乙女大好き星人



 「乙女さん、元気でいらっしゃるでしょうか……」


 いつものように大星や美空達と一緒に晴れ空の下、学校の屋上で昼食をとっていると、膝の上に弁当箱を乗せたスピカがボソッと呟いた。

 今日は六月五日、金曜日。乙女は今週丸々学校を休んでいる。やはり乙女の父親である秀畝さんの噂があるため今も保護している状況だが、ローラ先輩によると来週には学校に復帰させるつもりらしい。

 だがそんな事情を知らないスピカ達は不安で不安でしょうがないだろう。


 「朽野先生も何か取り調べ受けてるのかもな。オレの友達もそう噂してたが」

 「きっとたらふくカツ丼を食べながら……」

 「いやムギちゃん、取調室はカツ丼食べ放題じゃないんだよ」

 「カツ丼食べ放題って良いね……」

 「食べ放題に食いつくんじゃない、美空」


 だがこの世界では乙女が月ノ宮を去っていないからか、この場の空気感もいつもより明るく感じられた。おかげで俺もいつもより気が楽だ。いつもは乙女がいなくなったというか、まるで死んでしまったかのような雰囲気だったから……。


 「でも乙女に連絡する度にケーキを食べてたとか映画を見てたとかゲームをしてたとか、何か満喫してそうなんだよね、休学ライフ」

 「LIMEの文面だと元気そうですけど、電話口の声はかなり弱々しかったような……」

 「朧っちは何か知ってる?」

 「まぁ例の噂の件があるから身を隠してるだけだよ、ちゃんとした所で」


 ……環境としては割と良い場所に突っ込まれてるはずなのだが、少しばかりローラ会長が乙女を溺愛し過ぎているから乙女が怯えてしまってるんだよなぁ。ローラ会長自身が自分の過去を投影させたキャラだから愛着でもあるのだろうか。


 

 幸いなことに、月ノ宮学園内で乙女や彼女の父親である秀畝さんを悪く言うような生徒や教師はいない。元々月学に教師として勤めていた秀畝さんの人柄を知っているから、やはり彼がビッグバン事件の真犯人なわけがないと皆思ってくれているのだろう……そう信じたい。

 だが噂が広まるのは早いもので、個人名こそ漏れてはいないがネット上にも情報が拡散されている。かなりの大惨事だったビッグバン事件の原因を巡る噂なだけに、やはり注目度がそれなりに高いのだろう。


 この噂を解決しない限り、乙女を月学には戻せない。スピカ達はきっと乙女を気遣って接してくれるだろうが、乙女はそんな気遣いを嫌がるだろう。それに月学の中はともかく、この月ノ宮周辺に住んでいる人々がどう思っているかはわからない。

 自分はあの人に恨まれているんじゃないか、陰口を言われているんじゃないかと怯えながら日常生活を送らなければならない環境に放り込むのは、あまりにも酷な話だ。


 ビッグバン事件の真犯人の噂についてはローラ会長が解決すると豪語していたが、果たして一体どう解決するのだろうか。あのネブラ人の宇宙船を爆発させた張本人である花菱いるかはもうこの世にいないし、彼が自爆ボタンを押したと証言できるのはメルシナ・シャルロワしかいない。

 俺も花菱いるかとしての記憶が残っているから確実に自爆ボタンを押したことは覚えているが、俺がそれを証言するのはおかしな話だろう。

 手っ取り早く解決しようとするなら……トニーさんを捕まえる他あるまい。だがどうやって証拠を掴めば良い?



 そんなこんなで放課後。HRが終わるとパパッと帰り支度を終えた美空が大星の席へと向かう。

 

 「ほら大星、早く行くよ!」

 「美空さん、この後何かご予定があるのですか?」

 「ちょっと葉室まで服を買いに行くんだ~」


 すると近くの席にいたムギが大星、美空、スピカの三人の会話を聞いていたらしく、何か企んでいるような悪い顔をしながら大星の元へと向かった。


 「なら折角だし私達の服も選んでよ。大星のセンスを見てみたい」

 「いや何でだよ」

 「美空ばっかりズルいもん。ね、スピカも大星コーディネートの服を着て一緒にデートしたいって言ってたもんね」

 「言ってないよ!?」

 「じゃあレギー先輩も誘ってファッションショーしよう!」

 「おいおいマジか……」


 すると大星が助けを求めているかのような表情で俺の方を見た。いや大星、俺だって行きたいよ。君が美空達にどんなコーディネートをするのか気になるよ、原作で見たことあるけど。


 「ごめんよ大星、僕はどうしても外せない用事があってね」

 「じゃあ朧っちには後で写真を送ってあげるよ!」

 「一枚五万円で」

 「……乗った!」

 「いや乗っちゃうんですか!?」


 なんかループを繰り返してる内にチェキの相場が跳ね上がってるんだけど、ハイパーインフレ起きてる? ローラ会長に話したら喜んで現ナマで渡してくれそうだが、流石に金をせびるのは良くないな。


 

 月学の校門前で大星達と別れた後、俺はローラ会長の別荘へと向かった。どうせならローラ会長と行きたかったが、彼女はまだ生徒会長という立場にあるから、今日もちょっとした委員会で遅れるという。

 段々と蒸し暑くなってきた六月の空気を感じながら、顔パスで別荘の中へと通してもらってローラ会長の部屋へと入った。


 そして俺は、窓際に置かれたベッドの上に寝転んで漫画を読みながらスナック菓子をつまんでいる乙女の姿を目撃した。

 ……いやいや、人様、しかもシャルロワ家のご令嬢であるローラ会長の家でよくこんだけくつろげるな、コイツ。


 「あれ、朧じゃん。また時間潰しに来たの?」

 「幼馴染のことが心配でわざわざ様子を見に来てやったのに、その言い草かい?」


 俺は呆れるように笑いながらソファの上に学生鞄を置いて、乙女が寝転んでいるベッドへと向かう。短パンを履いているとはいえ足をおっ広げて、なんて無防備な奴だ。

 俺はベッドに腰掛けて、ベッドの脇に置かれた漫画の山に目をやった。『超極道姉妹』……あれ? 俺が前にこの世界で見かけたのって『超極道兄弟』だったはずなのに、これスピンオフか何か?


 「その漫画って会長の家にあったのかい?」

 「いや、頼んだらなんか買ってもらえた」

 「……そのお菓子も?」

 「いや、私だってシャルロワ会長におねだりしたわけじゃないのよ!? 私だって何でもかんでも与えられてるから怖いぐらいよ!」


 流石に人様の家で何でもねだるぐらい乙女の面の皮が厚いとは俺も思っていない。単純にあの人が怖いぐらい乙女を溺愛しているだけだ。


 「いつまでもこんな生活が続くと思うんじゃないよ。来週には学校に行ってもらうんだから」


 ローラ会長は来週には、と言っていたが今日はもう金曜日。猶予は明日と明後日ぐらいしかないし、俺もローラ会長から具体的なプランを聞いているわけではない。

 それは乙女も同じのようで、起き上がってベッドの上に座ると不安そうな表情で口を開いた。


 「私……大丈夫かな? 私は良いけれど、父さん達に迷惑かけたくないし……」


 ……乙女は秀畝さんの噂が原因で大変な状況にあるのに、自分より両親のことを心配しているらしい。

 え、乙女ってこんな良い子なの? こんな子をシナリオから強制的に退場させるだなんて極悪非道な所業をするなんて信じられないし、自分を投影したキャラをこんなに良くしたローラ会長が腹立たしく思える。


 「秀畝さんとは連絡取ってる?」

 「うん。今、シャルロワ家の本邸にいて怖いって言ってた」


 やっぱり怖がるものなんだ、シャルロワ家って。まぁ俺も随分前にお邪魔したことがあったが、緊張で胃が潰れてしまいそうだったなぁ。

 一応原作の設定でもビッグバン事件の真犯人と噂されていた秀畝さんは警察に連行されたわけではなく、ネブラ人の過激派から守るためシャルロワ家が保護していたはずだ。母親の穂葉さんも無事だろう。


 「何だか、自分がそんな大事に巻き込まれてるって感じがあまりしないの。でもシャルロワ家が動くってことは相当よね」

 「むしろ乙女達をもみ消すためかもしれないよ」

 「ひぃっ……怖いこと言うんじゃないわよ! もしかして私、ここで散々肥やされた後で始末されちゃうのー!?」


 と、乙女は一人でパニックに陥っていた。両親と会えない中で不安だろうが、これだけ元気があるようで何よりだ。

 俺がこうやって足げく乙女の元を訪れるのは、普通に好きなキャラである乙女と話したいという利己的な理由ではあるが、やっぱり幼馴染として彼女のことが心配でもあった。

 するとパニックから落ち着いたらしい乙女は、急にしおらしくなってしまって俺から顔を背けて呟いた。



 「色々ありがとね、朧……」


 いや、こちらこそありがとうだ。そもそも俺は何もしてないし。


 「礼には及ばないよ」


 乙女がこうして無事でいられるなら、何度もバッドエンドを迎えつつも何十周もループしてきた甲斐があった。


 「ねぇ、朧は私が転校することを知ってたの?」


 乙女視点だと今の俺やローラ会長の行動はかなり奇怪に思えるかもしれない。乙女が月ノ宮を去ることに朧はあんなに動揺していたのに、急にローラ会長が現れて乙女を保護するとなると急に現実を受け入れてしまうのだから。


 「乙女が転校するって聞いたわけじゃないけど、秀畝さんの話をローラ会長から聞いていたからね。まさかあの人が駅まで来るとは思わなかったけどね」

 「そうなんだ……って、朧ってそんなにシャルロワ会長と仲良かったの?」

 「まぁ、色々あってね」

 

 何となく乙女と話を合わせたが、念の為ローラ会長とは事前に色々打ち合わせしてある。俺とローラ会長は多少の親交があって、学校でローラ会長達の話を聞いてしまった朧は、秀畝さんの件を知ってしまったという設定になっている。


 「え、もしかして朧ってシャルロワ会長もナンパしたの?」

 「うん。危うく地下牢に入れられるところだったね」

 「それでよく今も関係が続いてるわね……」


 と、乙女に対して何となく冗談を言っていると、この部屋の扉が突然開かれた。


 「乙女ちゃぁ~ん♪」


 出た、乙女大好き星人が。


 「ひっ」


 ほら、もうその姿が目に入っただけで怯えちゃってるじゃん、乙女。

 しかし月学から帰ってきたローラ会長は、乙女の側にいる俺に目もくれずにベッドの上に座っていた乙女の元へと一直線、そのまま勢いよく抱きついた。


 「あぁ~今日も乙女ちゃんの匂いはたまらないわねぇクンカクンカ」

 「は、はは……」


 何? 俺は新手の百合でも見させられてるの? 挟まらない方が良い? いや挟まれたくないよこんなの。

 

 

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