四人の織姫編⑰ 私が本当に欲しかったもの
祝賀パーティーと称したどんちゃん騒ぎも終わって客人であるルナ達も帰宅する中、俺はまだ琴ヶ岡邸に残っていた。段々と夜が更けてきた頃、月ノ宮の星空がよく見えるという部屋へと連れて行かれ、俺はベガと並んで星空を眺める。
「今日のコンクール、緊張した?」
何気に今日やっとベガと初めて二人きりになって、俺がコンクールのことを尋ねるとベガはフフッと微笑んで頷いた。
「とても楽しかったです。舞台上から烏夜先輩の姿が見えたので、この想いが届くようにと弾きました」
「アルタ君が来てたことは気付いた?」
「はい。でもアルちゃんったら途中で帰っちゃって、それを烏夜先輩が追いかけていかれましたよね?」
「そうだね、ちょっと話をしたよ。僕もアルタ君も、ベガちゃんが一位をとることを確信していたからね」
あんな格好つけたのにベガが一位じゃなかったら俺とアルタ、とんでもない笑いものだったな。やはりベガにとっては幼馴染のアルタの存在は特別のようで、ベガは嬉しそうに微笑んでいた。
「アルちゃんも、きっと喜んでくれたと思います。私は強くなったよって、アルちゃんに伝えたかったので……」
……。
……いや、やっぱアルタとベガが結ばれるべきだったんじゃね?
いやいやいやいや、落ち着け俺。とりあえず今はネブスペ2原作のことなんて忘れるんだ。彦星様と織姫様の星の名前を持つ二人がどうして結ばれなかったのか理解できないが、それよりもベガが俺を選んでくれたことを喜ぼう。
俺がそう苦悩していると、ベガはひょこっと顔を覗かせていたずらっぽく笑いながら言った。
「あ、もしかして烏夜先輩、アルちゃんに嫉妬してますか?」
「そそそそそんなことないよ」
「ふふ、大丈夫ですよ烏夜先輩。私の心は、烏夜先輩に奪われてしまいましたから」
そう言ってベガは俺の体に抱きついた。俺もベガの柔らかな体を抱きしめて、そして目を閉じ──星灯に照らされながら口づけを交わした。
ベガには感謝している。
誰かを助けるためならこの命を簡単に投げ捨てようとしていた俺を、どうにかこの世界に踏みとどまらせてくれている。この世界に転生したことに気づいた時はあんなに怯えていた俺も、少しは成長できたのかもしれない。
俺は最終手段として自分の命を投げ捨てることが選択肢に入っていたが、嬉しいことにベガが、いやベガだけではない。妹の夢那やスピカ達ネブスペ2のヒロイン勢もそうだ。原作のバッドエンドにことごとく朧を巻き込んで死に至らしめるのに、彼女達が今や生きがいになってくれている。
……だが俺は第三部を乗り越えなければならない。十二月二十四日に待ち受けるおそらく不可避のイベント、そしてラスボスという異名を持つ会長と戦う必要がある。そう思うと会長と親交のあるベガの存在はかなり大きいのだ。
長い口づけを終えるとベガは照れくさそうに笑い、俺から離れると窓から見える星空を眺めながら言った。
「……私は今、とても幸せです。烏夜先輩を始めとした皆が支えてくれて、そのおかげで私は今、とても輝くことが出来ています」
もう十月になったが、西の空にはまだ夏の大三角を形成するベガ、アルタイル、デネブの三つの一等星がよく見える。今日は空もよく晴れていて、星達がより一層輝いているように見えた。
「烏夜先輩は、彼女が私一人だけで寂しくはありませんか?」
「ベガちゃんがいるのに物足りないなんて贅沢なことを言ったら天罰を食らうだろうね」
「ふふ、贅沢だなんて……そんなことありませんよ」
まぁ前世の俺は浮気性でひょいひょいと二次元の嫁を節操なく変えてたけどね。ストライクゾーンが広めだからエロゲとか遊ぶ度に推しが指数関数的に増えていってしまうんだ。
そんなことはさておき、星空を眺めていたベガは俺の方に視線を戻して言う。
「私も烏夜先輩が側にいてくれて、とても幸せです。前からずっと独り占めにしたいとワガママなことを考えていたのですが……烏夜先輩が他の女の子を話している姿を見ると、嫉妬心よりも嬉しさの方が勝ってしまうんです」
嬉しい……嬉しいの? 俺はベガがアルタとかと仲良く話してる姿を見たら多少は嫉妬しちゃうけども?
どういうことかわからず俺が混乱していると、ベガは笑みを浮かべながら続けて言う。
「一人で生きることが出来る人は、確かに強いかもしれません。でも……誰かを愛すること、誰かに愛されることを知った人生は、もっと素敵な輝きを見せるはずです。私はその喜びを、皆さんと分かち合いたいんです。
というわけで、私が烏夜先輩を独り占めにするのは今日で終わりです」
「え?」
「私だけに拘らずに、烏夜先輩が愛したいと思った人全てを愛してあげてください」
ベガは第二部のヒロイン四人の中でも一番独占欲が強いタイプだと思っていたのだが、これは……何なの? まさかのハーレムの許可が下りたってこと? いや許可が下りても困るんだけど?
「えっと、どういうこと? 僕達別れるの?」
「あぁいえ、そういうわけじゃないですよ。やはり今でも烏夜先輩は沢山の人に愛されてますから、私が独り占めするのも悪いと思ったんです。私は烏夜先輩に悪いことをしてしまいましたし……」
俺が記憶喪失だった時、ベガは以前交際関係にあったと俺に嘘をついた。きっとベガなりの気遣いもあったのだろうが、俺自身はそれに対して怒りとかは抱いていない。
何なら、俺もベガに謝らなければならないことがある。
「僕もベガちゃんに謝らないといけないことがあるんだ」
俺はポケットの中に忍ばせていた巾着袋の中から、金イルカのペンダントを取り出してベガに見せた。七夕の事故で落としてしまったがベガが見つけてくれて、俺の元へと戻ってきたのだ。
「このペンダントは、僕のものじゃないんだ。僕の幼馴染が月ノ宮から離れる時に預かったものなんだよ。だから多分、ベガちゃんにペンダントをプレゼントしたのは僕じゃないんだ」
七夕の事故の時に持ち歩いていたペンダントを落としてしまい、それを見つけたベガが俺を運命の相手だと勘違いしてしまったのだ。それは今や存在ごとこの世界から抹消されてしまった乙女から預かったものだが、まだ俺の手元に残っている。事故後にベガからこのペンダントを見せられた時の俺は記憶喪失だったからちんぷんかんぷんだったが、これは俺のものではない。
しかし俺がその真実を告げても、ベガは特段驚いたようには見えなかった。
「そんな気はしていたんです。誰も覚えていないのに、私だけ偶然見つかってしまうなんてそんなことありえないと思っていました。
でも、もしそうだったら良いなと……まだ記憶喪失だった烏夜先輩に信じ込ませるための嘘の一つです。ですから、烏夜先輩が謝る必要はありませんよ」
ベガを始めとしてネブスペ2のヒロイン勢と一部のモブキャラは同じデザインの金イルカのペンダントを持っていて、そして全員が八年前のビッグバン事件の直前に誰かからプレゼントされている。しかし誰がそれをプレゼントしてくれたのか誰も覚えていないし、原作でもそれは明らかにされていないため謎のままだ。
乙女から預かったこのペンダントもいつかは返そうと思っていたのだが、とうとう返せなくなってしまったな……。
「こんな私を愛してくれてありがとうございます、烏夜先輩。一応ネブラ人には一夫多妻制も認められているので、他の誰かを愛しても良いんですよ?」
「いや、やっぱりそれは倫理的にどうなのかなって……ベガちゃんは本当にそれでいいの?」
「はい。私を本妻にしていただければ。私としても、烏夜先輩の愛で誰かが幸せになるのであれば嬉しいですから。
その上で、烏夜先輩に質問です」
そしてずっと笑顔を見せていたベガは少し表情を曇らせてから言う。
「もし私がヨーロッパへ音楽留学へ行くことになったら、烏夜先輩はついてきてくれますか?」
……。
……ごめん、忘れてた。
確か今日のコンクールの副賞みたいなやつに、ウィーンかどっかの音楽学校への留学の斡旋ってあった気がする。確か原作だと結局行かなかった気がするが、こんな選択肢が来るとは思っていなかった。
「その留学っていつから?」
「来年の秋になると思います」
来年の秋となると、ネブスペ2で描かれる期間の先の話だ。原作の範囲ではない。
……ヨーロッパかぁ。ちょっとした憧れはあるしベガのためにもついていくと言いたいところだが、諸事情あって行くと断言することが出来ない。およそ一年先のことなんて全然予想出来ないぞ、ていうか俺受験シーズンじゃん。
「それって期間とか決まってるの?」
「永住というわけではないと思いますが、数年は滞在することになると思います。あ、滞在費用は当家で負担しますよ」
いやそこまで賄ってもらうのは申し訳ないが、第三部が終わった後のことなんて全く考えていなかった。前に皆に俺は医者になるぞ的なことは言ったけど、そのきっかけをくれたワキアはびっくりするほど元気になったから、俺の夢は超絶不安定だ。俺が転生した朧は確かに成績は良いものの、学力はまだしも欧米の雰囲気に馴染めるか不安だ。
だが、努力はしたい。
「来年は受験シーズンだからベガちゃんとは一緒に行けないかもしれないけど、僕は後からついていくよ」
「本当にそれで良いのですか?」
「うん。愛する人のためだったらなんだって出来るよ」
夢那には泣きつかれるかもしれないしスピカ達と会えなくなるのは寂しいが、それでも俺はベガについていきたい。ついていかなかったらきっとアルタにぶん殴られるだろう。ワキアにだって怒られてしまうはずだ。
「ありがとうございます、烏夜先輩」
そして再び、ベガは俺に抱きついてきた。
「私のお願い事、叶ったんです」
「七夕の?」
「はい。私が欲しかったのは……なんだと思いますか?」
「僕じゃないかな~」
「ふふ、大正解です」
ベガが本当に欲しかったもの、それは愛だ。大切な双子の妹であるワキアのことをベガは愛していたが、一方で両親のいないベガは愛に飢えていたのだ。
まさかベガに愛を与える役を巡り巡って俺が担うことになってしまうとは思わなかったが──すると俺達の後ろの方からガタン、と物音がした。
「……烏夜先輩」
廊下に置かれていた棚の後ろから、ワキアが俺の方を不機嫌そうな表情でジーッと見ながら現れた。
「わ、ワキアちゃん!? 盗み聞きしてたの!?」
「やっぱり私達とのことは遊びだったんだね……私寂しいよ、愛しの烏夜先輩と離れ離れになっちゃうの」
「じゃあ僕に残れと言うのかい?」
「それはそれでお姉ちゃんのことなんてどうでもいいのって私は怒るよ!?」
「あぁもう面倒くさいな君は!」
俺に日本に残ってほしいのか、それともベガについていってほしいのか駄々をこね始めたワキアをなだめるのに俺は必死だったが、そんな俺達を見ながらベガは幸せそうに笑っていた。
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