ダイスロール、ファンブル
月学で星河祭の準備を手伝った後、俺はベガとワキアと一緒に葉室市内にある楽器店を訪れていた。いつもベガが使っているヴァイオリンケースが古くなってきたため新調したいそうで、ついでに教本も探しに来たのだ。
「たっか……」
ショーケースの中に並べられたヴァイオリンやヴィオラの値札に驚愕する。
いや平気で三桁超えてるものが並んでるんだけど。三桁越えてなくても庶民がポンとは出せなさそうなものばかりだ。
「これぐらいで驚いてちゃダメだよ烏夜先輩。余裕で億を超えるようなものもあるんだし」
「いや上には上があるけど、下の方でもかなり高いよこれ」
「あ、これなんか結構お手頃価格ですよ」
そう言ってベガが指差したヴァイオリンの値札を見てみる。いやどうみても三十万って書いてあるんですけど。確かにヴァイオリンの中だとお手頃価格なのかもしれないが、ちょっと金銭感覚が違いすぎる。
「烏夜先輩もこれを機にヴァイオリンやってみない?」
「いやいやいやいや、ろくに楽器に触ったことないのにハードルが高いよ。ギターならちょっとだけ触ったことがあるけど」
「それでしたらギターも見に行ってみますか?」
というわけで同じ店内にあるギターコーナーへと向かう。ヴァイオリンを見てからだと金銭感覚が麻痺して安く見えてくるが、それでも学生目線だとちょっと手を出すには勇気がいる金額だ。
「烏夜先輩が弾いてたのってアコギ?」
「うん。なんだか懐かしい感じがするよ」
「試し弾きも出来るらしいので、どれか弾いていかれますか?」
「いや、こんな高いのを試しに弾くのも怖いんだけど」
近くにいた店員さんに声をかけて、展示されていたギターとピックを借りて椅子に座った。
懐かしいぜ……前世で学生の頃に友人達と浮かれて文化祭でバンドを結成した時のことを思い出す……音楽性の違いですぐに解散になったけど。
頭の中でコードを思い出そうにもあまり思い出せていなかったのだが、いざギターに触れてみると意外と体が感覚で覚えていて、いくつかのコードを試しに弾いた後、俺は懐かしい曲を弾き始めた。
「StarDrop……」
ベガやワキア達このネブスペ2世界の住人にとっては大人気アーティストナーリア・ルシエンテスのデビュー曲という扱いだが、俺にとっては初代ネブスペのエンディングテーマとして親しみがある。
前世の俺はちょっとギターを嗜んでたからポップ曲だけじゃなくてアニソンやエロゲソングを色々弾いていたが、StarDropは弾いていて結構楽しい曲だ。こうして誰かに見せるのは初めてかもしれない。
俺がStarDropを弾き終えると、ベガとワキアはパチパチと拍手してくれていた。
「烏夜先輩、ギター弾けるんですね」
「弾けるなら早く言ってよ~私達三人でセッション出来るじゃん!」
ギターとヴァイオリンとピアノで……? 中々見たことないぞそんなバンド。せめてドラムとかベースが欲しい。
「いやぁ、昔ちょっとやってたんだよね。意外と体が覚えてたよ」
俺はつい昔やっていたと言ってしまったが、今の俺の人生における昔っていつなんだ?
「よろしければそのギター、烏夜先輩にプレゼントしましょうか?」
「いやいやいやいや、流石にこういうのは自分で買うよ。でも今日は良いかな、うん」
ヴァイオリンよりかは安価とはいえそれでも学生が簡単に手を出せるような金額じゃないから、そんなものを年下の女の子にプレゼントされるのもちょっと悪い気がする。
いや、作中の朧のキャラだと結構女の子に貢がせてたみたいだからロールプレイとしてはアリか……いや買うとしても冬休みにノザクロのバイトで稼いでからにしよう。その時まで生きてるかわからんけど。
当初の目的であるベガのヴァイオリンケース、そしていくつかのヴァイオリンやピアノの教本を購入して楽器店を出た。
もう十月も末だから大分辺りも早く暗くなってくるようになってきたが、やはり月ノ宮より栄えている葉室の駅前は明るい上に人通りも多く、せっかくだしどこかで食事をと考えていたところ、俺の背後から突然襲いかかる衝撃が──。
「ひゃわあああああっ!?」
「どわーい!?」
背後から突然ぶつかられて、俺は歩道にうつ伏せで倒れてしまった。顎とかを強打してしまったが、俺の背後からぶつかった人物の柔らかいものが俺の背中に当たっている。
「いたたた……ご、ごめんなさい!」
俺にぶつかった女性は俺の背中からどくと、地面に正座してペコペコと平謝りしていた。
金髪のポニーテールで赤いベレー帽を深く被って、白のロングスカートに赤いジャケット……それだけなら普通に可愛らしいファッションの女性なのだが、黒いサングラスと白いマスクで完全に顔を隠していてなんだかちょっと不審に見えた。
顔は全然見えないが、なんだか声は聞いたことがあるような気がするなぁ。
「あぁいえ、貴方も大丈夫ですか?」
「は、はいっ! あ、荷物が……」
俺にぶつかった衝撃からか、女性が持っていたらしい紙袋から荷物が歩道に散乱しており、それをベガやワキアが拾い集めてくれていた。
ベガやワキアの手には、女性が買ったらしいいくつかのボードゲームや、TRPGの指南書にグッズがあった。どれも最近動画サイトでよく見る流行りのものだ。
女性は二人にお礼を言いながら荷物を受け取っていたが、ワキアは女性のことをジロジロと凝視していた。すると突然、ワキアは女性がつけていたサングラスとワキアを剥ぎ取った!
「あ、やっぱりベラお姉さんだ」
ベラトリックス・オライオン。
月学では生徒会副会長を務める容姿端麗な優等生で、三年生の中で会長と人気を争っている。実家もシャルロワ財閥系の大企業を経営しているお嬢様なのだが……ワキアに正体を暴かれてしまったオライオン先輩は、アハハと笑って誤魔化しながら立ち上がった。
「や、やぁ~ワキアちゃん、久々だね。お姉ちゃん達とお買い物中?」
「うん、そだよ~。オライオン先輩もこういうの遊ぶの?」
「う、うん、そそそそうだよ~」
いや全然誤魔化せてないよオライオン先輩。完全に目が泳いでる。
まぁ普通に趣味でボードゲームやTRPGなるものを遊ぶ人はいるだろうが、おそらく彼女の場合は……動画や配信のネタとして遊ぶのだろう。
「どうもオライオン先輩。お怪我ないですか?」
「う、うんごめんね、烏夜君」
「ところでベガちゃんやワキアちゃんってオライオン先輩と知り合いなの?」
「はい。オライオン先輩のご実家が当家の屋敷のメンテナンスを担当してくれてるんですよ」
「あと同じ乗馬クラブに通ってるんだ~」
同じ乗馬クラブに通ってるとか、何その上流階級でしかありえなさそうな繋がり。ていうか馬とか乗れるんだこの人達、ちょっと興味あるから今度連れてってもらおうかな。
「ベラお姉さんもTRPGとかやるんだ~前に友達が話してたことあるけど、色々難しそうなんだよねー」
「じゃ、じゃあ今度一緒にやってみる?」
「私に説得ロールを振ってよ。1d100で」
「もしかして結構詳しいね?」
俺も前世でちょっと触れたことはあるが、こういうのってものによっては人数とかゲーマス出来る詳しい人が必要だから遊ぶためのハードルがまぁまぁ高いんだよな。身内を集めるのも大変だし。
今の俺の友人達で遊ぶにしても、論理的な解決法ではなくパワーでゴリ押ししそうな連中しかいないからメチャクチャなことになりそうだ。
「確かに最近結構耳にしますね。確かオリオンさんが最近ハマり始めたと聞きましたし……」
「お、オリオンって?」
「動画サイトでよくゲームの配信をされている女性の方ですよ。破天荒な方ですが面白いです」
「ベガちゃんも見たことあるんだ?」
「た、たまにですけどね」
「私も暇つぶしに見るよ~」
なんて話していると、俺達の目の前にいるオライオン先輩が見るからにだらだらと冷や汗を流し始めていた。
ベガ、ワキア、今目の前にいるよ、ご本人が。オライオンっていう姓からなんとなく結びつきそうなものだが、意外とバレていないのだ。まぁそれは展開の都合というのもあるかもしれないが。
とどのつまり、人気配信者オリオンという裏の顔を持つオライオン先輩は、サングラスやマスクまで付けて身を隠して、動画用にボードゲーム何かを買いに来ていたのだろう。そんな怪しい格好をしなくてもいいと思うのだが。
流石にここでオライオン先輩の正体がバレるのは第三部のシナリオに影響が出そうだから、そろそろ助け舟を出そうかと思っていた時……俺達の元へ近づいてくる人物が二人。
「こんなところで何してんのさ、ベラ」
一方は青髪のショートカットで、黒のジーンズに星で彩られたまぁまぁ派手な革ジャンを着たボーイッシュな雰囲気の女性。
「もしやまた転ばれたのですか、お嬢様」
そしてもう一方は銀髪のセミロングで星の形をした青い髪留めを付けた、ネイビーブルーのフォーマルなスーツ姿の女性。
二人共オライオン先輩と同い年のはずだが、なんか会長とはまた違った意味でオーラがある人達だな……。
「ご、ごめん二人共。確かにこけちゃったんだけど、たまたまベガちゃんやワキアちゃんと会ったから」
「あぁ、琴ヶ岡のかわいこちゃん達と……君は?」
「二年の烏夜朧です。先輩、この後僕とお食事なんていかがですか?」
なんて俺がふざけると、俺の両隣に立っていたベガとワキアがゴンッと俺の脇腹にエルボーを食らわせてきた。
まぁ今はベガと交際関係にあるからこんなおふざけはダメなんだが、大分烏夜朧として生きてきたからかこのロールプレイが楽しくなってきている自分がいる。
「この子、ボランティアとして星河祭の準備を手伝ってくれてるの。あと、この前記憶喪失になっていたのも烏夜君なの」
「あーっ! それって君なんだ~私のこと覚えてる?」
「いやこうして貴方と話すのは初めてだと思いますよ」
「あちゃーバレてたか~。私は三年の
青髪のボーイッシュな先輩の名は
「情報によると数々の女子生徒を手籠めにしているそうなので、お嬢様も危ないですね」
「そ、そうなの?」
「もう彼女もいるのにねー」
「彼女がいるのに私のことナンパしたんだ~」
「あれは烏夜先輩なりの冗談です」
「お姉ちゃんが言っちゃうんだ、それ」
そしてもう一方、銀髪でスーツ姿の先輩の名は
……まぁなんかエロゲにしろ何にしろ、お嬢様の生徒と一緒に護衛も学校に通っているみたいなパターンは結構目にすることはあるのだが、こうして現実として直面するとどゆこと?ってなる。でもこの場にいる皆が普通にその現実を受け入れているから俺は諦めよう。
その後、俺達はオライオン先輩達に別れを告げて近くのファミレスで食事を取った後、シャルロワ家が用意してくれた車で帰宅した。
星河祭まであと五日。第二部の終わり、そして第三部の始まりの時は刻一刻と迫っていた。
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