最後の一日編⑨ この私を簡単に攻略できるだなんて思わないことね!



 Nebula'sネブラズ Spaceスペース2ndを開発した美少女ゲームブランド、『田楽』。前世でゲーム雑誌か何かのインタビュー記事では、大学時代の友人達で立ち上げたサークルが始まりだったという。当初は共通の趣味だった作品の二次創作の同人ゲームを即売会などで販売していたが、オリジナル同人ゲームとして即売会で発売した『α』が注目を集めたことをきっかけにさらにメンバーを集めて『田楽』を立ち上げたとのことだ。


 そんな『田楽』に所属するライター、おでんちゃんはインタビュー記事で『やっぱり女の子が凌◯されている姿が一番ですよ!』と豪語しているやべー奴だったが、意外にも息を潜めているのか田楽の作品にはあまりそういった場面は見られない。逆に見えないのが怖い。

 なんて若干マイナスなイメージも持っていたが、そんなおでんちゃんが作った作品に前世の俺がハマっていたというのも事実。そしてその張本人が、今俺の目の前に、ネブスペ2に登場するエレオノラ・シャルロワに転生した姿で存在するわけだが──。



 「私が作ったゲームを遊んでくれてありがとう! どうだった? ていうか貴方の口ぶりを聞くに全クリしたってことね?」

 「したよ! 散々楽しませてもらったよ!」


 普段はミステリアスでどこか妖艶な雰囲気を纏っているローラ先輩。以前遊園地に行った時に彼女の無邪気な姿を見ることが出来て感動していたが……今、俺の目の前にいるローラ先輩は完全にキャラが崩壊している。中に入っている化け物のせいで。


 「貴方はどのキャラが一番好き? あ、私って言ってたわね。じゃあ誰を一番おかずにしたの?」

 「エレオノラの格好してるのにそんなこと言うな! イメージが崩れる!」

 「で、誰なの?」

 「お前だよ! アンタが作ったアンタのシナリオが一番良かったよ畜生め!」


 俺は一体何の暴露をさせられているんだ! 自分の同士を見つけられたとなったら俺は喜んでいたはずなのに、こいつエロゲプレイヤーじゃなくて作った側なんだよ! なんでよりによってローラ先輩に転生してるんだコイツ!

 様々な感情が入り乱れて混乱し、半ばやけくそになってしまっている俺に対して、ローラ先輩の皮を被ったおでんちゃんは尚もニヤニヤしながら俺を問い詰める。


 「ねぇねぇ、折角この世界に転生したんだから色々イイこと出来た? ファーストキスの相手は誰?」

 「ムギだよ」

 「え、ムギちゃん!? 君の方から?」

 「いや、向こうから」

 「えぇっ!? まさかあの子がそんな大胆なことをするなんて……超推せるんだけど~」


 うるせぇなコイツ。

 何だかすっかり高貴なお嬢様キャラが吹き飛んで自分のキャラに限界化している変人になってしまったローラ先輩に俺は幻滅してしまっていたが、まぁ仲間が出来たと思えば万々歳だ。少なくとも、本来のエレオノラ・シャルロワというキャラよりかは話しやすい相手である。


 「なぁ、一応聞いとくがアンタって前世も元々女だったのか?」

 「そうよ」

 「……何かのインタビューで女の子を凌辱するのが趣味ですみたいなことを言っていた奴と同一人物なのか?」

 「あったね、そんなことも。本当はウッキウキで凌辱モノを書きたいですって志願してたんだけど、どうしても流行りの泣きゲーっぽいの作りたいってせがまれちゃってさ~」


 そうか、何かローラ先輩の中に男が入ってなくて若干安心した。ウッキウキで凌辱モノを書きたがっている奴が中に入っているという点はこの際忘れよう。いらん情報だ。

 そんなおでんちゃんことローラ先輩はようやく興奮が冷めたのか、腕を組んで落ち着いた様子で口を開く。



 「ちなみに、他にこの世界に転生した人がいるか知ってる?」

 「いや、アンタが初めてだ。でも夢那やテミスさんは俺の正体を少しだけ知ってる」

 「そうだったのね。そういえば烏夜朧って夢那の兄だったわね、禁断の恋とかしてる?」

 「してねぇよ。俺の大事な妹だ……そういえばこの作品ってメチャクチャ姉妹とか双子とか多いけど、それもアンタの趣味か?」


 ネブスペ2に登場する姉妹や双子キャラは、アストレア姉妹、琴ヶ岡姉妹、そしてシャルロワ四姉妹と第一部から第三部まで揃っている。他にも姉や妹に限れば晴(大星の妹)、美月(美空の妹)、レギー先輩(カールの姉)、ルナ(レオさん、紬ちゃんの妹)、夢那(烏夜朧の妹)などなど、登場人物に占める妹ポジのキャラの割合が結構高い。

 ギャルゲに姉妹や双子が登場することは珍しくないが、そんな俺の質問に対してローラ先輩……いやおでんちゃんはクワッと目を見開いて興奮した様子で口を開いた。


 「貴方、ギャルゲにおける妹……いや姉妹の良さってのがわからないの!?」


 やべぇ、なんか変なスイッチ押してしまったかも。


 「良い!? 姉妹、特に双子ってのは好きなタイプだって似るものなのよ! 幼馴染だったり親友だったり側に好みの人がいれば、姉妹どちらも自然惹かれていくってわけ! しかし今まで仲睦まじかった姉妹が、好きな人を巡って仲違いする瞬間、これが最高なのよ!」

 「そ、そうか……」


 あまりの圧に俺は気圧されてしまったが、彼女の言うことはわからなくもない。わからなくもないのだが、そんなヒステリックな様子で言われると怖いわ。


 「な、なぁアンタ……前世は一人っ子か?」

 「そうよ! 悪い!?」

 「いや、俺も一人っ子だったから理解はする」


 だが肯定はしたくない。


 

 俺が押してしまった変なスイッチで興奮していたローラ先輩は再びココアを一口飲んで落ち着いたのか、ソファに座りながら姿勢を正して言う。


 「てゆーか君、今までよく生き延びてきたね。ホント感心するよ、烏夜朧ってメチャクチャ死亡イベント多かったでしょ?」

 「おかげさまで俺はアンタが作ったシナリオのせいで何度も殺されるところだったよ!」

 「ごめんって」


 テヘペロ☆とローラ先輩は自分の頭をコツンと叩いて、随分と舐めた誤り方をしてくれた。てめぇ見てくれがローラ先輩の皮だからって何でも許されると思うなよ。ローラ先輩らしからぬ可愛さに免じて今回だけは許してやるが。


 「実際どのくらい死にかけたの?」

 「……第二部の始まりで事故に遭ったし、カペラのバッドエンドでも死にかけたし、ネブラ人の過激派に襲撃された時もヤバかった」

 「それで昨日も紙一重だったというわけね。本当なら昨日起きるはずだったイベントで貴方は死んでいたはずなのに、よくもまぁメルシナを庇おうとするわね」


 当日に仮病でも使えばシャルロワ家のパーティーに行かずに済んだかもしれないが、誰かが死ぬとわかっているのに見殺しには出来なかった。


 「俺は死ぬ覚悟もしていたよ。どういうわけか矛先は俺じゃなくてメルシナの方に向かったが、まぁ結果的には俺もメルシナも生き残った。俺にとっちゃ奇跡だよ」

 「へぇ、大した覚悟ね」


 ローラ先輩が裏で手を引いていたというわけではないが、そのイベントを作ったのは紛れもなくローラ先輩の中にいるおでんちゃんとかいうふざけたエロゲライターだ。とはいえ彼女に恨み辛みをぶつけたところで何かが解決するわけではないし、どんな作品だって誰かが物語上で死ぬことは決して珍しいことではない。

 

 「じゃあ昨日、アンタは例のイベントが起きることを知っていたから、メルシナを助けに来たのか?」

 「貴方が遅れそうだったから、私が行くしかないじゃない」

 「俺は俺なりに頑張っていたつもりだよ」


 俺はそう言って大きな溜息をついた。結局昨日のイベントでメルシナが助かったのは、ギリギリのタイミングでローラ先輩が庇ってくれたおかげである。俺も今まで等か死線をくぐり抜けてきたが、ローラ先輩だってかなりの覚悟があったのだろう。

 俺が昨日助かったのも、ローラ先輩が転生者だったっていうのもあるのか……。


 

 ローラ先輩から衝撃的な事実を告げられて話し込んでいる間に結構時間も経っていて、もう夜も遅くなっていたため今日はお開きにして詳しい話はまた明日ということになった。


 「最近さらに冷え込んできたわね。貴方、そんなふざけた格好してるけど寒くないの?」

 「結構寒いぞ」


 別荘の玄関を出ると、日も沈んで凍てつくような寒さが痛みのように俺の体に襲いかかる。この寒さの中、俺はさらに自転車を漕いで帰らなければならないのだ。潮風もまぁまぁ吹いてるから厳しい夜だ。


 「なら折角だし、私の別荘に泊まっていく?」

 「え?」

 

 すると俺の正面に立っていたローラ先輩が俺の頬に触れると若干温かみが伝ってきて、そして彼女は妖艶な笑みを浮かべながら言う。


 「この世界で頑張ってきたご褒美に……私と、イイコトしてみない?」


 お、俺がローラ先輩と……イイコト?

 その瞬間、今までにないくらい俺の胸はドキドキしていたがそんなのも束の間、イイコトと聞いて色んな妄想を頭の中で広げていた俺の頬がいきなり強くつねられた!


 「いでででででででっ! いてぇって!」

 「なんて私が言うとでも思った? エロゲの世界の舐めないで頂戴」


 俺の頬をつねりまくったローラ先輩は満足げな笑みを浮かべていた。そうだ、コイツはローラ先輩じゃない。中には化け物が入っているんだった。


 「エレオノラ・シャルロワはわからないけれど、この『私』を簡単に攻略できるだなんて思わないことね!」


 ……ネブスペ2のラスボスことエレオノラ・シャルロワ。その中に魂を宿しているのは、ネブスペ2のシナリオライター、おでんちゃん。つまりこの世界を作り上げた張本人というわけだから、ネブスペ2の神と呼ぶべきか?


 「うるせーバーカ! 誰がお前なんて攻略するかー!」

 

 なんて捨て台詞を吐きながら俺は自転車に跨って、冬の夜の寒さなんて忘れて、一瞬湧き上がった熱を冷ましながら家へと帰っていた。


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