四人の織姫編⑩ それぞれの青春



 ネブラ人の過激派との騒動が起きてから一週間ちょっとが経った十月二十一日。ようやく終わった中間考査から解放され、十日後にはいよいよ星河祭も迎えるためクラスの面々も浮足立つ中、星河祭実行委員は今日も忙しい。


 「サルサでもフラメンコでもない」

 「ナートゥをご存知か?」

 「いや知らんけど」


 クラスの出し物の準備が忙しなく進む中、月学に存在する多くの部活動の出展も準備が進んでいる。しかしいくらシャルロワ財閥という強大なスポンサーのバックアップがあるとはいえ好き放題に予算を使わせるわけにもいかず、そして広大な敷地を持つ月学でもどうしても各部活動の出展の場所が被ってしまうこともある。

 そのため場所が被ったらどちらかに移動を、あるいは縮小をお願いしなければならない。俺はボランティアとして、その調整を進める役目を担わされていた。


 「まぁ聴け──」

 「この曲を──」

 「いや踊らなくていいんで」


 何か月学の本校舎の正面玄関前を貸し切って盛大なパフォーマンスをしたいというナートゥ部とかいう謎の部活があったんだけど、妙にインドというかガンダーラというか、南アジア感溢れる部室が校舎の一角にあるんだけど一体何なの? ナートゥって何?

 流石に本校舎前は多くの人が行き交うため、ある程度の広さもある体育館前にしておいてくれと頼んだら意外と快諾してくれた。



 「廊下を走るのは果たしてイエローカードで済ませて良いものか」

 「レッドカードですね」

 「いやそういうの良いので」


 続いて俺が訪問したのはレフェリー部。あらゆる事態に対し公正な立場としてジャッジする部活らしい。全く意味はわからんが、一応この月学に存在する運動部のルールは把握しているそうなので、普段は普通に審判とかやっているらしい。凄いのか凄くないのかよくわからん。


 「あの、星河祭の出展の内容に関しては問題ないんですけど、いくらやることが思い浮かばないからって出し物がゴミ拾いってのはどうなんですか?」

 「い、いや、やることが思い浮かばなかったからじゃないぞ」

 「そう、これもフェアプレー精神の一つです」


 なんでこんなトンチキな部活が部活として成り立っているのかわからんが、本人達が望んで慈善活動をしてくれるなら別に良いや。ってか月学って宇宙関係の特殊なカリキュラムがあるんだから、もっとそれに関連した特色ある部活動がもっとあってもいいだろ。


 その他にも、校庭を使って人間麻雀がしたいと希望する麻雀部と人間将棋がしたいと希望する将棋部の争いを仲裁した結果その二つを組み合わせた人間麻雀将棋なる特殊なボードゲームの開催が決まったり、体育館を使用した演目の中でボディビル大会を開催したいマッスル部とシューベルトの魔王を歌いたい魔王部の時間の調整に関しては、マッスル部が希望していたプロテイン試飲会を他の場所で開催することで決着した。マッスル部とかは良いとして魔王部ってなんだよ。

 


 そんな不思議な部活動の出展の調整に奔走している中、俺は演劇部の部室を訪れた。

 

 「あれ? 朧、どうしたんだよ、こんなところに来て」


 演劇部の部長であるレギー先輩が他の部員達と台本の読み合わせを行っているようだった。制服の衣替え期間も終わってレギー先輩達も冬服になったから、なんか露出が少なくなったのが少しだけ悲しい。


 「いえ、調子はどんなものかと思いまして」

 「あぁそうか、お前生徒会のボランティアとしてローラにこき使われてるんだったな。病み上がりなのに大丈夫なのか?」

 「足の方は結構平気ですよ」


 演劇部は既に星河祭で披露する演劇の練習も大詰めというところのようだが、演劇部の後輩達は何やら不安そうな表情をしていた。


 「演劇の時間なんかは大丈夫そうですか?」

 「いやそれがだな、思ったより伸びそうなんだよ。五分ぐらいなんだけどいけそうか?」

 「うーん……結構キツキツなんですよね。ちょっとエクスタシー部に頼んで調整してみますね」

 「え、エクスタシー部……?」


 月学には吹奏楽部や合唱部やダンス部だけでなく色んなバンドなんかもあるようで、一番広い会場である体育館のスケジュールはとんでもないことになっている。しかも一概にダンス系の部活って言っても日本舞踊部とかサルサ部とかフラメンコ部とかゲッダン部とかハサウェイ部とか林立してるんだから、このカオス具合は学校運営の構造的にどうにかした方が良いと思う。

 ていうかこんなカオスな部活動の数々を、あの会長が認可していると思うだけでなんだか面白い。



 続いて俺が向かったのは新聞部だ。結果的に振った形となったルナが在籍しているため中々部室に入りづらかったが、意を決して中に入ると──。


 「手を軽く丸める!」

 「こ、こう?」

 「首を軽く傾げる!」

 「こうかな?」

 「そして猫撫で声で『にゃ~ん』」

 「にゃ~ん……こんな感じかな?」

 「感じかなじゃなくて感じかにゃだよ!」

 「にゃあ……」


 他の新聞部員達が真面目に記事を作成している中、その一角で新聞部員ではないはずのワキアとカペラがお邪魔していて、ワキアがルナとカペラに謎のレクチャーをしているところだった。


 「あの、皆何してるの?」

 「あ、烏夜先輩だ。今ね、烏夜先輩を寝取るためのマニュアルを作ろうとしてるところ」

 「何その怖いマニュアル。それでどうしてルナちゃんとカペラちゃんは猫耳をつけられてるの?」

 「それはワキアちゃんに聞いて下さい……」

 「カペちゃん、下さいじゃなくて下さいにゃだよ!」

 「わかりましたにゃあ……」

 

 なんでも前に少しだけワキアがルナにレクチャーしていた甘え方レッスンの続きのようだ。そういやワキアのクラスってコスプレ喫茶をやるらしいから、猫のコスプレとかあんのかな。見に行きたいけど二度と戻ってこれなくなりそうだ。

 ちなみにワキアはルナの手伝いに来ただけで、カペラはルナが星河祭に出展する記事の挿絵を描きに来たらしい。一応ちゃんと真面目に作業は進めているようだが、部室の一角でにゃあにゃあと猫っぽい仕草を繰り返すルナ達を見ながら、他の新聞部員達は心が洗われたかのように和やかな笑顔を浮かべていた。


 「癒やされる……」

 「今度チュールとかねこじゃらし持ってこよ……」

 「新聞部をにゃんにゃん部に改名しよう……」

 「それで良いのかアンタら」


 俺ももう少し癒やされていきたかったが、別件もあるため名残惜しく思いながらにゃんにゃん部、いや新聞部を後にした。



 そして最後に訪れたのはロケット部。星河祭のラストはロケット部が打ち上げるロケットで締めくくられるのが慣例となっており、その打ち上げに向けて校舎から離れた校庭の一角には既に発射台の建設が進められているのだが……。


 「でっか!?」


 校庭の一番端っこにあるというのに校舎からも見えるロケットは、まだ完成はしていないようだが長さは十メートルを超えるんじゃないかという巨大さだ。いやこれ、部活とかで作る規模じゃないって絶対、これ大学とか企業が作るレベルだよ。

 するとこのロケットを開発したのであろう、月学ロケット部のエースであるアルタが俺の元へとやって来た。


 「どうも烏夜先輩。何か文句でも言いに来たんですか?」

 「いやいやいやいや、このロケットの迫力に感服してるだけだよ」

 「あぁ……これは僕が今までに開発してきたロケットの中でも最高傑作と言っても良い、『アルタΣシグマロケット“ロンギヌス”初号機だよ」

 

 Σとかロンギヌスとか、その厨二っぽい命名はなんなんだ。いや、でも普段は結構クールな感じなのにこういうところでまだ厨二っぽさが出てくるの、嫌いじゃないぜ。


 「僕も実行委員ですし何から連絡事項があるなら聞きますけど」

 「あぁいや、毎年恒例のイベントではあるけど、一応近隣住民にお知らせはしましょうっていうだけだよ」

 「あぁ、そういえば忘れてましたね」


 アルタは実行委員として仕事とロケット部としての活動、そしてバイトも掛け持ちしているからかなり多忙だ……いやそれならなんで実行委員をやっているんだって話だが、多分シナリオ上の都合と言うべきか。大星、アルタ、一番先輩というネブスペ2の主人公の面々が揃うの、トゥルーエンド以外だと星河祭の時ぐらいだし。

 アルタのロケットを見ながら感服していると、校庭の方から水筒を片手にやって来る少女が一人。


 「あ、烏夜先輩じゃないですか!」


 相変わらず健気な様子のキルケは俺の存在に気づくと元気よく手を振っていたが、俺はアルタが一瞬だけ嫌そうな顔をしたのを見逃さなかった。


 「やぁキルケちゃん。アルタ君のお手伝い?」

 「はい、そうなんですよ。実は私もロケット部に入部したんです!」

 「へぇ……」


 俺がニヤニヤしながらアルタの方を向くと、同時にアルタは俺から顔を背けてしまった。

 アルタとキルケの交際はどんなものなのかと少々不安なところはあるが、やはりキルケの方からガツガツいっているようだ。そしてアルタはそれにまんざらでもなさそうだ、と。


 「私、数学とか物理とかすっごく苦手なんですけど、アルタさんって教えるの凄く上手で──」

 「キルケ、そこまで」

 「アルタ君が人に勉強を教えるなんてねぇ~」

 「僕が誰かに勉強を教えもしない薄情な人間だと思ってたんですか?」

 「いやそういうわけじゃないけども」


 何かアルタとキルケの絡みを見るの、前世でネブスペ2をプレイしていた俺にとってはかなり新鮮だ。まさかアルタがキルケのことを好きになるとは思わなかったが、なんかほっとけないんだろうなぁ。


 

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