第四部 烏夜朧編『私達の居場所』
乙女の受難
「おーっす朧、おはよう」
俺が再びこのネブスペ2というエロゲ世界に戻ってきてから二日目の朝、月ノ宮駅前で俺は大星と彼を囲うヒロインの三人、美空とスピカ、ムギと出会った。彼らは制服姿で学生鞄を持ち、いかにもこれから学校に行きますという格好だ。
それに対し俺はというと、黒地に笑顔の満月が映るTシャツとジーパンという格好だ。完全に私服である。学校? そんなもの知らないね。
「おはよう朧っちー」
「おはよう美空ちゃん。この近くに美味しいスイーツ屋さんがオープンしたらしいんだけど一緒に行かない?」
「ごめ~ん、もう先約が入ってるんだよねー」
美空は大星の腕に抱きつきながら笑顔で言った。まぁ先約というのは言わずもがな、だろう。
「おはようございます、烏夜さん」
「おはようスピカちゃん。この近くに美味しいスイーツ屋さんがオープンしたらしいんだけど一緒に行かない?」
「わ、私も先約がございまして……」
美空のように抱きつきこそしなかったが、スピカはエヘヘと照れくさそうに笑っていた。まぁ言わずもがなだ。毎度ループする度にスピカ達の俺への好感度がリセットされているのがまぁまぁ辛くて何度も挫けそうになった。
「おはよー朧」
「おはようムギちゃん。この近くに美味しいスイーツ屋さんが……」
「私も以下同文だから」
うん、知ってた。やっぱ主人公ってすげぇわ。
だが、大星……お前が攻略出来るのがこの四人だけだと思うなよ!
「さて、じゃあ僕はこれから用事があるからバイb──」
「おい待てそこの節操なし。俺のことは無視か」
そそくさとこの場から去ろうとした俺の肩は大星にガシッと掴まれた。それに対し俺は両手で耳を押さえて怯える素振りを見せる。
「な、何だ……!? 僕の肩が何者かに、まるで何人もの美少女を侍らかしている恐ろしい色欲の悪魔に掴まれているだと!?」
「お前の方がよっぽど色欲にまみれてるだろ。てかお前何してるんだよ、制服はどうした?」
そう、大星達と同じ月ノ宮学園に通っている俺は今日も登校しなくてはならないはずだ。
だが今はそれどころではない!
「よくぞ聞いてくれた大星……実は今朝、神よりお告げがあったのだよ!」
「……は?」
「ど、どうしたの朧っち……?」
「烏夜さん……?」
「お、朧……?」
俺は両手を天高く掲げて、そして高笑いを上げながら歌劇の演目のように言ってみせた。
「僕は天啓を受けたのだよ! 幾度となく輪廻転生を繰り返してきた迷える魂が、とうとう愛に溢れた彩りのある世界に辿り着いたのさ! あぁ確かにこの瞳に映っておりますよ我らが神よ、神に選ばれし僕に待ち受ける輝かしい未来が! この僕の人生に刻まれる輝かしい青春が! 僕はその結末をしっかりと見届けてみようではないですか!」
締めにハーッハッハッハと俺は笑ってやった。駅前を行き交う通勤通学中の人々が何事かと奇異の目を俺に向けてくるが、そんなもの気にしない。
「朧……お前、とうとうストレスがマッハに……」
普段は軽くいなしてくるだけの大星が本気で心配そうな面持ちで俺を見ていた。まぁそりゃそうなるよな、アイツ程ではないだろうが俺も何度もループを繰り返している内に大分おかしくなってきてるんだよ。
「朧っち……今度一緒に美味しいスイーツ食べに行こうね……」
俺の右肩をポンポンと叩きながら美空が言う。以前のループで美空に監禁された大星を助けに行った時、すっかり豹変してしまった美空に首を締められたことは忘れないよ。まさか純粋な握力だけで俺の首の骨が折れるとは思ってなかったからね。
「烏夜さん……私は、いつでも貴方の味方ですから……」
ありがとうスピカ。結局あれ以来一度も名前で呼んでくれなくて俺は寂しいよ。バッドエンドで君に殺されてローズダイヤモンドの肥料にされたことは忘れない。
「朧……もしかして乙女が休んでるから調子が出ないの?」
ただ一人、ムギが俺の異変の原因が乙女にあると推測していた。
二日前、ローラ会長が駆けつけてくれたおかげで朽野乙女を月ノ宮に引き留めることに成功した。だが彼女の父親である秀畝さんの噂の件などに対処しなくてはならないため、乙女は体調不良と偽って学校を休んでいる。なお本人はかなりピンピンしている。
さて、俺は月ノ宮駅前で大星と別れた後、月ノ宮海岸の近くにあるローラ会長の別荘へ向かって自転車を漕いだ。
何気にローラ会長の別荘へ向かうのは久々だ。ループを繰り返してエンディング回収に勤しんでいた頃は疎遠だったから、感覚的には半世紀ぶりぐらい。アルタにも協力してもらって宇宙生物を別荘に解き放って侵入した頃が懐かしい。
もう別荘には俺も顔パスで入れるようになっていて、シャルロワ家のメイドさんに案内されてローラ会長の部屋へと向かった。
そしてノックをして中へ入ると──。
「はぁい乙女ちゃん。どう、ケーキの味は?」
「は、はひっ、と、とても美味でありますぅ……」
「それは良かったわぁ。私の可愛い妹が作った自信作なの。もしまた食べたければいつでも私に言いなさい、すぐに買ってあげるから」
「ひ、ひいぃぃ……」
最早恐怖を覚えるほど上機嫌に笑顔を浮かべるローラ会長と、そんなローラ会長からあーんしてもらってケーキを食べさせてもらいながらとても怯えている乙女の姿があった。何か面白いから写真撮っとこ。
「何か映画でも見る? ホラーは平気?」
「むむむむ無理です無理です!」
「あらそうなの。じゃあ折角だから『怨獄村』なんてどうかしら。私のお気に入りなの」
「それ絶対ホラーじゃないですかぁ!?」
……ローラ会長、まさか乙女の怯える姿を見て楽しんでるだけなんじゃないか?
乙女の怯えっぷりを見ると最早ローラ会長が乙女を監禁しているようにも見えるが、秀畝さんの件が解決するまではローラ会長の別荘で乙女を保護することになったのだ。ここで生活に不自由なことはないし、やはりビッグバン事件の真犯人の噂は月ノ宮中に広がっている。
だが、俺達はそれを解決するためにここにいるのだ。
「やぁ乙女。ローラ先輩の別荘の住心地はどう?」
「た、楽しいよ、うん……楽しいです、はい」
もう子犬みたいにプルプル震えちゃってるんだけど。まぁこれからローラ会長に苦手なホラー映画を見させられるからね。
「ローラ会長、わざわざ学校を休んでまですることがこれですか?」
「たまにはこんな息抜きも良いものでしょ。貴方は彼女と一緒に映画を見たくないの?」
「いや見たいですけどね」
……俺もホラー映画で乙女が絶叫する姿を見たい。俺も人のことは言えないが、体調が悪いわけでもないのに学校を休んでまでこんなことをするなんて、やっぱり良い趣味をしてやがるぜ。そしてローラ会長が映画を上映する準備を終えると……ていうかローラ会長の部屋、映画用のスクリーンまであるのかよ。乙女がプルプルと怯えて震えている中、ローラ会長は部屋の電気を消した。
「さぁ乙女ちゃん。怖かったら遠慮なく私に抱きついちゃって大丈夫よ。トイレに行きたくなった時もついていってあげるから」
「ひ、ひぃぃ……」
「わっ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!? って、何すんのよこのバカ朧!」
「はは、ごめんって」
隣に座る俺がちょっと驚かすだけでこの絶叫っぷりだ。今度お化け屋敷にでも連れて行ってやろう。
今まで乙女と直接話したのって烏夜朧としての思い出の中でしか存在しないから、こうして直接触れ合うのは初めてだ、とても感慨深い。
それはそれとして乙女と接している時のローラ会長からメンヘラみも感じてくるのだが、やっぱり俺よりもループを繰り返しているからますますおかしくなってしまったのだろうか。
ホラー映画が苦手なのにホラー映画を見させられる乙女を俺とローラ会長で挟んで、楽しい楽しい映画鑑賞が始まった……って、俺達は呑気んい映画鑑賞をしている場合なのか?
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