また喰われたいなぁ(願望)



 「お皿が一枚、お皿が二枚……お皿が、お皿がたくさん……」


 ホラー映画を見終わった乙女は明らかに衰弱しきった様子で虚空を見つめていた。そりゃそうだ、ホラー映画の三部作を一気に見させられたんだもの。


 『ひいいいいいいいいいいいいいいっ!?』

 『ぎゃあああああああああああああっ!?』

 『もう無理……』


 ホラー映画から乙女が逃げられないように両サイドから俺とローラ会長がガッチリと固めていたが、乙女の色々な反応を見ることが出来て楽しかった。俺は最早映画じゃなくて乙女の怯える姿をずっと見ていたし。

 そしてすっかり憔悴気味の乙女を見ながらローラ会長が笑顔で言う。


 「もう疲れちゃったかしら? おねんねする?」

 「夢にお化けが出てきませんように……」

 「早く寝付けるように子守歌を歌ってあげようか?」

 「結構です……」


 ホラー映画を見てビビりまくった後に安眠出来るとは思えないが、乙女はローラ会長に連れられて別室へと向かって一足早く寝ることとなった。まだまだ外は明るいのだが。



 乙女を寝かしつけたローラ会長は部屋に戻ってくると……その容姿はネブスペ2のヒロインの一人であるエレオノラ・シャルロワのままだが、雰囲気は俺が良く知る幼馴染へと切り替わっていた。


 「合法的に乙女ちゃんと過ごせる生活は最高ね」


 朽野乙女をコイツに預けたのは失敗だったかもしれない。


 「くれぐれもアイツに手を出すんじゃないぞ。俺も百合は好きだがお前が乙女を喰らうと全部狂ってしまうだろうが」

 「それは残念」


 乙女がローラ会長にお世話になっているのは、この月ノ宮で広がるビッグバン事件の噂から彼女を守るためというのもあるし、朽野一家は月ノ宮を出る気満々だったから母親の穂葉さんが都心の方から葉室総合病院に戻ってくるのにも時間がかかるし、家の荷物だって殆ど引越し先に送っていたのだ。色々手続きだとか荷物を戻すのに時間が必要だ。

 ほとぼりが冷め次第、乙女の父親である秀畝さんも月ノ宮学園の教師として復帰させるとローラ会長は息を巻いていたし、乙女も今学期中にはまた学校に顔を出せるかもしれない。

 そのためにはまず、あの噂を解決しなければならない。


 「んで、例の噂はどう抑え込むつもりだ?」

 「貴方が自白してくれたら良いじゃない」

 「アホか」


 俺には烏夜朧としての記憶と花菱いるかとしての二つの記憶がある。でも二人は決して同一人物ではない、偶然月野入夏という人格が転生していただけだ。

 まぁ俺は紛れもなく大罪人だろう。


 「冗談よ。ちなみにだけど、貴方はトゥルーエンドの流れは覚えてる?」

 「あぁ。星河祭の日にネブラ人の船団がやって来ることはよく覚えてる」


 ネブスペ2は三部構成になっているが、トゥルーエンドの条件を満たした状態だとスタート画面の表示が変わっていて、ニューゲームを始めるとそれまでとは違う始まり方をする。

 まず八年前のビッグバン事件で主人公やヒロイン達のそれぞれの視点であの一日の出来事が描かれた後、大爆発を起こしたネブラ人の宇宙船の中での出来事が明かされる。

 

 そして第一部の始まりはいつもと変わらない。月ノ宮に引っ越してきたばかりのスピカがネブラタコに触手責めされているというエロゲらしいぶっ飛んだシーンから始まり、その後の展開は多少のイベントのスキップで若干早足であることを除けば元々の第一部と変わらないが……大きく違うのは、体育祭が終わった直後の六月一日に朽野乙女が転校しないことだ。


 ネブスペ2のトゥルーエンドはハーレムエンドとも呼ばれるぐらいには終始主人公とヒロイン達がキャッキャしているだけだし3Pも4Pもお構いなしという無法地帯になることもあるが、最終的な目標はそれまでのストーリーで、特にエレオノラ・シャルロワルートでヒントが提示されたビッグバン事件の解決だ。

 まぁ俺が最初に転生した世界で強引に解決されてしまったが、ローラ会長の叔父であるアントニオ・シャルロワ率いるネブラ人の過激派に対処しなければならない。


 「でも、この世界が原作通りに進むと思うか? 本当にトゥルーエンドの世界線なら乙女の転校イベント自体が起きないはずだろ?」

 「そうね、ただ噂が広まるだけだもの。本当に条件を満たしているのなら、私がわざわざ介入する必要もなかったはずよ」

 「じゃあ、まだ何か必要か……」


 ならば、まだ何かトゥルーエンドの条件を満たしていない? 全ヒロインのグッドエンド・バッドエンドとおまけエンドの回収は済ませたし、あと原作だと作中に登場するキーワードの回収も前提になっているが、そんな用語集は無いし……第三部が終わる前に世界が滅んでしまうという都合上、第三部のヒロイン達のエンディングは回収できたとは言い切れない。でもちゃんと条件も確認して、クリスマスの後にちゃんとルートに入ったのはこれまでのループで確認してきたのだが……。

 

 「いえ、多分今回も原作通りにはならないはずよ」


 ローラ会長は何かに気づいたようでポン、と手を叩いて口を開く。


 「だって、初代ネブスペのキャラがいるじゃない。前に言ったかもしれないけど、前世の私は彼女達も含めた真エンディングを考えていたから、それはまた条件が別のはずよ」


 そうネブスペ2の前作である初代ネブスペは時系列こそ八年前のビッグバン事件の直後だが、舞台はネブスペ2と同じ月ノ宮町、登場人物達も月ノ宮学園に通っている。俺がこの世界に転生した時もコガネさんやレギナさんと出会えたし、俺がエンディング回収のためループを繰り返していた時も、レギー先輩ルートでコガネさんがちょろっと顔を出したり、ムギルートでは七夕祭のコンクールの審査員としてレギナさんがいたり、七夕祭や星河祭でナーリアさんがサプライズ出演したりしていたが、原作のシナリオが狂うことはなかった。きっとそれ自体は原作者であるローラ会長が設定していたからなのだろう。


 だが俺がループしていた時に出会えたのはその三人と葉室総合病院の医師であるアクアたそとノザクロで働いていたレイさんぐらいで、初代ネブスペの主人公である天野太陽を始めとした他の面子と出会うことはなかった。勿論刑事であるマルスさんがトニーさんを連行することもなかったから、俺が余計なことをしなければ多分目立たない存在だ。

 だが、真エンディングを目指すためには彼女達の存在も必須になるということか……?


 「じゃあ、その真エンドってのはどうやったら辿り着けるんだ?」

 「あら、言ってなかったかしら? 思い出せないって言ったじゃない、随分前に」

 「随分前って何十周も前の世界の話だろうが。開き直るんじゃないよ!」

 

 まぁ俺がこの世界に転生する前から彼女はずっとループを繰り返して真エンドへの到達方法を探っていたんだ。原作者の彼女が思い出せないなら、一介のプレイヤーである俺がわかるわけがない。 

 しかし、逆に言えば筋書き通りに進める必要がないというわけだ。


 「じゃあ、割と好き勝手やってても良いんじゃないか? 早めに解決できる問題にはすぐに対処して、大星達がヒロイン達とイチャイチャ出来るように差し向けたら良いんだろ? それはループで何度もやって来たから任せとけ」


 原作でも朧はそれぞれの主人公やヒロインと知り合いというポジションを活かして、彼らの恋路が上手くいくように助けるお助けキャラでもあったのだ。俺はこれまでのループでお助けキャラに徹してきたから、今更ヒロイン全員と主人公をくっつけることなんてお茶の子さいさいだ。

 俺がそう豪語すると、ローラ会長は半分呆れたように笑いながら口を開いた。


 「随分と頼もしくなったものね。大星とヒロイン達のイベントに関しては貴方に任せるけれど、早急に解決すべき問題もあるわ」

 「ビッグバン事件の噂の件か? まさか俺に自白しろと?」

 「いいえ、貴方やメルシナに罪を着せるつもりはないわ。あとワキアの病気の件もそうね。それらはすぐに解決できるから、私の方で動いておくわ」

 「オッケー、任せたぜ」


 今の時点だとワキアは葉室総合病院に入院しているはずだ。彼女の病気はビッグバン事件を原因とする謎の病だったが、医師免許を持っているわけでもないただの天文学者である望さんが解決してくれる。ワキアの病気の原因こそこれまでのループで何度か変化していたが、バッドエンド以外では望さんが解決してくれたし……。


 「ワキアに喰われるエンド、中々悪くなかったぜ……」

 「え、何急に。貴方、ワキアと何かあったの?」

 「いや、ワキアのバッドエンドってワキアに体を喰われるじゃん? あれ結構良かったなぁって、この身で体験しても思ったぜ。この、推しの体に吸収されていく感覚が……」

 「どんどん私の幼馴染の性癖が狂っていく……」


 いかんいかん、俺の私利私欲のためにワキアをバッドエンドへ誘い込むわけにはいかない。

 ……でも、食べてまでとは言わないから噛んだりしてくれないかなぁ。


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