シャルロワ四姉妹
十月二十八日。星河祭が目前に迫る中、午後の授業もなくなり月学の生徒は各々準備に大忙しだ。
そんな中、生徒会に雇われたボランティアとしてせこせこと働いており、生徒会副会長の一番先輩と一緒に体育館を訪れていた。
「あれ、朧に明星じゃねーか。どうしたんだ?」
体育館の舞台上では演劇部がリハーサルをしているところで、演劇部部長であるレギー先輩がメガホン片手に指揮をとっているところだった。
「どうもレギー先輩。練習の方は順調ですか?」
「おうよ、演劇部として過去最高の舞台にするぜ」
「デネボラ、やはり体育館の使用スケジュールがかなりカツカツなんだが舞台の小道具とかどれくらいで撤去出来そうだ? 出来るだけ圧縮したいんだが」
「あー、じゃあ舞台からはけるための練習もするかぁ」
一番先輩とレギー先輩が話してるのを見るの、なんだか新鮮だ。やはり第一部のヒロイン勢は第二部以降殆ど出番がなくなるが、第三部は同じ三年生が登場人物だから結構レギー先輩も出てくる。しかも第一部でレギー先輩ルートをクリアしていると、第三部に出てくるレギー先輩がかなりデレデレしていて面白かったりもする。
ていうかレギー先輩がデネボラって呼ばれてるのもかなり珍しく感じる。
「あ、そうだ。二人共、ちょっと時間あるか? ちょっと声を撮ってほしいんだよ」
「声を?」
「劇中にモノリスがぶっ刺さってるシーンがあるんだが、低音で不気味な感じの音が欲しいんだよ」
モノリスがぶっ刺さってるって、何かの映画で見たことあるぞそれ。あの時に流れてる変な音楽を撮るつもりですかレギー先輩。
「ど、どんな感じで声を出せば良いんだ?」
「なんだかなぁ、超次元的な存在に恐れおののいている感じの悲鳴が欲しい」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?って感じですか?」
「それどうやって発音してんだ」
俺と一番先輩で色々と試してみたがレギー先輩の納得行くような声を収録することは出来ず、もしかしたらそういう悲鳴をいくつか録音しているんじゃないかと一番先輩の発案で俺達はオカルト研究部の部室へと向かった。
「うわぁなんだこれ」
星河祭に向けて出展の準備が進むオカルト研究部の部室は黒いカーテンが閉められ、そして入口には『閲覧注意』という但し書きが。
確かオカルト研究部の出展は『心霊体験』をテーマにしているらしいが……なんか入ったら呪われそうだ。俺は入るのを躊躇ったが、一番先輩とレギー先輩に背中を無理やり押されてその扉を開いた。
「ようこそ、オカルト研究部へ」
そう言って俺達を出迎えたのは、ゆるふわパーマな感じの銀髪の少女。部室の奥では他の部員達がモニターに表示された心霊写真について討論していた。
「お久しぶりですね、クロエ先輩。僕のこと覚えてます?」
「うん。ゲーセンマイスター」
「いや別にマイスターってわけじゃないんですけど」
第三部のヒロインの一人、クロエ・シャルロワ。まだ幼気な感じが抜けないが一個上の先輩で、そしてこの人もシャルロワ家の方である。前にベガとゲーセンに行った時にUFOキャッチャーで景品を取るのを手伝ったことがある。
「よぉクロエ、ちょっと探しものがあるんだけど良いか?」
「うん。当ててみるよ……レギーは今、病院系の心霊写真を探してるね?」
「いやそれは本当に怖いからやめてくれ」
こうして見ると同じシャルロワ家といえど、会長、ロザリア先輩、そしてクロエ先輩は全然キャラが違う。会長はいかにもご令嬢って感じだし、ロザリア先輩は強気で威勢も良いし、クロエ先輩は大人しめでクールというかどこか掴めないキャラだ。
レギー先輩が劇で使う良い悲鳴がないかとクロエ先輩に提案すると、部室内の置かれている棚の中からクロエ先輩はいくつかのカセットテープを持ってきた。今ならスマホなんかでも音声も動画も撮れるが、カセットテープというのがなんとも怖い雰囲気を醸し出している。
そしてクロエ先輩は年代物らしいラジカセにカセットテープをセットすると、収録されていた音声が再生される。
『ぎゃあああああああああああああっ!?』
「うおおおおおおおおおおっ!?」
「なんでレギー先輩がびっくりしてるんですか」
「そりゃ驚くだろこんなの! お前達はどうしてそんな平然としてられるんだ!?」
「所詮作り物だろう」
一番先輩はオカルトとか全然信じない人だから、意外とこういうのにはビビらない人だ。俺もちょっとはびっくりしてるけど、やっぱりレギー先輩の反応を見てるのが面白い。
「これはね、ロザリアが家のタンスの角に小指をぶつけた時の悲鳴」
「全然ホラーじゃない!?」
「だがリアルな痛みが襲ってくるな……」
なんでそんなものをわざわざ撮ったんだって話だが、クロエ先輩はさらにカセットテープをセットして再生する。
『ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!?』
「ぬわああああああっ!?」
「レギー先輩、ビビリ過ぎです」
「これもロザリアの声か?」
「うん。これはね、家の中に出たクモに驚いた時のロザリアの悲鳴」
だから悲鳴のジャンルがちょっと身近過ぎるというか、それはそれでリアル過ぎてちょっとゾッとするんだよ。
その後もカセットテープに収録された、ロザリア先輩の色々な種類の悲鳴を俺達は聞かされた。びっくり箱に驚いた時の悲鳴、悪夢から目覚めた時の悲鳴、突然脇をくすぐられた時の悲鳴、背後から首に冷たい手で触られた時の悲鳴……さてはクロエ先輩、日頃からロザリア先輩を使って遊んでいるな?
「このロザリアコレクションを同時に再生するとこんな感じ」
『くぁwせdrftgyふじこlp!?』
「なんて言ってるんだこれ」
「これにさっきの朧の声をリミックスしたら良い感じになりそうだな」
「これで良いんですか!?」
正解が何なのかはわからなかったがレギー先輩にとって納得の行く声が撮れたようで、その後も俺は一番先輩達と一緒に星河祭の準備に励んでいた。
準備はやっぱり忙しいものだが、なんだかこれも青春の一ページって感じがするぜ……。
下校時間になると、俺は本校舎前でベガとワキアと合流した。二人もそれぞれのクラスの出し物の準備を手伝っており、一年生の様子を楽しそうに教えてくれた。
「ルナちゃんったらね、烏夜先輩に呪詛を送りつけるって言ってたよ」
「何その怖い話」
「新聞部の出展で烏夜先輩のことを書かれてますからね……」
ベガやワキア達のクラスの準備も順調なようで、コスプレ喫茶の衣装の製作を手掛ける月学OGのレイさんが以前ノザクロで働いていたというのもあり、メニューも充実してきたらしい。
「そういえば烏夜先輩ってあまり夢那さんと一緒に帰られませんね」
「誘いはするんだけどね。今日はキルケちゃんと帰るって言ってたよ」
「あまり一緒にいると烏夜先輩がシスコンって思われちゃうからねー」
ネブラ人の過激派がまだ残っているため、未だにベガやワキアは命を狙われる可能性がある。それは彼女達の側にいる俺、そしてその妹の夢那も無関係ではない。夢那はキルケと一緒に歩いて帰っているからちょっと不安だが、会長によるとシャルロワ家の要員が密かに護衛しているらしいし……シャルロワ家は月学の周囲にも私兵部隊を配置してかなり警戒しているという。
シャルロワ家が守ってくれるのは本当にありがたい限りなのだが、あの私兵部隊は本当に怖いなと考えていた時、丁度校門で会長と出会った。
「あ、ローラお姉さんだ~」
「ご無沙汰してます、シャルロワ会長」
「あら、貴方達も今帰り? 一緒に帰る……と言いたいところだけど、皆お迎えが来ているようね」
校門前には高級車が三台停まっている。一台は会長の、もう一台は俺やベガ達の、そしてもう一台はオライオン先輩の家かと思っていたのだが──。
「げ」
俺達がいる校門へとやって来た女子生徒が二人。一方はロザリア先輩、そしてもう一方はクロエ先輩だ。
「クロエお姉様~」
そして、校門前に停まっていた高級車から降りてきた一人の少女。長い黒髪に黄色いリボンをつけた、セーラー服姿の女の子だ。その子は俺達の側までやって来ると、会長の存在に気づいて驚いたような表情をしたと思ったらすぐに笑顔で口を開いた。
「ローラお姉様! 今日もお美しいですね~メルはとっても感激です!」
彼女の名はメルシナ・シャルロワ。会長達の妹達だ、前に一度だけ会ったことがある。
「……って、あれ? どうしたんですか、この空気……?」
会長ことエレオノラ・シャルロワ。
ロザリア・シャルロワ。
クロエ・シャルロワ。
そして、メルシナ・シャルロワ。
ネブスペ2第三部、いやこの作品全体において重要な鍵を握るシャルロワ家の四姉妹がここに集結した。
だが、この張り詰めた空気は何だ……? まるでこれから争いでも始まるかのような緊迫した空気の中、先に口を開いたのは会長だった。
「ではごきげんよう」
そう手短に別れを告げて、会長は車の方へと向かった。クロエ先輩もメルシナと一緒に別の車の方へと向かい、そしてロザリア先輩は後から合流してきた友人達と一緒に歩いて帰っていった。
「なんだか珍しい光景だったなぁ」
シャルロワ家の面々が帰っていった後、ワキアがそう呟いた。
「シャルロワ家の方々があのように揃うことは、パーティーでもそうそうないですからね……」
緊張感から解放され、ベガもホッと一息つきながら言った。
ネブスペ2第三部のヒロインの内三人はシャルロワ家のご令嬢達で、一応姉妹という関係なのだが……会長、ロザリア先輩、クロエ先輩の三人は腹違いの姉妹であり、それぞれが違う環境で生活している。
ロザリア先輩とクロエ先輩の仲は悪くない、むしろ普通の姉妹というぐらいなのだが、やはりシャルロワ財閥の次期当主と目される会長とは壁があるのだ。
仲が悪い、というわけではない。しかし四人揃うと空気が一変してしまうシャルロワ四姉妹の実情を知らされることとなった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます