四人の織姫編⑪ この世界にとっての、最善の選択



 月学の様々な部活に顔を出して実行委員としての仕事を終えた後、俺は校門へと向かい──。


 「あ、お疲れ様です烏夜先輩」


 ヴァイオリンケースを片手に俺を笑顔で迎えてくれたのはベガだ。実行委員の仕事で遅れるとは伝えていたのだが、どうしても俺と一緒に帰りたいとのことで待ってくれていたのだ。

 校門の側では琴ヶ岡家の車が待機していて、俺はベガと一緒に車に乗って琴ヶ岡邸へと向かう。


 「ベガちゃんはテストどうだった?」

 「満足の行く結果だと思います。烏夜先輩はいかがでしたか?」

 「結構ヤマが当たったから、このまえの期末考査よりは良くなりそうだよ」


 俺が住んでいる望さんのマンションは月ノ宮の駅前にあって、そして琴ヶ岡邸はその線路を超えた向こう側にある高級住宅街にあるから、琴ヶ岡邸を経由すると少々遠回りになってしまう。だが今日は俺もそっち側に用事があったため、ベガと談笑しながら琴ヶ岡邸まで向かう。


 「レッスンの調子はどう? もう今度の日曜に迫っているけど」

 「はい。この前やっとシャルロワ会長に褒めてもらったんですよ。気持ちが伝わってくるようになったと」


 ネブスペ2原作のベガルートでも会長はベガのヴァイオリンのレッスンに付き合ってくれるのだが、技術面での指導じゃなくて精神面での指導がメインだったからなぁ。本来主人公であるはずのアルタへの気持ちを込めろなんていう意外な精神論を述べる人なのだが、やっぱり会長ってどういう面が本物なのかわからない。


 「二十五日が楽しみだよ。あ、そういえば何か礼服とか必要?」

 「いえ、私服でも問題ないと思いますよ。不安なら月学の制服でも良いかと思います」

 「それは良かった。あまりそういう場に慣れてないから、もしかしたら僕が一番緊張しちゃうかもね」


 なんてジョークを飛ばすとベガも笑ってくれて、そして隣に座る俺に身を委ねてきて囁いた。


 「こうして幸せな気持ちで今も生きれるのも、烏夜先輩のおかげですから……」


 ……。

 ……嬉しいこと言ってくれるぜ。そう言ってもらえると俺もこの先への不安が多少はなくなるように思える。



 本当はこんな毎日の帰り道も一緒に歩いて少しでも長くお話したいというのがベガの本心らしいが、やはり先日の件もあったため車での送迎が基本となった。それはベガに近しい存在である俺やワキアもだ。ドライバーもシャルロワ家から派遣された護衛の一人で、車も防弾車へと変わった。

 なんだかVIP待遇を受けているような気分ではあるのだが、この地球仕様の防弾車でネブラ人達が使う光線銃を防げるのか、ちょっと不安ではある。


 「ではまた明日、お迎えにあがりますね」

 「うん。じゃあまた明日ね」


 そう言って琴ヶ岡邸の前で別れを告げようとすると、ベガは俺の頬にチュッ、と控えめにお別れのキスをしてきた。

 いやもうベガと付き合い始めてから毎日がときめきの連続で困っちゃうぐらいなのだが、琴ヶ岡邸の屋敷の玄関辺りでワキアがものすんごい表情でこっちを見ているような気がしたから早く帰ろう。


 琴ヶ岡邸を去った後、俺はその足で琴ヶ岡邸の近くにある、スピカとムギが住んでいるアストレア邸へと向かった。

 何もスピカとムギに浮気しに来たわけじゃない。俺が用事があるのは、二人の母親であるテミスさんなのだ。


 

 呼び鈴を鳴らすとスピカが出迎えてくれて、門をくぐって俺はアストレア邸の中へと入った。なんだかんだここへ来るのも結構久々だが、客間へと向かうと先に来ていた夢那がムギと話しているところだった。


 「この『F◯ck』は[ピー]すって意味じゃないの?」

 「この文脈だと単純な罵倒だと思いますよ、ムギ先輩」

 「じゃあこっちの『Son of a b◯tch』も罵倒?」

 「そっちはクソ女の息子って訳で良いと思いますよ」

 「それは結局悪口じゃないの?」


 なんで英語のFワードが飛び交っているのかわからんが、どうやらムギが夢那に英語を教えてもらっているようだ。俺達が通ってる月学の英語の教科書、そんなFワード出てきたっけ? ていうかなんで先輩のはずのムギが後輩の夢那から勉強を教わってるんだよ。


 「ねぇ、これどういう状況?」

 「朧さんの妹である夢那さんに良い先輩アピールをして懐柔し朧さんを手に入れる算段のはずが、逆に夢那さんに勉強を教わっている図ですね」

 「なんでそうなったの……」


 そもそもとして教科書にしろ参考書にしろ、教材にFワードが載ってるのはまずいだろ。どうなってんだこの世界。

 

 その後すぐにテミスさんが帰宅し、俺は夢那と一緒にテミスさんの部屋へと向かった。部屋は黒い布で覆われ、中央の机には水晶玉が置かれているいかにも占い部屋っぽい空間で、俺は用意された椅子に夢那と隣り合って腰掛けた。

 そしてテミスさんは頭に被っていたローブを取って、俺と夢那のことを交互に見ながら言った。


 「さて、二人揃ってわざわざ尋ねてくるなんて、一体どういう用事かしら?」

 「まずは度々僕の命を救ってくださり、ありがとうございます、テミスさん」

 「そんなかしこまらなくても良いのよ。ぶっちゃけボロー君が助かるだなんて殆ど思ってなかったもの」


 ネブスペ2原作だと娘のスピカやムギが登場する第一部ではちょっとシリアスな雰囲気を醸し出しつつも、結局最初から最後までヘンテコな占いや予言を残していくおもしろ占い師というキャラだったはずなのに、今となっては俺の命の恩人だ。もう絶対に足を向けて寝られない。


 「ボクからもお礼を言いたいんです。前にノザクロでお会いしたことありますよね? ボク、実はこの人の妹なんです」

 「えぇ、知ってたわ」

 「やっぱり占いでわかったんですか?」

 「ボロー君と何か関わりがあるというだけね。結局その後にノゾミールちゃんから話を聞いちゃったんだけど」


 夏休み、夢那がノザクロで働いていた時にテミスさんがお客さんとして来店したことがあったが、その時に不思議そうな表情をされたのを覚えている。なんかもうテミスさんって魔眼とか持ってるんじゃねぇか、冗談抜きで。

 テミスさんは夢那に優しく微笑みかけた後、俺達の用事が何かを察したのか真面目な表情になって口を開く。


 「そんな可愛い妹ちゃんをわざわざ連れてきたということは、中々折りいった話をしたということね?」

 「はい。隠していたわけではないんですけど、テミスさんには全てをお話する必要があると思ったんです」


 あのどう見ても呪われそうな日本人形というラッキーアイテムで俺を二度も死の危機から救ってくれた命の恩人であり、そしてつい最近まで烏夜朧が前世の記憶を持っていると唯一知っていたテミスさんに、全てを説明するべきだと俺と夢那は判断した。

 これ以上テミスさんに甘えるのも申し訳ないが、今後起こりうる数々のイベントを乗り越えるためにはテミスさんの助けが絶対に必要なのだ。



 俺は自分の身の上全てをテミスさんに説明した。まずこの世界が『Nebula'sネブラズ Spaceスペース2nd』というエロゲの中であるという衝撃的な事実に始まり、俺やテミスさんだけでなく周囲の人々の作中における立ち回り、そしてストーリーラインも詳細に伝えた。

 そして……十一月一日、月学の学園祭である星河祭まで続く第二部のバッドエンドを迎える可能性がまだ残っているかもしれないこと、そして星河祭から来年の三月まで続く第三部が始まること、その第三部が終わる前の十二月二十四日、烏夜朧は死ぬ運命にあるということ。テミスさんが俺から感じている死相はそれが原因で、常に死と隣合わせにあるかもしれないとも伝えた。


 テミスさんは多くの有名芸能人や政財界の要人からも占い相談を受けるぐらいの凄腕占い師で、テミスさんの占いを受けようと思ったら本来なら一学生が簡単には支払えないほどの料金を支払う必要がある。俺は未だにテミスさんに何もリターンを返していないのに、テミスさんは俺の説明が終わると一呼吸置いてから一言──。


 「どうして私はヒロインじゃないの?」


 ……。

 ……いや、そこ? え、気になるのそこ?


 「いや、僕だって知りませんけど」

 「アペンドディスクで追加とかなかったの?」

 「それが発売される前に開発チームが解散しちゃったんですよ」

 「なら二次創作でifルートを作るしかないじゃない……憂いを帯びた未亡人っていう属性も中々鉄板ネタだと思わない?」

 「いやそれは未亡人側が言うものじゃないと思うんですよ」


 なんでこの人はそんなにエロゲのヒロインになりたいという志があるんだ。自分の愛娘二人がエロゲヒロインとして大星とイチャイチャしていた世界線の話だってしたのに、どうしてそんなスッと受け入れられるの? しかもアペンド云々を言えるってことはテミスさんもまぁまぁ嗜みがあるな?


 「あの、もしかしてテミスさん、僕がそういう世界から来てたこと知ってました?」

 「いえ、流石にそこまではわからないわ。でも確かに昔のボロー君ってそういう立ち回りだったように思えるわ。スピーちゃんやムギーちゃんだって前は大星君のお話しかしてなかったのに、いつの間にかボロー君LOVE勢になっていたし」


 六月、乙女が月ノ宮を去ると同時に前世の記憶を取り戻した俺は、その時から明らかに烏夜朧とは人格が異なっていただろう。皆はそれを乙女がいなくなったことのショックで朧の気が狂ったと考えたようだが。


 「でも可哀想ね、ボロー君。せっかくそんなハッピーな世界に来たのに何度も死にかけちゃうだなんて」

 「僕だってこのシナリオを作った人に文句の一つや二つ言いたいですよ」

 「このままだと兄さん、あと二ヶ月弱で死んじゃうんです。兄さんが生き残るための方法、何かないですか?」


 夢那がそう尋ねると、テミスさんは口に手を添えてムムムとかなり悩んでいるようだった。

 今まで俺が遭遇した死の危機というのは、あくまで作中の選択肢次第で迎える可能性があったバッドエンドによるもので、まぁそれは回避できる可能性も残されていたのだ。俺が記憶喪失にならずにちゃんとした夏休みを過ごしていれば。いやそれでも全ヒロインのイベントを回収できたかわからんけど。

 しかし、第三部のイベントは回避するのが非常に難しい。俺の命の代わりに、一人の人間を殺すことになってしまう。


 俺達が今生きているこの現実がエロゲ世界だという衝撃的な事実を知らされながらも、テミスさんは俺に待ち受ける数々の未来について真剣に考えてくれたようだが──テミスさんは一息つくと目をつぶって口を開いた。


 「ボロー君は、私の可愛い可愛い娘のスピーちゃんとムギーちゃんをわざわざ振って、あの琴ヶ岡家のお嬢さんとお付き合いを始めたのよね?」

 「あ、はい。本当にすみませんでした……」

 「良いのよ、それは。私はボロー君が二人のことを助けてくれたことに今も感謝しているし、ボロー君が選ぶ人生のパートナーにつべこべ言う権利なんて私には無いわ」


 朧とベガが付き合う世界線なんて原作には勿論なかったし、色んな人に迷惑をかけてしまったことは本当に詫びなければいけない。俺はテミスさんの愛娘であるスピカとムギを振り回してしまったが、俺の諸々の事情を察してくれたテミスさんはそれを咎めることこそなかったものの、相変わらず目をつぶって口元に手を添えたまま、そして重苦しい雰囲気で口を開く。


 「ボロー君。貴方は、本当にあの子のことが好きでお付き合いを始めたの?」


 俺はテミスさんの質問の意図が読めず、思わず首を傾げていた。何かの心理テストか、これは。


 「はい。ベガちゃんからの告白でしたけど、決めたのは僕の意思です」

 「本当に?」

 「はい」


 俺が何かベガ達に弱みを握られていて、強制的に付き合わされているとテミスさんは考えているのだろうか?

 隣に座る夢那も俺と同じように首を傾げていたが、テミスさんは話を続けた。


 「こうもボロー君の身に色々な危険が迫っていると知ると、何か陰謀めいたものがあるんじゃないかって勘繰っちゃうのよね」

 「それは、ベガちゃん達が何か企んでいるという意味ですか?」

 「いえ、そういうわけじゃないわ。もっと大きな存在よ」


 するとテミスさんは水晶玉が置かれた机のテミスさん側にある引き出しを開くと、中から何かを取り出した。

 そして──テミスさんは俺に拳銃型の光線銃を向けて言った。


 「ボロー君。貴方が死んだ方が、この世界にとっての最善の選択なんじゃないの?」


 

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