四人の織姫編⑬ トゥルーエンドの消失



 空腹のあまり倒れてしまった望さんの介抱は夢那に任せて、俺は自分の部屋で乙女から届いた封筒を開封した。

 中に入っていたのは、一枚の手紙。一体どんな内容なのか、いや例えどんな内容が書かれていても俺はきっと恐怖するだろう。手を震わせながら俺は手紙を開いて、読み始めた。


 『この手紙を朧が読んでくれるって、私は信じてる』


 今までに何度も見た乙女の字だ。そんな一文で始まる手紙を読み進める。


 『皆から逃げるように月ノ宮を離れちゃってごめん。引っ越しが決まった時から皆に伝えようとは思っていたけど、私にそんな勇気はなくて……でも誰かには最後に伝えたいと思ったから、朧を駅に呼んだの。

  転校してからは毎日忙しかったよ。編入試験もギリギリ通ったぐらいで、授業の内容も全然わかんない。そりゃそうだよ、私には似合わない進学校に入っちゃったんだから。

  初めてのテストは赤点だらけだったけど、意外と学校自体には馴染めて可愛い後輩も出来たりしたんだ。


  でも、そんな平穏な毎日は長くは続かなかった。

  私の父さんにかかっていた疑いを隠すためにシャルロワ財閥にお世話になっていたんだけど、もしかしたら父さんが殺されるかもしれないって突然アメリカに行くって話になって……私も無理やり連れて行かれることになったんだ。

  母さんと離れるのは辛かったけど、でも皆に迷惑をかけるわけにもいかないから……。


 言葉も通じないし知っている人もいないから、凄く不安なままアメリカの学校に通うことになったけど、意外とジェスチャーだけで色々通じたし、アメリカらしいジャンキーな食べ物にもすぐ馴染めたの。正直アメリカ最高って思ったわよね。


 日本を離れてから、ようやく私も心が晴れたような気がしたの。前に朧が残してくれた留守電を聞いて、母さんからも病気が治ったかもって連絡が来たから、私は朧にお礼を言いたかったのに……』


 前半は月ノ宮を離れてからの乙女の生活が簡単に綴られていた。手紙で書かれている乙女の可愛い後輩というのは夢那のことだろうか。ていうか意外とアメリカでの生活を満喫してるじゃないか。

 しかし、そこを折り返しとした後半部分の文字は、まるでそれを書いた乙女の気持ちを表すかのように急に弱々しくなっていた。


 『ある日突然、父さんがいなくなったんだ。もしかしたら誘拐されちゃったのかもって思って警察とか父さんの仕事先に連絡したんだけど、誰も父さんのことを知らなかったの。

  私は父さんの仕事先の場所を知っていたし、何人かぐらいは同僚の人達の連絡先も知ってた。なのに誰も父さんのことを覚えてなくて、警察に身元照会を頼んでも存在しなかったの。国際電話で母さんに確認しても、私の父さんなんて知らないって、覚えてないって……まるで元からこの世界に存在しなかったように、急に父さんは消えちゃったの。


  そしてすぐに、私も違和感に気づいた。学校で友達や先生に話しかけても無視されて、私が何か悪いことでもしちゃったのかなって怖くなったんだ。でも学校の外でも、地元のスーパーとかレストランに行って誰かに話しかけても誰も反応してくれないの。

  私から誰かに連絡を取ろうとしても既読すらつかないし、電話をかけても全然繋がらない。これって……私が今まで朧達からの連絡を無視してきた天罰なのかな?


 でも手紙なら朧に届くかもって信じて、私はこの手紙を書いたの。

 急にいなくなってごめん。そして、ずっと私のことを想ってくれてありがとう。

 もし朧にこの手紙が届いたなら、もしその時も朧が私のことを嫌いじゃなかったら、連絡がほしい。

 次こそは、ちゃんと答えるから……』


 終盤に向かって手の震えからかふにゃふにゃに崩れていく文字が、乙女の悲痛な心の叫びを表しているようだった。

 

 俺はすぐに携帯を取り出し、乙女の連絡先を探して電話をかけた。LIMEなら相手が海外にいても通じるはずなのだが、その電話が繋がることはなかった。ただ今までと違ったのは、以前乙女に電話をかけた時は留守電サービスに繋がったのに、今度は電話番号が使われていないと返ってきた。


 乙女は何度も俺に連絡を取ろうとしていたと手紙に記しているが、そもそも乙女から連絡が来た形跡すらない。

 乙女と連絡を取るために出来る手段は、この手紙が入っていた封筒に記されている住所に手紙を送ることなのだが……妙な胸騒ぎが俺を襲っていた。



 「美味いね、このジャンバラヤ」

 「レシピをネットで調べながらだったけど、意外と上手く出来た!」


 俺がダイニングに戻ると、夢那が作ったジャンバラヤを望さんが満足そうに食べているところだった。ジャンバラヤを作る材料はあったんだ、よく作れたな。

 ダイニングは和やかな雰囲気に包まれていたが、ダイニングへと入った俺の表情を見た望さんと夢那の表情が強張った。


 「二人共……朽野乙女って女の子、覚えてない?」


 乙女の手紙に書かれていた手紙の内容、そして先程の望さんの反応を見て、俺は二人にそんな質問を投げかけた。

 しかし、俺の予想通り──いやそうであってほしくなかったのだが、夢那も望さんもキョトンとした表情で口を開いた。


 「いや、知らないけど」

 「うん。ボクは会ったことないと思うよ」


 ……。

 ……なぜだ? どうしてこうなった?

 望さんは日頃の疲れでちょっと忘れてるだけなのかとさっきは思っていたが、もし俺の予想が当たっていれば──朽野一家の存在がこの世界から抹消されているのならば、彼らのことを知っていたはずの望さんも乙女も記憶から消されてしまっているのか?

 

 すると焦る俺の様子を見た夢那が事の深刻さを感じ取ったのか、心配そうな面持ちで俺の元へとやって来た。


 「兄さん、何かあったの?」

 「うん、最悪だね……ちょっと僕の部屋に来て」

 「良からぬことしようとするんじゃないわよ~」


 なんて事の深刻さを知らない望さんに見送られ、俺は夢那と部屋に入り、俺は椅子に座って夢那はベッドの上に陣取った。


 そして、俺は今起きている深刻な事態について夢那に説明した。

 まず前提として、この世界に朽野乙女という少女が存在していたはずだということ。しかし突然、乙女の両親を始めとした存在が消えつつあるということ。さっきまでアストレア邸で夢那もテミスさんと一緒に乙女のことを話題に出していたはずなのに、もう夢那が忘れてしまっているのだ。


 しかし俺が乙女のことについてどれだけ説明しても夢那はピンと来ていないようだった。だがあまりに俺が緊迫した様子で話すものだから、どうも俺が嘘をついたり変な妄想を繰り広げているわけではないと夢那も理解してくれたらしい。


 「ねぇ兄さん。それは、兄さんの知っているゲームの世界でも起きることなの?」

 「いや、全然。穂葉さんのことも覚えてない? この前連絡を取ってたでしょ?」

 「……ごめん兄さん、初めて聞いた名前だよ」


 夢那がこっちに引っ越す前に、俺は夢那を通じて乙女の母親である穂葉さんと連絡を取ることに成功している。その時は夢那の携帯の連絡先に穂葉さんの名前が存在していたはずなのに、今はその名前を見つけることが出来なかった。履歴すら残っていない。


 俺は乙女と仲の良かった大星やスピカ達だけでなく、昔クラスが一緒だったことのある古い友人等、乙女のことを少しでも知っていそうな人達に片っ端から連絡を入れていった。

 しかし誰一人として、朽野乙女という少女について知っている人は存在しなかった。まるで、元から存在しなかったかのように、だ。


 俺は自分の部屋の机の上に、ネブスペ2の攻略チャートが書かれたノートを広げた。そこには確かに朽野乙女の名前がある。まるで運命がそうさせたかのように俺と乙女の距離は離れていき──そしてとうとう絶対に辿り着けない場所へと行ってしまったのだろうか?

 それとも……元々、乙女はこの世界に存在しなかった、存在するはずじゃなかったとでもいうのか?

 

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