最後の一日編⑩ ボクっ娘の妹の兄さん呼び、最高よね~
クリスマスから一夜明けると、世間は途端に新年に向けたムードが広がっていく。この二日間は色々な出来事もあった中、俺は海岸通りにある喫茶店ノーザンクロスでバイトに勤しんでいた。
今日のノザクロはかなり落ち着いており、キッチンに収監されている俺はただコップを磨いているだけで、メイド服姿でホールにいる夢那は店にいるご婦人方に混ざって井戸端会議をしていて、マスターはコーヒー豆の手入れをしていた。
「マスターって年末年始、何か予定あるんですか?」
冬時のノザクロはそれ程混んでいるわけではなく、マスターと俺、夢那の三人だけで一日を通して全然回るぐらいだ。一番の書き入れ時である真夏は月ノ宮海岸を訪れる海水浴客や観光客でかなり忙しいが、冬は地元の常連さんやサーファーが訪れるぐらいで、夏に比べれば全然忙しさは違う。
「ンー、ミーはアメリカに行ってロケットをビューにゴーするよ!」
「あぁ、月の植民計画の。あのロケットの打ち上げって年明けに延期されませんでしたっけ?」
「え、そうなの?」
近々、月に人類の基地を建設するためのプロジェクト第一弾として先遣隊や機材を載せたロケットが月へ向かう予定だったが、発射場付近の天候不良とかで延期になっていたはずだ。
マスターはすぐにスマホで調べてそのニュースを知ったのか、「ノオオオオオオオオオオオオッ!!」と頭を抱えて叫んでしまい、マスターが持っていたコーヒーの瓶が落ちそうになったため、俺が慌てて拾った。
「OMG……アメリカ行きのチケットをミーはどうすれば……」
「せっかくですしアメリカで年越しってのも悪くないんじゃないですか?」
「仕方ないね、ミーはベガスのファイトマネーでニューイヤーを迎えるよ……」
ギャンブルとかじゃなくてファイトマネーってことは戦うつもりなのか、この人。まぁ常人が持ち合わせていないガチムチの肉体を持ってるし、向こうの地下闘技場とかでも引けを取らなさそうだ。
「ボローボーイはどうするんだい?」
「僕は普通に年越しするんじゃないですかね」
ノザクロの仕事納めは二十七日、つまり明日。俺は明日もシフトに入っているが、年が明けてノザクロが再びオープンしてすぐに冬休みも終わってしまう。普段の朧ならもう少し多めにシフトに入っているが、ローラ先輩達とのイベントもあったからあまり稼げていない。冬休み明けもちょっとシフト入らせてもらえるかな。
「ルターとキルケーの話は聞いたかい? キルケーのグランドマザーやグランドファザーと一緒に有馬記念にトラベルに行くと言っていたよ」
「有馬記念……え? 家族で有馬記念に? 有馬温泉とかじゃなくてですか?」
「あぁそうだ! それだよボローボーイ!」
びっくりした、旅行の行き先として競馬のレースなんて聞いたことがなかったから、アルタやキルケ達が実はそんなに競馬が好きだったという裏設定があるのかと思った。
しかし年末年始を使ってアルタとキルケは温泉旅行か。しかもキルケの家族旅行に混ざっていくだなんて、すげぇ着々と恋路を突き進んでるじゃん。
そんな話をしていると、ノザクロを訪れていた友達が帰ったため暇になった夢那が俺とマスターの方へやって来た。
「マスター、拭き掃除やってていいですか?」
「サンキュー、メナー。メナーは何かトラベルとかしないのかい?」
「ボクは月ノ宮でゆっくり年越ししたいって感じですねー」
夢那は元々都心の方に住んでいて、久々に月ノ宮で年越しを迎えることになる。俺もどこかに旅行へ行ける程ウカウカしていられない状況だから、年末年始は夢那と……いや、誰と迎えることになるのだろうか。
いつも通り夕方六時にはノザクロも閉店し、片付けも終えて俺は夢那と一緒に帰路につく。だが夢那の発案で海岸通りを一緒に散歩することになり、月明かりに照らされた月ノ宮海岸の遊歩道を歩いていた。
「安心するよ、今も兄さんが隣にいて」
隣を歩く夢那が屈託のない笑顔でそんな言葉を言うものだから、俺もむず痒く感じてしまう。
「僕も無事に年を越せそうでホッとしているよ。今年は忙しかったから来年ぐらいはゆっくりしたいね」
「兄さん、来年は受験じゃ?」
嫌な言葉が聞こえてきたが気のせい気のせい。この前の期末考査じゃ無事学年一位に返り咲いたが、上のランクを目指すならまだまだ勉強が必要だ。ワキアとの件も無くなって今はあまり進路について考えていないが、俺ってこの世界でどう生きたら良いんだろ。
「それにさ、兄さん……第三部ってかなり難しいんじゃないの?」
夢那が不安に感じているのは、ネブスペ2のラスボスと呼ばれるローラ先輩の存在だろう。第三部には他にロザリア先輩、クロエ先輩、オライオン先輩の三人のヒロインが存在するが、彼女らのバッドエンドに関わってくるのがローラ先輩なのだ。そもそも本来ならローラ先輩と交際しているのは一番先輩のはずで、他ヒロインのルートに入ると一番先輩はローラ先輩との関係を断ち切らなければならないのだが、愛に飢えて嫉妬に狂うローラ先輩が暴れまくってしまうのだ。
そのため例え十二月二十四日を生き延びたとしてもかなり戦々恐々とした状況のはずだったのだが、俺はそんな心配をしていない。
「いや、なんとかなると思うよ。僕ならローラ先輩をコントロール出来るだろうから」
それは何故か?
何故なら、俺はローラ先輩の中に眠っていた化け物の正体を知ってしまったからだ。
「そ、そんなに自信あるの?」
「うん。結構良い感じなんだ」
「へ、へぇ……?」
自信満々な俺に対して夢那は困惑している様子だったが、それもそうだ。
俺はまだ、ローラ先輩の正体について夢那に話していない。念の為ローラ先輩に確認を取ってから伝えようかと考えているが、もしローラ先輩の正体を話すことになったら夢那はどんな反応をするのだろうか。
そんなことを考えていると、遊歩道を歩いていた俺達の側の道路に、後方からやって来た一台の車が停車した。なんだか見覚えのある、しかも何度も乗ったような気がする黒塗りの高級車──そのドアを開いて、銀髪の少女が姿を現した。
「こんばんは、ダーリン。探したわよ」
そう言っていつにも増して明るい笑顔を浮かべて登場したのはローラ先輩だった。
だ、ダーリン……? 確かに今、ローラ先輩は俺に対してダーリンって言ったよな? そんなことを言うエレオノラ・シャルロワは俺にとっては解釈違いなんだが。
「こ、こんばんはシャルロワ会長……じゃなかった、先輩」
「フフ、そんなかしこまらなくてもいいのよ」
いつもよりローラ先輩が上機嫌そうに見えるのは気のせいか。その正体を知ってしまったからか、ミステリアスな雰囲気はどこへ行ってしまったのやら、大分印象が違って見える。
「どうもローラ先輩。わざわざ僕を探しに?」
「えぇ。アルバイトに忙しい貴方を茶化しに行こうかと思ったのだけれど、予定が立て込んでしまって結局見られなくて残念だわ」
コイツはわざわざノザクロに来て何をしでかすつもりだったのだろうか。以前のローラ先輩と比べるとまた違った緊張感がある。
「ノザクロにはローラ先輩におすすめメニューがありますよ。ダークマター☆スペシャルって言うんですけど」
「あら、月ノ宮名産の栄養ドリンクね。あれを苦手っていう人もいるらしいけれど、私は大好きよ」
本当だろうか。いつかローラ先輩に飲ませてやりたい。
ローラ先輩の正体を知った俺は彼女対してそこまでかしこまった対応もすることなく、今までと比べると大分気楽に接していた。だがそんな俺とローラ先輩の様子を見ていた夢那が不思議そうな表情をしていた。
「折角ですしローラ先輩、一日だけでもノザクロで働いてみませんか? シャルロワ家の当主なんですし社会勉強として経験するのも良いと思いますよ」
「あら、確かあそこの制服ってメイド服よね? しかも結構スカートも短めの。大切な恋人にそんな破廉恥な格好をさせると、他の男が寄ってくるかもしれないけれど?」
「ハハ、ローラ先輩にそう気安く声をかけられるような輩はそうそういないと思いますよ」
それこそ俺ぐらいだろうな、ローラ先輩に気安く声をかけているのは。しかしローラ先輩がノザクロで働く姿は一日でも良いから見てみたい。いや、カフェの店員として働いている姿を見たいというよりかは、ただ単にノザクロの制服を着ているローラ先輩の姿を見たいってだけなんだが。
と、俺はローラ先輩と普通に接していたつもりだったのだが、俺達の関係の微妙な変化に気づいたのか、夢那はとうとう困惑した表情で口を開いた。
「だ、大分シャルロワ先輩と仲良くなったんだね、兄さん……えっと、シャルロワ先輩。不貞な兄かもしれませんが、どうか兄さんのことをお願いします」
「えぇ、安心なさい。私が責任を持ってかわいがってあげるわ」
以前のローラ先輩がそう言っていたなら怖い意味でのかわいがりに聞こえてしまうが……いや、今のローラ先輩がそう言っても怖いものは怖い。コイツは何だか俺のことをおもちゃにして遊びそうなんだもの。
「あの、ボクが何か飲み物でも買ってきましょうか?」
「あら、じゃあ私はココアで」
「兄さんもそれでいい?」
「うん、ありがと、夢那」
夢那は俺とローラ先輩と一緒にいる空間に耐えきれなくなったのか、近くにあった自販機の方へと駆けていった。
するとローラ先輩は夢那が俺達から離れたのを見計らって、不気味なほどニヤニヤしながら口を開いた。
「あぁ~夢那ちゃんったらすっかりお兄ちゃんのこと大好きになってる~愛されてるのね貴方~」
普段の落ち着いた雰囲気からは考えられない気持ち悪い声で俺の背中をバンバンと叩きながら言う。
急にキャラ変わったな。
「うるせーよ。俺と夢那の関係をこうしてくれたのはお前だろうが」
「良いわね~ボクっ娘の妹で兄さん呼びだなんて~私もこんな妹欲しかった~」
「じゃあ自分で作ればよかったんじゃね?」
「ハッ。貴方と籍だけでも入れたら夢那も私の妹になる……?」
「仮初めだろうがそんな関係」
元々俺はネブスペ2のキャラとしての夢那というキャラを知っていたが、今は俺の妹なんだと認識できるようになってきていた。自分の妹のエッチなイベントを見た前世の記憶は殆ど思い出さないようにしているが、クリスマスイヴのイベントの前後で夢那から俺への感情がどんどん強くなっているように感じる。
「ねぇどうなの? 妹と禁断の恋をするつもりはないの?」
「だからないって言ってんだろうが。アンタは夢那をどうしたいんだよ」
「……ガチ照れしてる顔が見たい!」
「それは俺もちょっと思う」
まさか意見が一致するとは思わなかったが、夢那が俺の言葉でガチ照れするとは思えない。喜ぶ姿は想像できるが、照れるってのはちょっと違うしなぁ……どうやって夢那を照れさせようかとちょっと考えていると、飲み物を買い終えた夢那が俺達の元へと戻ってきて、キャラ崩壊していたローラ先輩もいつもの落ち着いた雰囲気へと戻った。
「シャルロワ先輩、兄さん、ココア買ってきたよ」
「ありがとう、気が利くのね」
「後、好物だとおっしゃってたのでこれも買ってきました」
夢那の手には、とても飲み物とは思えないどす黒い液体……月ノ宮名産であるダークマター☆スペシャルが入った瓶が握られていた。
確かにさっきローラ先輩はこれを大好きって言っていたから、夢那は気を利かせたつもりで買ってきたのだろうが……それを受け取ったローラ先輩の笑顔は、あまり喜んでいるようには見えなかった。
「あ、ありがとう。後でありがたくいただくわね。
それとこの後、少しお兄さんを借りても良いかしら? 家に招いて話したいことがあるの」
「帰してもらうのは明日の朝とかでも良いですよ」
「明日の昼までに帰ってこなかったら何かしらの事件性を疑ってね、夢那」
ローラ先輩もまだ夢那に対して前世のことを伝えるのは考えていないようで、俺は海岸で夢那と別れると、ローラ先輩と一緒にシャルロワ家の車に乗って彼女の別荘へと向かった。
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