これ以上の地獄はない
十月二十九日、今日はムギ・アストレアの誕生日だ。
ムギの名前はうしかい座の一等星アークトゥルスの和名麦星にちなんでおり、十月二十九日の誕生星がアークトゥルスなのである。まぁ誕生星なんて誕生花や誕生石ほどメジャーな言葉ではないが。
両親の再婚によって姉妹となったアストレア姉妹は表向き双子と称しているが、実際に血は繋がっていないし誕生日も違う。だが二人が実の双子ではないと知っているのは一部の人間のみのため、二人一緒に誕生日パーティーを開催することとなったのだ。
ちなみにスピカはその名の通りおとめ座の一等星スピカにちなんでおり、スピカが誕生星なのは十月十六日。結構近い。
「というわけで皆にはデスゲームをしてもらうよ」
なんかすっごい不穏な一言でムギの誕生日パーティーが始まった。俺こんなところで死んじゃうの?
「で、デスゲームだと……!?」
「まさかムギがそんなことをするなんて……!?」
「いや朧、レギー先輩。何本気でやってんですか」
「さよなら、大星……晴ちゃんのことは一生大切にするから」
「おい美空、俺を犠牲にしようとするんじゃない」
スピカも苦笑いしているし流石に余興なのは俺もわかっているが、今日のパーティーの主役がそう言っているんだから好きにさせよう。
今日は主役のスピカとムギ、そして大星、美空、レギー先輩、俺、大星や美空の妹である晴や美月、俺の妹の夢那、そして近所ということでベガとワキアもやって来た。
「じゃあ皆、私が持ってるこの割り箸を引いて」
「これ王様ゲームだろ」
「もしかして印ついたのを引いた人が死んじゃうやつ?」
「そんな簡単に殺されてたまるか」
各々ムギが握っている割り箸を引いていく。割り箸の先には番号が振られていて、俺は5番だった。そして王様の暁である赤い印のついた割り箸を持っているのは……美空だった。
「どうする? 最初はやっぱりジャブでいく?」
「美空ちゃんの言うジャブは中々当てにならないけど、優しいので頼むよ」
「じゃあね……2番と9番がハグ!」
これで優しめなんだ。俺は5番だから関係ないが……するとレギー先輩と美月が手を挙げた。
「さぁどうぞ、レギュラス先輩!」
「な、なんか美空の妹と思える迫力があるんだが……い、いくぞ?」
そしてレギー先輩と美月がハグを交わした。何このただの微笑ましい構図。
「月学に入学したら演劇部に入れよ~オレは卒業するけど顔を出しには来るからな~」
「私は天文部に入ります」
「そんな~」
ただただ微笑ましいだけだった。そもそも男女比が2:9だから大体5分の4ぐらいの確率で女子同士になるよな、この王様ゲーム。それ王様ゲームとしての盛り上がりに欠けないかなぁ。
そしてもう一度くじを引き直し、俺の番号は1番だった。そして王様はワキアだ。
「これってどこまでがセーフ?」
「さきっぽまでなら」
「やめとくんだムギちゃん」
「じゃあ……3番が7番の耳に息を吹きかける!」
中々レベルを上げてきたな。そして手を挙げたのは……なんとスピカとムギだ。
「なんでこんなことに……」
「じゃあいくわよ、ムギ」
「ちょっと待って、まだ準備が──」
「ふっ」
「ひょわあっ!?」
恥ずかしがるムギに対して意外と乗り気なスピカが、容赦なくムギの耳に息を吹きかけた。なんか今のスピカ、すっごい悪い顔してる。本日の主役同士で何やってんだ。
そしてくじを引き直し、今度の俺の番号は11番。王様はムギだ。
「じゃあそろそろ行こうじゃないか……8番と11番が……キス!」
え、一方俺じゃん。これ相手が美空とか夢那だったら凄く嫌というか気まずいから、それ以外の面子であってくれ──。
「俺だ……」
俺と同時に手を挙げたのは、大星だった。
「ぶふっ」
誰かが吹き出した声が聞こえた。
ははーん。これ最悪のパターンか。なんでここで唯一の男子コンビが当たっちゃうんだよ。
「凄い確率ですね」
「奇跡だね、これ……」
「もしかしてBL展開ある?」
「え、じゃあ大星が朧っちに寝取られちゃう展開ってことこれ?」
「つまり私の烏夜先輩が帚木先輩に寝取られる……?」
「え、マジでやんの?」
俺と大星は意を決して向かい合う。
……この世界に転生して怖い体験は色々とあったが、こんなにも嫌な気分になったのは初めてだ。
「大星……僕は君のことを善良な人間であると信じているけど、今ばかりはものすごく嫌いだ」
「あぁ、俺も同じくだよ朧。お前さっき何か食ったか?」
「チキンステーキとロールキャベツとハッシュドポテトを……」
「成程な。俺はチキンライスとからあげと杏仁豆腐を食ったから、それら全てが混ざりあった味がするぞ」
「最悪だね……」
大星は最早死んだような目をしていたが、今日の主役であるスピカとムギが割と待ち遠しそうにしているからやるしかないのか。いや、もしこれがバタフライエフェクトになって何かしらのバッドエンドが回避できるなら、俺も腹を決めよう。もうそう思うしかない。
そう意を決して、俺と大星はキスを交わした──。
「スピーちゃん、ムギーちゃ~ん、ママが帰ったわよ~」
その時、客間の扉を開いてスピカとムギの母親であるテミスさんが入ってきた。そして大星と俺がキスを交わしているという衝撃的な場面を目にして、テミスさんは目をパチクリとさせて一言。
「あら……お取り込み中だったかしら?」
神様。どうか俺の寿命を伸ばして下さい。
テミスさんもパーティーに合流し、参加者達からスピカとムギへ誕生日プレゼントが渡された。俺はいつもサイドテールの髪型の二人にお揃いの白黒の星柄のリボンをプレゼントした。
そうやってお祭りのような雰囲気を楽しんだ後、夢那には会場に残ってもらって俺は大星とキスを交わした影響でお腹を下したということにしてパーティー会場から抜け出し、テミスさんの部屋へと向かった。
いつもは部屋の中央に置かれた机の上の燭台に明かりをつけるのだが、今日はいつも閉じられている部屋のカーテンが開かれ、窓の外から月明かりが差し込んでいた。
「最近、空がおかしいのよね」
「え?」
俺は中央に置かれた机の前にある椅子に座っていたが、テミスさんは窓の側で星空を眺めていた。
「なんというか……これはあくまで私の感覚的なものだけど、なんだか星空がざわついているように感じるの」
「星達が何かざわついているってことですか?」
「う~ん……何か新しい占いに活かせないかと思ったけど、私にもよくわかんないのよね」
俺はもうテミスさんが言うことなら何でも信じるが、テミスさんが感じるその感覚は一体なんだろうか。俺も月学でちょっと天文学を学んだり趣味で調べたりすることはあるが、前に大星達と天体観測をしても何も違和感を感じることはなかったし、今度望さんに何か聞いてみるか。
「さて、本題ね。まず結論から言うと、流石にこの世界から存在ごと消えた人の痕跡は辿れないわ。どれだけ占っても、ボロー君が探している子は見つからなかったわ」
「そうですか……」
数日前、朽野乙女はこの世界から消失した。『死亡』や『行方不明』というわけではなく、彼女の両親も含めてそもそもこの世界に存在しなかったことにされたのだ。俺は乙女から手紙が届いてすぐにテミスさんに連絡し、テミスさんは忙しい仕事の合間を縫って乙女のことを調べてくれていた。
こんな恐ろしいことがあるだろうか? 俺が今までその幻影を追いかけていた少女は本当に幻だったというのか?
この世界で乙女の存在を知っているのは俺だけだ。もしかしたらいつか、俺も乙女のことを忘れてしまうかもしれないが、それだけは避けたい。
「かなり不思議な現象ね。これは何の論拠もないから私の妄想話として聞いてくれて構わないけれど、私が前に仮説として出した『この世界がボロー君の死を望んでいる』って可能性はなくなったわね。もし本当に私達が知らない高次元的存在がボロー君をどうしても殺したいのなら、ボロー君の幼馴染みたいに強制的にこの世界から消してしまえば良いんだもの」
この世界が意思を持っている、か。突拍子な発想だが、この世界は元々
だとしたら御免被りたいぐらいだが。
「ボロー君はまだその子のことを覚えているのでしょう? じゃあ、ちょっとボロー君の記憶から探らせてもらっていい?」
「そんなこと出来るんですか?」
「えぇ、それぐらいなら」
なんかテミスさんって色んなことをいとも簡単にやってのけるけど、この人本当に占い師か? 多分それを通り越して超能力者みたいな存在になってると思うんだけど。
テミスさんは机を挟んで俺の向かい側に座って、そして机の上に置かれた水晶玉に両手を乗せるよう俺に指示した。俺が手を乗っけると、その上からテミスさんがさらに手を被せてきて、俺は目を閉じ──テミスさんの占いが始まった。
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