日本史芝/ダート
乙女達が入浴を終えた後は、迫りくる期末考査に向けたテスト勉強が始まった。
「乙女、その問題はまず前提として自分が親番であることが重要だよ」
「え、天和しろっての?」
「いいえ違うわ乙女ちゃん。子が地和する可能性も考えて証明するのよ」
「これ何の問題? 本当に数Ⅰとか数Ⅱの範囲?」
「これは数学ポン・チーね」
「ポン・チー!?」
「逆から読むと……」
「チンp……って何言わせんのよ!」
何度ループを繰り返しても月学のテスト範囲は狂ってる。数Ⅱとかも数リャンって呼ぶのだろう。この世界の数学者はずっと麻雀卓を囲んで数式を問いていそうだ。
「では一九七一年の第五十回凱旋門賞を制したのは……」
「あ、ミルリーフ!」
「……ですが、その産駒で一九九一年のエリザベス女王杯を制したのは?」
「え……? それどの教科の問題……?」
「日本史芝ね」
「ダートもあるの?」
学生の頃は塙保己一とか橘逸勢とかマイナー寄りな歴史上の人物の名前を覚えて役に立つのだろうかと思ったこともあるが、月学はどうして競馬知識を生徒に叩き込むのだろうか。せめてもっと宇宙に関する問題をくれ。
「アイオーン星系に生息しているネブラエルフには三つの種族がいます。この内、ネブラ人との数度の大戦を経てネブラ歴三八〇四年に滅亡したネブラエルフの国家は?」
「ハゲランド王国?」
「惜しいわね。正解はチビデブランド王国よ」
「蔑称が過ぎる」
「チビとデブが多かったことが由来よ」
「ネブラ人の性格が悪すぎるでしょそれは」
「あとハゲランド王国にはオデコハゲランドとテッペンハゲランドの二つがあるから注意して」
月学独自のカリキュラムであるネブラ学の問題が狂っているのは、原作者であるローラ会長こと月見里乙女が原因だろう。一体どんなもん食ってたらチビデブランド王国とかいうルッキズムとかポリコレなんてくそくらえみたいな言葉を思い浮かぶんだ。
他の教科の問題がおかしいのもそうだろうが、多分こういうくだらないことを考えている時が楽しそうではある。
なんて感じで大体は俺とローラ会長の二人がいつもテストでは赤点圏内の乙女に勉強を教えている形となっていたが、やはり才女として名高いローラ会長の知識量が凄まじい。俺の幼馴染のくせして生意気だ。
だが乙女に赤点をとられては困るのだ。絶対に赤点を回避させて皆で海とかお祭りとか遊園地に連れ回してやるんだからな。
俺とローラ会長による厳しい指導で疲弊した乙女は一足早く眠りについた。机に突っ伏して寝てしまった乙女を彼女の部屋まで送り届けた後、ローラ会長の部屋に戻るとアイスココアが用意されていた。
「いつか彼女と離れ離れにならないといけないって考えると悲しいものね」
「いや、月学で会えるだろうが」
「でももうすぐ夏休みじゃない……」
夏休みまであと一ヶ月以上あるのにそんな落ち込まなくても。少しだけ不安ではあるが、コイツが自分を投影した乙女との生活を楽しんでいるようで何よりだ。乙女は怯えながらもなんだかんだ楽しそうだし。
「だが乙女の件はどうやって解決するつもりなんだ? 来週には復学させるって言っても、もう二日しかないぞ」
すると俺の向かいのソファに座るローラ会長は、アイスココアを一口飲んでから微笑んだ。
「問題ないわ。楽しみにしておいて」
そう言うローラ会長の表情がかなり自信ありげだったため、どんなプランを用意しているのだろうと期待出来るところはある。
だが、やはり懸念点があるのも事実。
「あまり変なことやろうとするなよ? 前みたいに乙女やベガ、トニーさんが消失してしまう可能性だってあるんだからな」
ゲームの容量不足とかいう俺達にはどう対処しようもない原因で乙女達は消えた可能性があるが、この世界では原作で攻略できる十二人のヒロインに加えて乙女を含めた追加のヒロイン、そして初代ネブスペのキャラ達も存在する。
もし俺が原作から逸脱した行動を取りすぎて世界がバグったりしたら洒落にならないが、俺やローラ会長の推測通り、この世界がネブスペ2の真エンディングを求めているなら……多少の余裕はあるだろうか。
「まぁ、もし失敗したら潔く一緒に死にましょ」
「いや死に戻り出来るからって死にに行くなよ。俺が今までどんな思いでヒロイン達のバッドエンドを回収してきたと思ってやがる」
「そんなに嫌だった?」
「嫌に決まってるだろうが! ムギのバッドエンドでムギと大星が校舎の屋上から飛び降りてくるのを下で待ってた時の俺の気持ちがわかるってのかよ、おおん!?」
「ごめんって」
俺の死に戻りはまだコスパが良い方だ。なんせ始まりが乙女が転校する六月一日だからだ。一方でローラ会長は遥か昔である。エレオノラ・シャルロワとしてほぼ同じ人生を歩むのは中々に気が狂うだろう。
「どうせ死に戻りするなら貴方を腹上死させてみたいわね」
「俺で遊ぶんじゃない。次のループでお前と会う時にどんな反応をすれば良いんだよ」
「私みたいな名器で卒業できたことに感謝すれば良いじゃない」
「自分で言うな」
どうせ死ぬならもうちょっと好き勝手しても良いんじゃないか、という邪な考えがループ中に頭を過ったこともあったが、一度箍が外れてしまうとブレーキを掛けられなくなるんじゃないかと思って自制していた。ちょいちょいバレない程度にローラ会長に八つ当たりしていたが、当人にはバレていたらしい。
その後、俺とローラ会長はお互いにネブスペ2の攻略チャートを書いたノートを見せ合って、真エンディング到達に向けて真面目に意見を交わした。ループを繰り返してもアイテムとかを持ち込んで強くてニューゲームなんてことは出来ないため、俺はこの黒歴史ノートを転生する度に書いて、いずれ同居することになる夢那にバレないように保管していた。
そして情報を共有してノートにメモを書いていると、ローラ会長がふと呟いた。
「そういえば、朧は……いや、今の入夏は前世のことを覚えてるんだよね?」
俺と二人きりという状況でもエレオノラ・シャルロワとしてのキャラをある程度貫いていた彼女の素が出た。この感じが懐かしい。
「あぁ。朧として死んだ後に朧じゃない奴に転生してメチャクチャ焦ったが」
「じゃあ前世の入夏がどうして死んだか覚えてる?」
俺が初めて烏夜朧に転生した時、前世でネブスペ2というエロゲをプレイしたことは覚えていたが、前世の俺自身がどういう人間だったのか、それこそ月野入夏という自分の名前すら思い出せない状態だった。
だが俺の幼馴染であるもう一人の乙女が、ネブスペ2に登場するキャラにわざわざ俺の名前をつけたもんだから、俺の人格は半々に分かれていたらしい。どんな仕組みだよ。
……おかげで、ローラ会長を助けに行けたし、前世の記憶も完全に取り戻すことが出来た。
「俺、お前を見つけ出そうとしてたんだ」
俺と乙女は中々の腐れ縁だったが、俺の両親の離婚により離れ離れになってしまい、それぞれの道に進んで社会人として生活していた。大学に入ってから忙しくなったというのもあって乙女と連絡を取ることもなくなり、数年もの間音信不通だったが……ある日突然、彼女から連絡が来たのだ。
「確か夏場だったか、地元に大きな台風が直撃してすげぇ警報出てるなぁって思ってた時……お前から『私死んじゃうかも』みたいなLIMEが来たんだよ」
俺が元々住んでいた地域は台風の影響を受けやすかったのだが、十年だか五十年に一度レベルの強い台風のせいで警報レベルの大雨が降り続いて大洪水が起きたのだ。
「もう死んじゃうかもしれないから最後に伝えたいことがあるって言って……お前、俺になんて送ったか覚えてるか?」
「ごめん、だったっけ?」
「いや、俺の記憶だとありがとうだったな」
「じゃあそっちだったのかも。私、洪水で流されてる車の中でその二択で迷ってたから」
長い間連絡を取っていなかった幼馴染から突然連絡が来て、しかもそれが最期の挨拶なんて内容だったから、俺は休みを取って慌てて地元に戻ったのだ。同窓会とかにも出ていなかったら、転校のため離れて以来初めてのことだった。
「俺はお前の両親のところに挨拶しに行って、車で出かけていたお前が行方不明になっていたことを知らされた。だから俺はボランティアとして瓦礫の撤去作業とか行方不明者の捜索を手伝ってたんだ」
「入夏ってボランティアとかするんだ、意外。私って見つかった?」
「いや、一週間経ってもお前が乗ってた車すら見つからなかったな。そんで台風が過ぎ去った後も結構雨が振っててな……倒壊した家屋の瓦礫を撤去するのを手伝っていた時、近くの山からすんげぇ轟音が聞こえてきたんだ」
初めて烏夜朧に転生した時、前世の俺がどうして死んでしまったのか、本当に死んだのかもわからなかったからかなり気になっていたが……それと同時に自分が死んだ瞬間の時なんて思い出したくない気持ちもあった。
「もしかして、入夏……土砂崩れに巻き込まれたの?」
「多分な」
俺の地元は山がちな地形も多く、長期間の雨によってかなり地盤が緩くなっていたのだろう。そういう二次被害には気をつけるよう厳しく言われていたが……。
「なんか……ごめん、入夏」
俺の死の真実を知ったローラ会長、いや月見里乙女はしゅんとした様子で俺に頭を下げた。
「いや、それは乙女が謝ることじゃないよ。俺の不注意みたいなもんだ。結局前世で死んだお前と再会して落ち込むよりも、別人の姿になったお前と再会できたことの方が俺は嬉しいぜ」
と、俺が何の気なしにそう言うと……。
「……バカ。死んでるくせに何言ってんの」
と、ローラ会長こと乙女は俺から顔を背けてしまった。やーい照れてるー。
「いや、お前が言うなよ。なんで警報レベルの大雨の中、車で出かけたりしたんだ?」
「帰省中だったんだけど、親戚の家の子を避難させようと思って迎えに行ってる途中だったんだよね」
「それはやるせないな……」
猛烈な災害時は早めの避難が肝心だと感じさせられる。
「ていうか私はエロゲ会社に勤めてたけど、入夏って何してたの?」
「大学の友達とIT関係の会社作って営業周りしてた」
「へー、なんか意外。てっきり不動産鑑定士とか水先案内人とかかと思ってた」
「前世の俺のどこにそんな要素があった?」
大学の友達と会社を作った、という成り行きは業種こそ違えど乙女と似通っているのが何とも不思議なことだ。
どうせならこんなエロゲの世界じゃなくて前世で生きて再会出来ていた方が一番良かったのだが……どうして俺達の再会の場がこんな場所だったのだろう。
それは運命的な出会いというロマンチックなものではなく、それこそ何かの呪いのように感じられた。
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