最後の一日編⑪ 未完成のシナリオ
俺はまたローラ先輩の別荘にある彼女の自室に招かれて、彼女が出してくれたココアを飲みながらこの世界で起きた様々な異変について改めて説明した。昨日はまだローラ先輩の正体を知らないまま説明したから所々ぼかした部分もあったが、今回はネブスペ2の原作で本来起きなかったイベント、第二部の主人公であるアルタの代わりに俺が記憶喪失になってしまったこと、第三部の主人公である一番先輩の代わりに俺がローラ先輩の恋人になってしまったこと、さらには朽野乙女、琴ヶ岡ベガ、アントニオ・シャルロワの消失などについて話した。
こればかりは夢那やテミスさんに相談しても何も解決できなかったことであるため、いわば原作者的立ち位置にあるおでんちゃんことローラ先輩ならその原因がわかるかもしれない。ただ気になるのは……その数々の異変にローラ先輩も絡んでいることだろうか。
「さて、貴方は自分の死を回避するために日々奮励努力しているところだと思うけれど」
「おかげさまでな」
俺の説明が終わると、ローラ先輩はココアが入ったマグカップに口をつけた後、フゥと息をついてから口を開いた。
「どうして、私と貴方はこの世界に転生したと思う?」
何故、俺達がネブスペ2の世界に転生したのか?
原作者とも言うべきシナリオライターであるおでんちゃんはまだわかる。だが俺は一介のエロゲプレイヤーに過ぎない。他にもネブスペ2を全クリした紳士達はまだまだいるはずだし、俺の前世で何が起きたのかわからないが、『死んでしまったから』と仮定すればあり得るかもしれない。
「意味か……せめて主人公やヒロインの誰かに転生できたなら俺も嬉しかったが、どうして烏夜朧だったのかは未だにわからないな。お前はそんな立派なお嬢様になりやがってるのによ」
「前世での行いの差ね」
「うるせーよ。単純に外れガチャだったのかもしれないが、神様の気まぐれとしか思えない」
神様の気まぐれでエロゲ世界に転生することが出来たなら喜ばしいことではあるが、どうしてよりによって烏夜朧なんだと文句を言いたくなる。
目の前には烏夜朧に数々の困難を与えてきた張本人がいるわけだが、ローラ先輩は口に手を当てて笑顔を浮かべながら言う。
「これを偶然と捉える? 一方はネブスペ2をこよなく愛するエロゲプレイヤー、そしてもう一方はこのゲームをこよなく愛したライターよ。私も貴方も、この世界について知り尽くしている人間のはず。
でも、今は私達ですら知り得ない出来事が立て続けに起きているわ」
前世の『俺』という意識が現れてから、この世界では本来のネブスペ2では起きないイベントが何度も起きている。それは俺という異物がこの世界に紛れていたからだと思っていたが、どうやらローラ先輩本人にとっても想定外だったようだし、それらの出来事にはローラ先輩も関わっている。しかし彼女はそれらに触れることなく話を進める。
「前世の私は初代ネブスペの成功もあったから、このネブスペ2にはかなり力を入れていて、大ヒットするだろうって自信を持っていたの。だからアペンドだとかスピンオフ、さらには続編まで構想を練りに練っていていたし、実際にプロジェクトとして進んでいた。
でも貴方の話を聞くに、突然開発チームは解散してネブスペ2のアペンドすら出ることはなかった……そうよね?」
ヒットしたエロゲというものは大抵アペンドディスクというDLCが出たり、コミカライズやノベル版、さらにはアニメ化までするものもあるし、全年齢向けにリメイクしてCS機へ移植されることもある。
「あぁ。何の前触れもなく、だ。俺が好きだったイラストレーターさんすらSNSを更新することもなかったな」
しかし俺の前世におけるネブスペ2は発売されてエロゲにしてはかなりのヒットを見せたものの、突如としてネブスペ2を開発していた美少女ゲームブランド『田楽』は解散したのだ。昨今のエロゲ業界も縮小して倒産するブランドも少なくないが、田楽は倒産ではなく解散だ。公式HPでもその詳細は明らかにされないままだったためネットでは様々な憶測が飛び交ったが、俺を含めたネブスペ2をこよなく愛する紳士達はかなりのショックを受けたものだ。
「つまり、私は死んだってことかしら?」
「そればかりは俺だってわからない。俺も何があってこの世界に来たのか覚えていないぞ」
「まぁ自然に考えるなら転生したってところかしら。そのケースだとは限らないけれど、同じ夢を見ているとも思えないもの。
私が何らかの事故や事件によって死んでしまって、私という大黒柱を失った仲間達は散り散りになった……そう考える方が自然かしら」
自らを大黒柱と呼ぶぐらいには中々の自信家らしいが、ローラ先輩、いや彼女の皮を被ったネブスペ2のシナリオライター、おでんちゃんが亡くなったというニュースは聞いたことがない。だが、元々仲間内のサークルをきっかけに始まったなら、彼女を失ったことで散り散りになった可能性もなくはないのだろうか。
じゃあ、仮に冥界の神が実在するというならば、どうして俺と彼女をこの世界に送り込んだのだろう?
「俺とアンタがこの世界に送り込まれたのが偶然じゃなくて必然だったなんて、だとしたら何のために?」
俺がローラ先輩にそう問うと、彼女は口に手を当てながらその聡明さを漂わせる真剣な表情で口を開く。
「私が構想していたアペンドも続編も何もかも、結局前世では発売されていない。つまり私の頭の中にだけ存在するということだけど、いわば未完成という状態なのよ、このゲームは……いや、この世界は」
一定の人気が出ると続編なんかが発売されて、前作の主人公やヒロインのイチャイチャっぷりが醸し出されたり、何度もアペンドが発売されて攻略できるヒロインの数がねずみ算のように増えていくこともある。
俺は前世でネブスペ2を完全攻略したが、そこで終わりではなかったのだ。
「そこでネブスペ2の世界に召喚されたのが、私と貴方。私達の役目は……ネブスペ2を、いや
しかし、俺達はこの世界を現実と捉えて生きている、紛れもなくこの世界の住人だ。この世界にも人類が生きた歴史があり、遥か彼方の宇宙で高度な文明を築いていたネブラ人が存在し、そんな宇宙人と共生している地球がある。多少の歴史は違えど、この世界にも確かに過去が存在し、そして未来がある。それは、作中で描かれている範囲を超えて。
「私は、ネブスペ2ではあえて直接初代の主人公やヒロイン達を登場させなかった。精々噂話とかでその存在をちらつかせていたぐらい。
彼女達をもう一度ヒロインにするつもりはなかったけれど、アペンドでさらに攻略ヒロインを増やして、初代のキャラ達もシナリオの関わらせて、初代から続く
それは私の頭の中でしか存在しなかったはずだけど、その世界が現実になろうとしている。私達が目指すべきは、この世界の完成……どう? 楽しそうだと思わない?」
俺は一介のエロゲプレイヤーに過ぎない。だが俺の目の前にいるローラ先輩、いやおでんちゃんはこの世界を作り上げた張本人だ。今まで俺はそんな可能性を一ミリを考えてこなかったが……元々ネブスペ2に用意されているトゥルーエンディングを超える大団円エンディングへ進むことが出来るかもしれないと考えると、ちょっとワクワクする。
だがしかし、俺にはそんな幸せな結末は想像できなかった。
その原因は……行動が予測不可能なローラ先輩の存在があるからだ。
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