四人の織姫編⑯ ミミズ→ズミミ
見事コンクールの本選で一位に輝いたベガのお祝いパーティーは琴ヶ岡邸にて盛大に執り行われた。ベガやワキア、俺や会長だけでなくルナや夢那、カペラにキルケ等多くの友人達も駆けつけ、これまでの様々な騒動や不安をかき消すように。
俺はベガの素晴らしい演奏を聴けて満足出来たし、無事一位を取れてホッとした部分もある。万が一ダメだったらバッドエンド直行の可能性もあったから、ネブスペ2原作のシナリオになぞらえるとおそらくバッドエンドに向かうようなイベントはない、はずだ。いやそうであってくれ本当に。
俺はパーティー会場に用意されたビュッフェをしこたまご馳走になって満足した後にこっそりと会場を抜け出して琴ヶ岡邸を出た。
やはり、どうも落ち着かない。最近は色んなイベントがあったが、ベガの拉致未遂に関しては原作のシナリオを鑑みてもまだ可能性があるイベントだったのもあり、この世界から朽野乙女の存在が消失したことが一番の衝撃だった。
過去に乙女が映っていたはずの写真や動画からも姿が消え、昔のクラス名簿や卒業文集を見てもやはり存在しない。確認できる限り、乙女や彼女の両親がこの世界に存在したことを覚えているのは俺だけだ。
そんな俺自身も忘れてしまう可能性もあるため、万が一の可能性を考えて乙女の情報をノートに詳細に書き記しておいたが、写真や名簿からも乙女が消えているからあまり意味はないかもしれない。
少なくともネブスペ2にこんな展開はない。誰かが死ぬエンディングはあっても、こうして存在ごと消えるという展開はなかった。どこぞの財団だとかM◯Bのような組織だったら記憶を消去できる手段を持っているかもしれないが、どうして乙女が標的に?
そんなことを考えながら俺は、アストレア邸の側にある小さな花壇へとやって来ていた。
「おーい、ネブラミミズー?」
かつてスピカが丹精込めて育てていたローズダイヤモンドが咲いていた場所。今はもうローズダイヤモンドは咲いておらず、その花はハーバリウムとして俺の部屋に飾られている。
ここにはまるで守り神かのようなネブラミミズが住んでいたはずだ。俺が彼に呼びかけると花壇の土が盛り上がって、その巨体が顕になった。
「ミッズー!」
「久しぶりだな、ネブラミミズ。すまないがお前の好物の芋ようかんではないんだが、きなこもちを持ってきてやったぞ」
「ミッズミッズ!」
きなこもちでも喜ぶんだこいつ。芋ようかんとかきなこもちで喜ぶってどんだけ和風趣味なんだ。
ネブスペ2に登場するネブラスライムやネブラタコ達宇宙生物は、ただヒロインを襲ってムフフなシーンを作り出すために製作側に用意されたというある意味可哀想な存在ではあるのだが、このネブラミミズはそんな他の宇宙生物達とは違ってスピカやムギを襲わないし、何より知性が結構高そうだ。
まぁ、こんなサイズのミミズがいきなり出てきたら未だにビビるが。
「なぁ、ネブラミミズ。そこに埋められてたブリキ缶の中に手紙入ってただろ?」
「ミズ」
「その手紙を誰が入れたか覚えてないか?」
「……ミッズ~?」
ダメだ、何を言っているかはわからないが首を傾げてるから知らないらしい。もしかしたら宇宙生物なら覚えてるんじゃないかと僅かな希望に託してみたかったのだが……。
「そもそも、そこにブリキ缶を埋めたのは誰か知ってるのか?」
「ミッズ!」
「あ、知ってるの?」
「ミッズ! ミッズ!」
するとネブラミミズは体をブンブンと振り回し、しきりにその体を俺の後ろの方へと向けていた。なんだろうと思って後ろを振り向くと──。
「こんなところで何をしているの?」
「どわーい!?」
「そんな驚かなくても」
背後に近づいてきていたのは会長だった。前にここで会長と出会った時のことを思い出すと未だに体が震え上がりそうだが、今はローズダイヤモンドもないしスピカ達もいないから安心だ。
「ど、どうして会長がこちらへ? パーティーはまだ続いているはずでしょう?」
「それはこっちのセリフね。愛する人のパーティを抜け出して、しかも命を狙われているかもしれないのに一人で呑気に出歩くなんて、貴方一体どういうつもりなの?」
いやそりゃベガには申し訳ないとは思っているのだが、乙女の存在が消えてしまった件もあって俺も気が気でないのだ。それよりかは他の皆との時間を大事にしてほしいと思ったし、俺としては乙女の件をどうにか解決……もうそれは望めないかもしれないが、その原因を究明したかったのだ。
「ここの花壇って、会長が管理されてたんですよね?」
「えぇ、そうね」
すると会長は俺の方へやって来ると、そのまま花壇から体をひょこっと出しているネブラミミズの元へと向かって彼の頭らしき部分を撫でていた。
「ミッズ~」
「相変わらず元気そうね、ズミミ」
「え、このネブラミミズと知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、この子は私のペットのズミミよ」
「ミミッズ~」
まぁ確かにこの花壇の守り神的存在であるネブラミミズのことを会長が知らないわけないか。
にしてもズミミって……会長もそういうネーミングするんだ。
「会長はここにブリキ缶が埋まっているのはご存知ですか?」
何の気なしに俺が会長にそう問うと、会長は驚いたような表情をする。
「誰から聞いたの?」
「そのズミミ君です」
「……そう。貴方が教えたのね?」
「ミ……ミズズ? ミズミ?」
会長は少し笑っていたが、そんな会長に迫られるズミミはかなり怯えた様子で体を震わせていた。やっぱりペット視点でも会長って怖いんだ。
しかし会長はズミミを責めるのも諦めたようで、なんとか許してもらえたズミミは地中へと戻っていった。そして会長は溜息をつきながら俺の方を向く。
「じゃあ、貴方は中を見たのね?」
「あ、はい……すみません。何かのメモみたいな紙切れと、手紙が入ってましたね」
「手紙? 誰の?」
「僕の幼馴染です」
「どうしてそれが私が用意したブリキ缶の中に入っているの?」
「それを僕に聞かれましても……」
会長が乙女のことを覚えているわけもなく、結局このブリキ缶に乙女の手紙が入っていた理由は謎のまま。朽野一家はシャルロワ家の保護下にあったから会長は色々な事情を知っていたはずなのだが、今となってはそれを聞き出すことは出来なくなってしまった。
乙女の手紙について追及しても仕方ないため、俺はブリキ缶の中に入っていた謎の紙切れについて聞くことにした。
「このブリキ缶の中に入っていた紙切れの文字は、会長が書かれたんですか?」
「えぇ、そうよ」
「あれってどういう意味なんですか?」
ブリキ缶の中に入っていた紙切れに書かれていたのは、『私達の居場所はどこ?』という謎の一文。
「貴方はどういう意味だと思う?」
質問を質問で返されてしまった。
多分美空達に聞いてもちんぷんかんぷんな答えが返ってくるだけの意味のわからない問いだが、前世でネブスペ2を、そして初代ネブスペもプレイしたことがある俺は知っている。
「
Nebulaは星雲、Spaceは宇宙を意味する英単語で宇宙をモチーフにした作品らしいネーミングだが、作中に登場する宇宙人である
『私達の居場所はどこ?』というセリフ自体は初代ネブスペのメインヒロインが作中で主人公に実際に言う。八年前のビッグバン事件直後の月ノ宮を舞台にした初代ネブスペでは、地球人から迫害されるネブラ人の苦悩を描いている作品でもあったが……その言葉は孤独に生きる会長にもあてはまるかもしれない。
「貴方にしては面白い答えね」
少々お気に召されたようだが、俺が期待した反応ではなかった。会長に
「まぁ、貴方が知る必要のないことね。
それより早くパーティに戻りなさい。きっとベガが貴方のことを待っているはずよ」
「会長はもう帰られるんですか?」
「私だってそんなに暇ではないの。じゃあまた、星河祭の準備での働き、期待しているわ」
そう言って会長は一人で帰ってしまった。
俺に命の危険があるから一人で歩くのは控えるようにって言ってたが、シャルロワ家の次期当主筆頭候補である会長も結構危ないご身分だと思うんだがなぁ……。
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