四人の織姫編⑫ 世界が望んでいること



 俺がこの世界で憤りを感じたことは何度かあるが、一番その矛先を向けたのは、ネブスペ2のシナリオを担当したライターだろう。

 前世でネブスペ2をプレイしていた時、バッドエンドでついでに殺される朧を見て最早笑ってしまうぐらいだったが、その当事者になると全然笑えない話だ。あくまで凄惨なバッドエンドの雰囲気を少しでも和らげるための賑やかし役なのだろうが、人の命をなんだと思っているんだ。


 「ボロー君。貴方が死んだ方が、この世界にとっての最善の選択なんじゃないの?」


 今までに見たことのない冷徹な表情で、テミスさんは俺の眉間に光線銃を向けていた。まさか命の恩人であり最強の味方だったテミスさんに裏切られるとは思わず、俺は驚愕していただけだったが──隣に座っていた夢那がすぐに動き、即座にテミスさんから光線銃を奪った。


 「兄さんに何する気ですか?」


 そして夢那は逆にテミスさんに向けて光線銃を向けたが、テミスさんは銃を向けられているのにも関わらず笑って見せ、そしてバンザイすると口を開いた。


 「冗談よ。それはおもちゃの銃」

 「冗談でもやめてください。ボクの兄さん、本当にひょんなことで死んじゃうかもしれないんですから」

 「まるでスペ◯ンカーみたいね」

 「そこまで弱くはないですよ」


 ……いや本当に冗談で良かった。まさかのテミスさんに始末される展開!?って頭の理解が追いつかなかったが、いやぁ良かった。やっぱりスピカとムギを振ったことを恨まれてるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。


 「それで、僕が死んだ方が良いというのはどういう意味ですか?」

 「ほら、ボロー君自身は死なないように頑張って行動しているのでしょう? でも段々と色んな行動が裏目に出て様々な危険が降りかかるようになっているじゃない。しかもそれはボロー君が想定していたわけでもないでしょう?」

 「そうですね。そもそもとして七夕に僕が記憶喪失になってしまったのがかなり痛手だったんですが……」

 「でもそれも、ボロー君が知っているゲームの世界とは違ったのでしょう?」


 そうだ。思えばあの日、明らかにおかしい点が一つ存在した。

 それは、ベガがアルタとの待ち合わせ場所である広場を離れ、山を降りようとしていたこと。七夕祭の屋台でバイトしていたアルタが待ち合わせの時間よりも少し遅れるというのは原作の展開通りなのだが、本来なら月ノ宮神社から急いで広場まで向かったアルタが事故に遭ってしまうだけだった。

 それがどういうわけか、アルタが向かうよりも早く、アルタのことが心配で待ちきれなくなったベガが広場から移動し事故に遭ってしまったのだ。


 「あくまでこれは仮説だけど、どんな手段を使ってでもこの世界がボロー君を始末しようとしている……という風に考えられない?」

 「な、何のために兄さんを?」

 「そうね……私だってわからないけれど、この世界が歩むべき道筋に戻そうとしている、とか」


 なんか壮大な話になってきたが、確かにこの世界で起きた様々なイレギュラーは、きっと俺が転生してきたことが絶対的な原因だ。

 そう、この世界にとって俺という存在はまさに異物なのだ。本来ならもっと平穏だった世界のはずなのに、俺という異物が存在する影響で中々きな臭い話も出てきている。


 「この世界が本当にボロー君の知っているゲームの世界なら、他の誰かが実際にゲームとしてプレイしている世界の中の可能性だってあるのよ。私達が知らないところで、もしかしたら画面の向こう側で選択肢と闘っている人がいるのかもしれないわ」


 ……その発想はなかった。

 俺はネブスペ2というゲームの知識を持ってこの世界の住人として生きているが、もしかしたら……俺が生きているこの世界が、実はネブスペ2というエロゲを嗜んでいる紳士のパソコンの中に存在しているのかもしれない。

 だとすれば俺、エロゲを荒らしまくってる超害悪プレイヤーじゃん。オンラインなんてないのに。


 「じゃ、じゃあ僕達のことを画面の向こうで見ているプレイヤーの誰かが、兄さんをしきりに殺そうとしてるってことですか?」

 「流石に占いでもそこを明らかにするのは難しいわね。呪術を使えばボロー君を殺そうとしている人を特定することも出来なくはないけど、やってみる?」

 「いや、流石にそれはテミスさんにも危険が及ぶじゃないですか。僕としては、原作にないぐらい展開をメチャクチャにするぐらいしか……僕が生きる道としてはそれぐらいですね」


 現時点で、朧が生存する唯一の世界線であるトゥルーエンドへの道筋はほぼ絶たれている。ならばもう、本来なら起きるであろう朧事故死イベントが起きないようにあらゆる展開をメチャクチャにするぐらいしか俺には思い浮かばない。


 現時点でかなりイレギュラーなことばかり起きているが、それでも俺の死相は濃いままだという。ヒロインの誰かとのバッドエンドが近いことを示唆しているのか、それとも……やはり事故死は避けられないのか。


 「ちなみに兄さんを事故とかから助けてくれたあの人形でまた兄さんを助けることって出来ないんですか?」

 「あの人形もそう簡単に手に入るものじゃないのよ。それにあれは、私が趣味でやっている降霊術てテキトーに霊界から捕まえてきた強そうな魂を封印しているだけだから、次もボロー君達を助けてくれるとは限らないわ」

 「な、なんですかその技術……」


 テミスさんは当たり前のように言っているけど、中々に人外じみたことをやってるな? じゃあ前々回に貰った人形の中には101回目のプロ◯ーズの世界の人間か、あるいは武◯鉄矢のモノマネをしていた人間か。そして前回、俺とベガを救ってくれた人形の中はハ◯ー・ポッターの世界からはるばるやって来た魔法使いか、あるいはド◯クエの世界からやったきた魔法使いでも封印されていたのだろう。

 ……命の恩人に対して言う言葉ではないかもしれないが、俺は本当にこの人と関わってて大丈夫か?



 「私から出来る助言とすれば、成り行きに身を任せないことよ。まだ推測に過ぎないけれど、どうもボロー君を殺そうとしている勢力がいるかも、という陰謀が頭をよぎってしまうのよね。

  でもボロー君が自分で選んだのだから、あの琴ヶ岡家のお嬢さんのことは大事にしてあげなさいね。勿論妹ちゃんと、スピーちゃんやムギーちゃん達も」

 「肝に銘じます。僕もそんな展開が来ないように動いてみます」

 「それが裏目に出ないといいけど……」


 もしも俺が、十二月二十四日に待ち受ける事故死イベントを回避したとしても、仮にこの世界が俺を殺そうとしているなら他のイベントで死んでしまうかもしれない。話が壮大過ぎてにわかに信じ難いが、まずはそのイベントが起きないように動くしかないだろう。


 「それと、そもそもとしてトメーちゃんと連絡は取れないの?」

 「それが秀畝さんと一緒に海外に引っ越してしまったみたいなんですよね」

 「秀畝……というのは誰のことかしら?」

 「乙女のお父さんですよ。ほら、六月にちょっとした噂になってた」

 「あぁ、そんな人もいたかしら」


 乙女が月ノ宮を去ってから既に四ヶ月以上が経とうとしていた。八年前に起きたビッグバン事件の真犯人が秀畝さんだという噂すら風化してしまうほど、俺達は乙女達がいなくなってしまった日常に慣れてしまったというのか。


 

 テミスさんとの話が終わった後、スピカやムギ達に別れを告げてアストレア邸を後にする。帰りは外で待機してくれていた琴ヶ岡家の車で送ってもらって、俺達が住んでいる望さんのマンションの部屋へと到着した。


 「兄さん、今日の晩ごはん何にする?」

 「今日は僕が作るよ」

 「ボク、チェブジェンが食べたいな~」

 「あぁチェブジェンね……え、チェブジェン?」


 今までに聞いたことのない、おそらくは日本では手に入らなさそうな食材を使う料理をリクエストされたが、絶対に作れないよそんなの。

 もしかしたら夢那の家庭はそんな世界各国の料理を日常的に食していたグローバルな家庭だったのかもなぁだなんて思いながら鍵を開けて玄関を開くと──何故か部屋の中の電気が点いていて、そして玄関のすぐ先の廊下で倒れている人物が一人。


 「の、望さん!?」


 廊下にうつ伏せで倒れていたのは、白衣姿の望さんだった。先日のネブラ人の過激派との一件もあったため、何者かに襲撃されたのではと俺も夢那も考え、慌てて望さんの側に駆け寄った。

 すると望さんは意識があるようで、弱々しい声で言った。

 

 「お、お腹空いた……」


 いやお腹空いてるだけかーい。紛らわしいから本当にやめてほしい。


 「兄さん、早く望さんにチェブジェンを食べさせてあげないと!」

 「ガラハも添えて……」

 「ガラハって何なの!?」


 そんな冗談も(冗談なのかはわからないが)言えるぐらいには意外と望さんも元気そうで安心したのだが、うつ伏せで倒れている望さんの右手の先に封筒が落ちていることに気がついた。


 「これ、何の手紙?」

 

 封筒を見るにどうやら国際郵便のようで、こんな風に空腹で倒れていても世界的には有名な天文学者である望さんへの手紙かと思っていたのだが……英語で書かれた差出人の名は、『朽野乙女』だった。


 「そういや朧宛てに届いてたのよ、それ」


 俺はその封筒を手に取った。

 確かに乙女が書いたらしい、明らかに慣れない書体で書かれた英語。どうやら海外に引っ越したというのは本当のようだ。

 一体中には何が入っているのか。手紙だとしたら一体どんなことが書いてあるのか。そんなワクワクと恐怖を同時に感じていると、望さんが口を開いた。


 「朧の知り合いに、乙女って子いたっけ?」


 一瞬、俺は望さんの発言を理解できなかった。

 もう乙女のことを忘れてしまったのか? そんな疑問が頭をよぎったが、俺はまだ気づいていなかった。

 このエロゲ世界に、最大のイレギュラーが起きてしまっていたことに。


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