最後の一日編⑦ ローラ先輩の別荘
「いらっしゃい」
別荘の門で警備員の人に声を掛けるとシャルロワ家の使用人の方が俺を別荘の玄関へと案内してくれて、中に入るといつものクラシックロリィタファッションのローラ先輩が出迎えてくれた。
「メリークリスマスです、ローラ先輩」
「メリークリスマス。さぁ、中に入って」
俺は玄関に置かれたスリッパへと履き替えて、恐る恐るローラ先輩の後ろをついていった。
こうしてローラ先輩の別荘にちゃんと招かれたのは初めてだ。前回入ったのは完全に不法侵入だったし。
恋人の家に上がり込むだなんてこれ以上テンションの上がるイベントはないだろうっていうぐらいだが、俺はもうずっと緊張しっぱなしだ。別荘の内装は以前見た時と同じように質素というか、白や黒を基調としたモノトーンの落ち着いた装飾で、金ピカのゴージャスな雰囲気はない。
「ここが私の部屋よ」
「お、お邪魔します」
俺がローラ先輩の後ろをついていくとそのまま彼女の部屋に直接案内されてしまい、俺の緊張度が更に跳ね上がった。
恐る恐る俺が部屋に入って、最初に抱いた感想は……ひっっっっっっっっっっっっろ! いくつかのスペースが壁で区切られてはいるものの、俺の部屋の十倍以上はあるだろってぐらい広くて開放感のある部屋で、東側の壁はガラス張りとなっており、月ノ宮海岸を一望できる。壁に並んだ本棚には小難しそうな本がぎっちりと詰まっているし、俺の部屋にあるような漫画雑誌やゲームなんて俗なものは全く見当たらない、良く言えば高貴、悪く言えば娯楽のなさそうな空間だった。
「さぁそこに座って」
「失礼します」
部屋の中央にはまるで応接室かのようなスペースにはソファやテーブルが置かれていて、俺はふかふかのソファに座らせてもらった。
未だに緊張しっぱなしで動きがカッチカチな俺を見てローラ先輩はクスクスと笑うと、俺に言った。
「飲み物は何が良いかしら? ココアで良い?」
「あ、はい」
「じゃあ用意してくるわ」
使用人に用意させるのかと思ったが、ローラ先輩は俺を置いて部屋から出ていってしまい、俺はローラ先輩の部屋で一人ぼっちとなってしまった。
……これから一体何が起こるのだろうか。せっかく前世でネブスペ2を完全クリアしたのに、ここから先の展開が読めない。だって烏夜朧は本来、クリスマスを迎えるはずがないのだから。
今日は夜に大星やワキア達からクリスマスパーティーに誘われていたが、ローラ先輩に呼び出されてしまったためそちらは断った。俺も丁度ローラ先輩と話したいことがあったし、恋人との時間を大切にしたい。
前に俺を別荘に入れたくないと言っていたローラ先輩がどう心変わりしたのかわからないが、色々な不安が俺の頭をよぎる。
いや待て、ここは気楽に考えよう。こういう時ってタンスを漁って彼女の下着を探すものなのでは? 俺の頭の奥底に眠る古い恋愛漫画やアニメの知識がそう言っている。しかしそんなことをしたら流石に殺されそうだしな……そう思いながら俺は改めて、ローラ先輩の部屋の中を見回す。
ローラ先輩が自分の部屋にぬいぐるみだとか可愛らしい小物を置いているイメージは全くないが、それにしても飾り気がなさすぎるように感じた。ミニマリストというわけでもなさそうだし普段のローラ先輩もそんなに飾らない性格ではあるものの……この部屋はシャルロワ家のお嬢様であるローラ先輩が外向けに公開している空間のように思えた。
「お待たせ」
そんなことを考えていると、ローラ先輩がココアの入ったマグカップを盆に載せて部屋へと入ってきた。
「わざわざありがとうございます、ローラ先輩」
「良いのよ、ホストはゲストをちゃんともてなさなくちゃ」
そういえばローラ先輩もココア好きなのか。確か原作だと紅茶ばっか飲んでたイメージがあるのだがこっちも好きなのだろうか。ローラ先輩は俺の向かいのソファに腰掛けてホットココアを一口飲むと、俺に優しく微笑みかけながら口を開いた。
「さて、改めてメリークリスマス。誰かと二人きりでクリスマスを過ごすだなんて、不思議な感覚ね」
「僕もです。やはりローラ先輩は例年何かしらの行事があるんですか?」
「いつもなら親族一同で本邸に集まるのだけれど、今年は開かないわ。シャルロワ家の家訓に家族団欒なんていう言葉はないもの」
シャルロワ家の家訓ってどうなってんだろ。ネブスペ2原作でもシャルロワ四姉妹がたまに口に出すのだが、結構俗っぽい決まり事ばかりなんだよな。はいは一回までとか、持ち物には名前を書きなさいだとか。
「ちなみに、ローラ先輩ってロザリア先輩達とクリスマスプレゼントを交換したりするんですか?」
「交換するのはメルシナぐらいね。私は枕をプレゼントして、メルシナからは香水をプレゼントされたわ」
ローラ先輩、ロザリア先輩、クロエ先輩の三人の間でプレゼントの交換をすることはない、と。昨日も全員がパーティー会場に揃っていたはずなのに、四人で話していた場面は全く無かったし、この四姉妹の関係は未だに歪だ。
そして俺の今の夢は、この四姉妹の仲を修復することなのだ。
「ではローラ先輩。僕からのクリスマスプレゼントです」
俺は持ってきた紙袋の中から、ローラ先輩へのプレゼントを取り出して彼女に渡した。クリスマスプレゼントらしくリボンで包装された小箱をローラ先輩が開けると──中には金色のイルカが刻印された白いブローチが入っていた。
「どうして、これを私に?」
「実は先程、ロザリア先輩には金イルカのイヤリングを、クロエ先輩には金イルカの髪飾りを、メルシナちゃんには金イルカの指輪をプレゼントしてきたんです。
流石に部位までお揃いだと恥ずかしがられるかと思ったので、部位だけ変えて金イルカで統一したんです。ローラ先輩達姉妹の仲が良くなりますように、と」
ローラ先輩達だけでなく、ネブスペ2に登場する多くのキャラが持っている、謎の金イルカのペンダント。八年前、ビッグバン事件が起きる直前の夏に誰かが彼女達との絆を繋ぐという意味でプレゼントしたものだ。
俺はシャルロワ四姉妹にはもっと仲良くやってもらいたい。きっとローラ先輩は嫌がるだろうが、嫌われてもいいとの覚悟でこのプレゼントを用意した。何なら俺が今日のために用意したプレゼントの中でも結構高かった方だ。
「……絵に描いた餅ね」
ローラ先輩はそう言って笑うと、俺が渡したプレゼントをテーブルの上に置いた。
「お気に召さなかったでしょうか?」
「いえ、全然。むしろ感心しているわ」
意外にも好感触ではあったがすぐにブローチを付けようとはしてくれない辺り、まだ抵抗があるのだろう。しかし以前のローラ先輩なら俺に何かしらの罵倒の言葉をぶつけていたことだろう、それこそ『愛なんてバカバカしい』という風に。
するとローラ先輩は再びホットココアに口を付けると、俺に微笑みかけながら言う。
「でも……今の貴方は、私に何か聞きたそうな顔をしているわね?」
そう。
俺はただ、ローラ先輩に招かれたから、そしてただクリスマスプレゼントを渡しに来るためにここへやって来たのではない。
「改めて、昨日はありがとうございました。ローラ先輩がいなかったら僕の目の前で悲劇が起きていたことでしょう」
十二月二十四日、俺は本来死ぬはずだった。しかしこれまでの俺の行動が功を奏したのか、メルシナに危険は及びかけたが無事に乗り越えることが出来た。
俺はその運命の一日を乗り越えられたのだから、もっと喜ぶべきかもしれない。だが、俺は昨日の一連の出来事の中で一つ疑問に思うことがあった。
「昨日、メルシナちゃんを銃弾から庇おうとしたローラ先輩の行動は、かなり勇気のあるものだと思います。
ですが……ローラ先輩は、あの事件が起きることを予測されていたのではないですか?」
『安心なさい。もう大丈夫よ』
昨日、俺が一瞬だけ感じた違和感。
あの時のローラ先輩の言葉は、烏夜朧にかけられたものだとは思えなかった。
昨日、十二月二十四日という運命の一日に怯えていた『俺』自身にかけられたように思えたのだ。
しかしローラ先輩は目をつぶりながらフッと笑って言う。
「面白い考えね。じゃあ貴方の質問に答える前に……私も、貴方に対してずっと気になっていたことがあるの」
「何でしょうか?」
テーブルを挟んで向かいのソファに座るローラ先輩は目を開くと、不気味に微笑みながら話し始める。
「昨日のパーティーの終わり、貴方は何やら必死そうな様子でメルシナを探していたわね。トイレでの事件もあったから焦っているのかと思ったけれど、死体を目の前にした割には貴方の行動は冷静過ぎたように思えたの。
そもそも昨日、パーティーが始まった時から貴方は妙にソワソワしていたわ。そして必死にメルシナを探している姿は……さもあの事件が起きるのを知っているかのようだった」
そうか、ローラ先輩視点だと俺の様子も大分おかしかったかもしれない。俺はメルシナが何かしらの危険な事態に巻き込まれるだろうと予測していたから、真っ先に彼女を探していたのだ。
「前にも貴方に聞いたけれど、時折、貴方はまるで想像もつかないような使命感を持って、まるで未来を予知しているかのように行動しているように思えるの。
数ヶ月前まで、レギーから伝え聞いていた貴方の印象なんて、己の欲望に忠実に生きる、ただのバカ正直な人間だと思っていたわ。でも最近の貴方を見ていると、どういうわけかずっと何かに奔走している……自分の身もなりふり構わず、何かの使命感を持って誰かを助けようとしている」
そうだ。確かに俺はローラ先輩から何度か予言者なんじゃないかと疑いをかけられている。俺は答えをなんとなくはぐらかしていたが、やはりローラ先輩ぐらい聡明だと何か違和感に気づくのだろう。
「昨日、貴方がメルシナを探し回っていたのは何故?」
出来れば、俺の正体については出来るだけ話したくない。特に今後のストーリー展開に大きく関わるヒロインの一人には。
「貴方は、私達の行く末を知っているの?」
しかし、今や恋人となったローラ先輩に隠し事をするのは良くないだろう。
「──烏夜朧。貴方は一体何者なの?」
ローラ先輩は正面に座る俺の目をジッと見据えて、そう言った。
やはり、俺はローラ先輩に敵いそうにない。この人を相手に隠し事をするなんてこと自体が無謀だったのだ。
俺は決心した。軽蔑されるのを覚悟で、俺の正体をローラ先輩に明かそう。
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