そう、この秋風のように凍えるようなダジャレ



 ネブスペ2第三部は、第一部、第二部と様々なイベントを乗り越えてきた紳士達が迎える最後のシナリオにしてトゥルーエンドの始まりでもある。

 第三部の主人公は、月学の三年生で生徒会副会長を務める明星一番。その名が表すように何かと一番になることを目標にしている割とやかましめなキャラなのだが、エレオノラ・シャルロワとかいう大きな壁に立ち塞がれて日々嘆いてばかりいる面白い先輩だ。朧とは中学からの仲であり、朧も第三部のシナリオに巻き込まれる運命にある。


 そして第三部のヒロインはこれまでと同じように四人で、まず一人目はロザリア・シャルロワ。

 月ノ宮の駅前にあるケーキ店サザンクロスの実質的な経営者であり、お菓子作りに命をかけているシャルロワ家のお嬢様……と思いきやシャルロワ家の中でもかなり庶民派の人だ。一応シャルロワ家の一族ではあるのだが複雑な家庭環境により、ロザリア自身はシャルロワ家の屋敷を離れてサザクロに住み込みで働いている。しかしそんな彼女もシャルロワ家のゴタゴタに巻き込まれ、作中で葉室に開店する新しいケーキ店に客を奪われて苦悩する姿が描かれるのである。


 そしてロザリアルートのバッドエンドでは、日々の過度なストレスにより精神を患い幼児化し、一番に依存してしまう『退行』エンド。

 いつも強気に振る舞うロザリアが幼児化してしまった姿はかなり心が痛む反面、なんだか変な性癖をこじらせてしまいそうになった。グッドエンドではロザリアが経営に関わるサザクロをチェーン展開する程繁盛させ、不器用そうに見える一番先輩も経営者として意外な才能を見せることになる。



 二人目のヒロインはクロエ・シャルロワ。

 普段はクールというか大人しめなキャラなのだが、その実は宇宙と交信しているタイプのやや電波系というか不思議ちゃんキャラだ。謎の多い月研のオカルト研究部の部長を務めていたこともあり、この月ノ宮に存在する数々のオカルトな謎を探求している。

 シャルロワ家のご令嬢ではあるものの好き勝手に生きているクロエだが、本家の意向により政略結婚を迫られることとなり、一番と共に本家と戦うことになる。


 バッドエンドは一番と駆け落ちする『逃亡』エンドなのだが……駆け落ちに失敗しシャルロワ家によって始末されてしまうのである。

 何を考えているかわからない、掴めないキャラだがちゃんとデレてくれるのだ。なおグッドエンドでは超現実主義者の一番と度々衝突しながらもシャルロワ家から解放され悠々自適な生活を送るようになる。



 三人目のヒロインはベラトリックス・オライオン。

 一番と同じく生徒会副会長であり、シャルロワ家と同じ祖先を持つ名家の生まれ。会長のいとこでもある。こちらも中々にお嬢様キャラなのだが……彼女は裏の顔を持っている。

 ベラトリックス・オライオンのもう一つの顔、それはゲーム配信者『オリオン』。主にFPSやバトルロワイヤル系の対戦ゲームを配信している人気配信者であるが、普段のおしとやかなお嬢様像からは想像できないぐらいに時たま暴言を吐いては炎上している中々に破天荒なキャラだ。

 第三部ではその裏の顔が一番にバレてしまい、バレてしまってはしょうがないということで開き直り、あまりゲームに触れたことのない一番をその沼に落とし込もうとしてくるのである。


 バッドエンドは信頼していた部下に毒殺されてしまう『毒殺』エンド。配信者としての活動中に暴言を吐いた相手から恨みを勝ってとうとう殺されたのかと思いきや……裏で手を引いていた人物がいるのだ。

 なおグッドエンドでは一番によるサポートもあって炎上癖もなくなり、配信の設定ミスで素顔がバレてしまうのだが、それはそれでさらに人気になってしまうのである。

 第三部の他三人のシナリオと比べると、この人だけ生きている世界が違いすぎる。



 そしてやはり第三部で一番の懸念は、作中最難関ヒロインとされるラスボス、エレオノラ・シャルロワだろう。

 まず第三部は、星河祭のラスト、生徒会室でエレオノラが明星一番に告白する場面から始まる。そう、エロゲとはいえ恋愛ゲームなのにも関わらず、主人公に彼女が出来るところから第三部はスタートするのだ。

 一番はエレオノラのことをライバル視していたから恋愛の相手として全然頭になかったが、結局エレオノラに脅されて交際をスタートする。そして交際が始まってすぐにエレオノラがシャルロワ家の次期当主となることが正式に発表され、日本有数の実業家でありネブラ人達をとりまとめるリーダー的存在でもあるシャルロワ家の混乱に主人公である明星一番は巻き込まれてしまうのである。

 

 そもそもヒロインの一人なのにラスボスという異名を持つ時点でおかしいのだが、ネブスペ2をプレイした紳士達からそう呼ばれるに至った原因はまず一つ、単純に攻略が難しいというのもあるし、実際にはトゥルーエンドがエレオノラの本当のグッドエンドというのもあるのだが、一番恐ろしいのは他ヒロインのルートのバッドエンドでは必ず彼女がヒロインの死に関わってくることだ。

 

 

 バッドエンドで幼児退行してしまうロザリアはシャルロワ家の恥として始末されてしまうし、一番との駆け落ちを試みたクロエも始末され、そしてベラトリックス・オライオンの毒殺を指示したのもエレオノラという、なんとも恐ろしい人間だ。

 なんでエレオノラがそんなトンチキなことをやっているのかは彼女のグッドエンド、そしてネブスペ2のトゥルーエンドまでクリアしないとわからないことだが、そもそもエレオノラのグッドエンドは他三人のヒロインを攻略してからでないと迎えられない仕様だし、第一部から第三部までの全てのヒロインのグッドエンドとバッドエンドを回収してからようやくトゥルーエンドのフラグが成立するのだ。


 俺はエロゲヒロインとしてのエレオノラ・シャルロワ、もとい会長のことは結構好きなのだが、実際に人として関わるのはちょっと……という感じだ。なんなら絶対に付き合いたくないというか単純に恐れ多い。

 


 さて、星河祭まで残り一週間を切った十月二十七日。星河祭の準備も本格的になり、実行委員としての仕事も総仕上げという感じだ。いや、俺は実行委員じゃなくてボランティアって立場だけど。


 「おい烏夜、これで合ってるか?」

 「もうちょっと右です」

 「こっちか?」

 「あ、行き過ぎです。左下ぐらいです」

 「こっちか?」

 「もうちょい左上左って感じですね」

 「こっちか?」

 「あ、やっぱりもうちょっと右右上右右ですね」

 「あぁもう俺の腕は限界だぞ!?」


 俺は生徒会副会長であり第三部の主人公である一番先輩と一緒に本校舎の入口や校門付近の飾りつけをしていた。俺は松葉杖がなくなったものの未だに激しい運動は控えるよう言われているため、力仕事は全部一番先輩に任せている。


 「右右上右右ってこんな感じか!?」

 「上上下下左右左右BAですね」

 「コマンドみたいに言うんじゃない!」

 「↓↘→+Pですね」

 「それ波◯拳のコマンドだろうが!」

 「お前はもう死んでいる……」

 「それは北◯神拳だろうが! 真剣にやれ烏夜ぁ!」


 そんなこんな言いつつちゃんとくだらないノリに付き合ってくれる一番先輩が好きよ。第三部主人公である一番先輩は、この人自身のキャラが割と強烈なところあるから身近な人間として関わっていても結構楽しい。いや大星やアルタと関わってて楽しくないわけじゃないけど、いじりがいのある先輩だ。


 「ふぅ……こうしてロケットを飾っているとまるで宇宙センターみたいだな」

 「月研すら飾ってないですもんね、こんなの」

  

 ネブラ人が多く通う月学は宇宙関係のカリキュラムが充実しているため、その学園祭である星河祭もやはり宇宙感を強めに出している。校舎も美術部が作った太陽系や星のオブジェクトで彩られていて、もうお祭り感満載という雰囲気だ。


 「しかし久々の力仕事は体にくるな。俺ももう年か」

 「いや先輩、いうて僕の一個上じゃないですか」

 「だが最近は受験勉強ばっかりで結構運動不足でな……もうすぐ持久走大会もあるから体力作りも必要か」


 第一部の主人公である大星は面倒くさがりのため勉強を疎かにしていて、第二部の主人公であるアルタは日々のバイトで忙しいため勉強が疎かになっている。

 しかし第三部主人公である一番先輩はあらゆる分野で一番を目指しており、学力も俺なんかとは比べ物にならないぐらい上だ。だって全国模試でも余裕で二位って言ってたもん。

 ……まぁ余裕で『二位』なのは、どうあがいても一位に会長がいるからなんだけども。いや全国一位と二位が同じ学校にいるの凄いと思うけどね。流石に朧もただの井の中の蛙で、他の有名進学校の猛者達には遠く及ばないんだもの。


 校門付近で力仕事を終えた一番先輩と俺が一休みしていると、本校舎前の広場に建てられた屋台から近づいてくる女子生徒が一人。


 「そんなに疲れてるなら、ウチのスイーツはいかが?」


 その手に美味しそうなフルーツカップケーキを載せたお盆を持ったロザリア・シャルロワ。月ノ宮町のスイーツの名店であるサザクロも星河祭に出店予定で、勿論それをロザリア先輩が取り仕切るのだ。


 「あ、良いんですか? 一番先輩は何にします?」

 「イチゴのをくれ」

 「じゃあ僕はミカンのカップケーキをください」


 ロザリア先輩が持ってきたいくつかのカップケーキを俺と一番先輩はそれぞれ選んで食した。俺が食べたのはカップケーキのスポンジの上に生クリームやミカンが乗ったもので、疲れた体に癒やしをくれる甘さだ。


 「やっぱり美味いですね、サザクロのケーキは。これってケーキバイキングにありました?」

 「いや、それは最近作った試作よ。星河祭で出して、好評だったらお店でも出すかもね」

 

 俺にとっては十分満足な味だったが、一方で一番先輩は食べかけのカップケーキを持ったまま渋そうな表情をしていて、口の周りには生クリームがべっとりと付いていたのだが、それを気にせずに一番先輩は口を開く。


 「これぐらいで満足するようじゃまだまだだな、ロザリア」

 「はぁ? 私の自信作のどこがダメだって言うの?」


 あ、何かヤバそうな雰囲気ですかこれ?


 「一個で満足できる美味しさというのは確かに必要だと思う。しかしその一個を食べきるどころか一口で満足させるのは、それは満足ではなく『飽き』だ」


 一番先輩はロザリア先輩をビシィッと指差しながら言う。口の周りに生クリーム付けたまま。


 「まずせっかくのフルーツが生クリームの甘さに負けている。これではイチゴの酸味が台無しだ。それにこのカップケーキ単体だと確かに美味しいが、その甘さが生クリームの甘さと衝突し合っているからかなりくどめの味になっている。

  このカップケーキを単体で出すかあるいはチョコチップを混ぜるならある程度完成されたものが出来ると思うが、フルーツと生クリームを添えるとなったら別だ」

 

 確かに俺もカップケーキを一口だけ食べて満足して、まだ俺の手元に残っている。多分これ以上食べたら喉が渇きそうだなぁという感じだ。そんなに甘さがしつこいとまでは思わないが、カップケーキ単体でも結構甘い味付けになっている。


 「ぐ、ぐぅ……明星にまともな批評をされるの、なんだか凄くムカつくけど反論できないわ……!」


 口の周りにクリームをべったりと付けた男にダメ出しを食らったロザリア先輩はかなり悔しそうにしているが、一番先輩の舌は中々に肥えているというのも事実。一番先輩は八年前のビッグバン事件で両親を失っていて家もそんなに裕福だったわけではないが、今はこの月学の理事長と暮らしてるからなぁ。結構美味しいものを食べているはずだ。

 そしてなんだかんだ言いつつも一番先輩はちゃんと貰ったカップケーキを完食すると、なおも口の周りにクリームを付けたまま言う。


 「俺を満足させたいならまだまだ精進が必要だな。こんなカップケーキを出してしまうようじゃ店に通う客達にも飽きが来てしまうぞ……そう、この秋風のようにな!」


 一番先輩がそう決めると同時に、冷たい秋風が俺達に吹き付ける。

 ……『飽き』と『秋』ね。ふぅん。


 「な、なんだお前達? 何か言えよ」

 「いえ、一番先輩に呆れていたところですよ」

 「あ、今の上手いわね。アンタ後輩に負けてるわよ、いつも一番を目指してるくせに」

 「俺が烏夜に負けただとー!?」


 こんな感じで何かと場が締まらない感じはあるのだが、一番先輩自身は結構色んなセンスを持っている人で、その力で第三部のヒロイン達を助けていくのだが……この人、現時点で誰のこと好きなんだろ。原作だと会長のことはただのライバルって感じだったし。

 ていうかお願いだから、大人しく星河祭の日に会長に告白されてお付き合いを始めてくれ……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る