最後の一日編⑧ サンキューフォアプレイング
俺がこのネブスペ2というエロゲの中に転生してから(転生したことに気づいてから)およそ半年、一つの目標だった十二月二十四日を乗り越えることが出来た。
だが犠牲も大きかった。前世の俺の最推しだった朽野乙女や第二部のメインヒロインであるベガなど、明らかな異常によりキャラが消えてしまったり、恋愛面において俺がフラフラしてしまった部分もある。
だが十二月二十四日を乗り越えたとはいえ、ネブスペ2はまだ終わらない。第三部は来年の三月まで続くのだ。まぁゲームの方では結構ハイペースで進むからあまり長く感じないが、この世界を現実として生きる俺は三ヶ月もの間、様々なトラブルに思い悩むローラ先輩達と向き合わなければならない。
そして原作のネブスペ2が終わる三月以降、新年度の先の話なんて全く想像つかないのだ。
そして第三部が終わるまでの約三ヶ月間、きっと俺は忙しなく動いていただろう。鬼門だったクリスマスイヴを乗り越えたとはいえ、第三部にはローラ先輩というバーサーカーが存在する。今は俺が恋人として交流しているが、彼女が持っている闇を俺が制御できるとは思えないし、今後の展開が上手く進んでいくとも思えない。
ローラ先輩にこの世界の真実を教えるというのはかなりのリスクが伴うが、ここまで怪しまれてしまっては隠し通すのも不可能だろう。
「僕は、いや『俺』は……未だ夢心地という感じです。何故なら俺は、今日この場所にいるはずがなかったからです。
なので、これをまだ夢の中、白昼夢だと思って話します」
話が長くなると前置きして、俺はローラ先輩に説明を始めた。
烏夜朧、いや『俺』には前世の記憶が、いや人格があること。この世界は、前世の俺がプレイした美少女ゲーム……エロゲということは流石に伏せて、恋愛ADVである『
そのゲームに登場するキャラ、そして第一部から第三部までの全体のシナリオも丁寧に説明した。帚木大星、鷲森アルタ、明星一番ら主人公とそれぞれが攻略できる四人のヒロイン達の各個別ルート、そしてグッドエンドからバッドエンドまで余すことなく。
何も烏夜朧が原作で特別苦労しているわけではない。一番大変なのはシナリオの都合上様々な苦難に襲われるヒロインと、それを解決するために奔走させられる主人公達だ。烏夜朧は各バッドエンドで毎度のごとく巻き込まれて犬死にさせられるだけで、作中で表立って活躍することはなく、それこそ一番の功績はメルシナを庇って死ぬことだっただろう。
しかし俺は死にたくないから、その運命を避けるために色々と試してきたのだ。第一部ではローラ先輩の親友であるレギー先輩を助けることになったし、第二部では主人公であるアルタの代わりに記憶喪失になってしまい、とんでもなく困ってしまったことも話した。
そして更に想定外なことがもう一つ……この第三部において、烏夜朧がローラ先輩に告白されてしまったことだ。
「……ローラ先輩は、その界隈ではラスボスと呼ばれるほど恐れられています」
ネブスペ2においてローラ先輩ことエレオノラ・シャルロワというキャラがどういう立ち位置にあるのか、俺は包み隠さずにローラ先輩に話した。
どこか掴めない不気味な人物で、一周目ではグッドエンドに到達することは不可能、しかもそのグッドエンドはあくまでトゥルーエンドへの繋ぎで、ローラ先輩を完全に攻略しようとしたらさらに難易度は上がってしまう。しかしそれだけの苦労を重ねてきたからこそ、その牙城を崩したローラ先輩とのイチャイチャを楽しむことも出来るのだ。
俺がこの世界に転生してきた頃は半年後に迫る死の運命にかなり恐れていたが、この世界で色んなキャラと触れ合っていく中で、前世で自分が好きだったキャラ達のためなら死んでも構わないとさえ考え始めたのだ。
そのために第二部のヒロインの一人であり妹である夢那、スーパー占い師であるテミスさん達に俺の前世について明かし、協力してもらってきたこともローラ先輩に説明した。
俺にはもう恐れるものはない。願うのは、このネブスペ2に登場するキャラ達が皆幸せになること。
残念なことに、朽野乙女らの消失によってもうトゥルーエンドへの道は閉ざされてしまったが……。
「随分と長い話だったわね」
どのくらいの間ローラ先輩に説明していたのだろうか、俺の口はすっかり乾いてしまっていて、ホットココアを口にした。
この世界の住人にとってはかなり衝撃的な真実を明かしたつもりだったのだが、ローラ先輩は特に動揺した様子も見せず、涼しい顔で俺と同じようにホットココアを飲んでいた。
もしかして、聡明なローラ会長は俺の拙い説明で全てを理解してしまったのか? それともこの世界のカラクリが何か怪しいとか感じていたのだろうか。俺にとってはかなりリスクのある決断だったが、これが今後の展開に良い影響を及ぼしてくれたら良いのだが……勇気を出して俺の秘密を打ち明けたはいいものの、変な妄想をしている変人と思われてもおかしくない。
俺がそう覚悟しながら拳を握りしめてローラ先輩の反応を伺っていると、彼女はココアが入ったマグカップをテーブルの上に戻し、俺に不気味な笑顔を浮かべながら口を開いた。
「面白かったわ、貴方のおとぎ話」
おとぎ話、か。
ローラ先輩の洞察力はかなりずば抜けていたが、流石にこの世界がゲームの中だなんて信じられなかったのだろう。
今は恋人という関係にあるからかなり味方寄りのポジションだが、他ヒロインを攻略している時のローラ先輩の立ち回りは完全に敵だ。だがそんな彼女が俺の味方に、せめて何かしらの協力を取り付けられたら嬉しかったのだが、そう甘くはいかない──そう俺が少しショックを受けて肩を落としていると、ローラ先輩は突然俺に向けて人差し指をビシィッと向けながら言った。
「じゃあ、貴方が遊んだことがあるという
……。
……あれ? 俺ネブスペ2がエロゲだってローラ先輩に説明したっけ? それに関しては流石に隠したはずなんだけど、俺が途中でボロを出してしまっていたのだろうか。
俺は少し困惑していたが、そんな俺に構わずにローラ会長は先程のミステリアスな雰囲気とは打って変わって、意気揚々という様子で続ける。
「貴方はトゥルーエンドまで回収できたのね?」
「まぁ、はい」
「大星編は誰を最初に攻略した?」
「れ、レギー先輩ですけど」
「レギュラス・デネボラね……流石、私の幼馴染は伊達じゃないわね。私も予想外っていうぐらい人気出ちゃったけど、やっぱりオレっ娘属性に加えて所々に可愛い要素を入れたのが功を奏したわね。いつもは頼もしい先輩が時折見せる儚さや弱々しさは破壊力抜群……おかげで相対的にチュートリアルヒロインである美空の人気がなくなっちゃったのが残念ではあったけど」
……。
……この人、一体何の話をしてるんだ?
この状況を把握できていない俺は困惑していたが、ローラ先輩はさらに続ける。
「ちなみにアルタ編は誰を?」
「ワキアです」
「琴ヶ岡ワキアね。大抵の殿方はあんなに可愛らしい病弱キャラを出されたら攻略せずにはいられないでしょうね。自分を死へと誘う不治の病を背負っているのに、自分の闇を隠すようにいつも明るく振る舞う天真爛漫な彼女の健気さ、そしてそんな彼女が見せる儚さもたまらないでしょうね。やっぱり妹って正義なのよ、これはアカシックレコードにも刻まれている人類の真理だわ。オタク文化が作り上げた国宝レベルの最高傑作の一つね」
……。
……俺は、本当にローラ先輩というネブスペ2のキャラと会話しているのだろうか。
この体の震えは何だろう?
恐怖か、それとも……喜びか、衝撃と言うべきか。
「それで、一番編は誰を?」
「ロザリア先輩です」
「成程、ローザね。ローザはいつも子犬のようにキャンキャン吠えてやかましい子だけど、別に誰かの悪口を言うわけでもないし、言いたいことがあればちゃんと言える真っ直ぐな子だから信用しやすいってのもあるかもしれないわね。普段はツンツンしてるけど感情表現も豊かだし、あぁ見えてかなり勉強熱心で努力家だから応援したくなるのもわかるわ」
何か前世の俺の趣味がローラ先輩にバレてしまったのが恥ずかしいのだが、第三部に限ってはそうではない。
「でも、俺が第三部で一番好きなのはローラ先輩です」
前世でネブスペ2をプレイしていた俺がロザリア先輩を最初に攻略したのは、メインヒロイン的ポジションにあるヒロインのシナリオにはかなり期待しているから後回しにする、という俺のこだわりがあったからだ。
「へぇ、私ね」
……いや、多分『貴方』はローラ先輩ではないだろうけど。
「ちなみに、貴方は何周目で私を攻略できた?」
何周目、か。
ローラ先輩のグッドエンドを回収するためには最低でも第三部を数周する必要がある。ロザリア先輩、クロエ先輩、オライオン先輩の三人のグッドエンドとバッドエンドを回収し、そしてローラ先輩のバッドエンドも回収する必要がある。原作ネブスペ2ではキーワードの収集要素があり、それを全て揃えないとローラ先輩が最後に出す選択肢に正解出来ないのだ。
「俺は元々、他の恋愛ゲームでもメインヒロインは最後のお楽しみとしてとっておくんだ。やっぱりメインに立っているというだけあってシナリオに力が入っているだろうからな。期待外れだったことは何度もあるが。
でもエレオノラ・シャルロワの生い立ちを知って、早く彼女を幸せにしたいと思ったんだ。ゲームの中のキャラに対してそんな使命感を抱くなんて変かもしれないがな。
大変だったぜ、アンタを攻略するのは。絶対に正解っぽい選択肢があるのにわざと間違えろとか、自力で気づくのにどんだけ苦労したことか」
俺は恋愛ゲームでは余程攻略に行き詰まらない限り、攻略チャートなんて見ようとはしなかった。ゲームによっては親切なことにゲーム中にヒントがあったりもするが、それすらも極力使おうともしなかった。
あの時の苦労が今でも思い出されるが……そんな思い出を懐かしんでいる場合ではない。
「なぁ、教えてくれ。ローラ先輩……いや、ローラ先輩の皮を被ったアンタは、一体何者なんだ?」
俺が今話している、正面のソファに座っているローラ先輩は、ローラ先輩ではない。確かに俺がネブスペ2について説明はしたが、俺が教えていないことまで彼女は知っている。
まるで、元々ネブスペ2というエロゲを知っていたかのように。
「そうね。じゃあ、貴方の質問に答えてあげるわ」
ローラ先輩は姿勢を正して自慢の銀髪をサラリとかけ分けて、そして口を開いた。
「私はエレオノラ・シャルロワ。誉れ高きシャルロワ家の長女にして、その後継者。
でも、私の中で生きているのは……美少女ゲームブランド『田楽』のプリティー味噌煮込み田楽こと、おでんちゃん」
おでんちゃん……?
とても人の名前とは思えないその名を、俺はどこかで聞き覚えがあった。
「そう……私は前世の貴方がプレイして、数々のおかずを生み出したネブスペ2のシナリオライターよ!」
……。
…………。
………………え、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
え、この人開発者の一人? シナリオ書いた人ってこと? やけにネブスペ2のことに詳しいなと思ったから俺と同じように転生してきたエロゲプレイヤーかと思ってたんだけど!
ってかシナリオ書いた張本人ってことは、作中で俺を何度もこの世界から葬ろうとした元凶ってこいつじゃねーか!!
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