってくるのは夏休みに入ってからだ。


 「退院おめでとうございます、わぁちゃん! 記念写真でも撮りませんか?」

 「病院で!?」

 「これが私の遺影になるんだね……」

 「そ、そんな後ろ向きに考えなくても」

 「折角だし退院祝いにご飯でも食べに行こう。烏夜先輩の奢りで」

 「え? なんで僕?」

 「朧パイセンがここにいるのってそのためなんじゃないんですか?」

 「そんなバカな」


 この人数でご飯を食べるってなったら流石に今の俺の持ち合わせじゃ足りなさそうだ。かといってアルタに支払わせるのも悪いし、ローラ会長に連絡を入れたら来てくれないだろうか。でもわざわざローラ会長を呼び出して奢ってくださいなんてのもおかしいしなぁ……と考えていると、病院の入口から長い銀髪でクラロリファッションの少女がやって来た。


 「あら奇遇ね、烏夜朧」

 「え」


 やって来たのは我らがローラ会長。いや絶対奇遇じゃないだろうが、俺がワキアの退院祝いに行くこと自体は事前に伝えていたのだから。


 「しゃ、シャルロワ会長!?」

 「そんな堅苦しい呼び方なんていらないわ。昔みたいにローラおねぇたんって呼んでくれてもいいのよ?」

 「そんな呼び方したことありましたっけ!?」


 おいローラ。違った、月見里乙女。お前はもうちょっとエレオノラ・シャルロワのロールプレイを頑張ってくれ。琴ヶ岡姉妹が可愛いのはわかるが、自分の欲望を全開にしてさらけ出すのはやめろ。


 「ローラおねーたーん。退院祝いに焼肉奢ってー」

 「良いわよ。鷲森君達も私のことは気軽にローラおねぇたんと呼ぶと良いわ」

 「シャルロワ会長、頭でも打ったんですか?」

 「せめてローラお姉様なら……」

 「流石に恐れ多いです」

 「ローラおねぇたん♪」

 「烏夜朧、貴方はダメよ」

 「なんでですか?」


 まぁ彼女がこの世界を楽しんでくれているならいいか。この真エンディング世界がどう進んでいくかまだ想像つかないが、作中に登場するキャラ達の関係が良いのは喜ばしいことだ。早くキルケや夢那もこの輪に入れてやりたい。


 流石に七人となるとシャルロワ家や琴ヶ岡家の送迎用の車ではギリギリ入らないため、俺達はバスに乗って葉室駅に近い焼肉店へ向かうことになった。


 「ローラお姉さんもス◯カとか持ってるんだね」

 「勿論よ。パ◯モやイ◯カ、◯ゴカやニ◯カにはや◯けんまで全国の交通系ICは携帯しているわ」

 「いや使わないでしょそんなの」

 「流石シャルロワ財閥……」

 「でもどれか一個あれば良くない?」


 まぁバスとかは対応していないことはあるがある程度の鉄道事業者ならいずれかの交通系ICが使えたりもするから複数枚持っていてもしょうがない。


 「え、なんかシャルロワ会長のパ◯モ、すごく金ピカじゃないですか!?」

 「これはゴールデンス◯カよ。このス◯カならチャージをしなくても全国の在来線に乗り放題なの」

 「すごーい!」

 「そんなバカな」

 「さらにブラックス◯カともなれば新幹線も乗り放題よ」

 「どんな権力使ったんですか貴方」


 そんなクレジットカードじゃあるまいし……まぁローラ会長がこの世界を作り上げたようなものだし、彼女が言っていることは本当なのかもしれない、ネブスペ2の世界では。


 

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