四人の織姫編⑨ 運命を乗り越えるために



 六月に俺が転生した直後、自分が思い出せる限りのネブスペ2の攻略チャート、登場人物の設定や相関関係等を一冊のノートに書き留めた。細かいところまで全て記憶にあったわけではないが、ルート分岐に関わる重要な選択肢の当たり外れは覚えていたし、各ヒロインのエンディング到達方法も理解していた。


 結局、この世界の出来事はある程度ネブスペ2原作の流れに沿っているのだが、予期しないイレギュラーに多く襲われている。第一部ではスピカ、ムギ、レギー先輩のイベントを回収するため奔走し、原作では関わってこない会長や前作ヒロインのコガネさん達の登場など、画面越しにプレイしていたなら多少は嬉しかったかもしれない出来事でさえ、この世界を現実として生きている俺にとってはかなり困った事態なのだ。


 第二部ではアルタの代わりに俺が記憶喪失になってしまったことで回収できなかったイベントも多く、先日のネブラ人の過激派の騒動を始めとした原作にないイベントも多く発生しているが、念の為そういったイレギュラー的なイベントもノートに追加していた。それぞれを紐解いていけばいつかは点と点が線で繋がり、この世界で起きようとしていることがわかるかもしれないと考えていたからだ。


 

 その攻略チャートをノートに書き留めておこうという発想は、俺にしては中々良かったと思う。現に今だとネブスペ2というゲーム自体はこの世界に存在しないため、詳細に思い出せないイベントとかも結構ある。

 しかし問題は、それをちゃんと人目につかないように隠さなかったことだ。俺は机の上の棚に他の参考書類やノートに混ぜてなおしていただけだったが、今までわざわざ俺の部屋に入ってきて何かを探そうとする人なんていなかった。スピカ達が入ってきたことはあったものの、一見すれば普通のノートだしわざわざ中を開こうとも思わないだろう。


 だが、迂闊だった。生き別れの妹である夢那と一緒に暮らし始めたというのに、彼女が俺の部屋で探しものをするという可能性が頭の中から消えてしまっていたのだ。むしろ見た目は普通のノートだし、下手に隠すと怪しまれそうだからそのままでも十分カモフラージュは出来ていたはずだったのだが……。


 「今日さ、キルケちゃんに勉強を教えていたんだけど、兄さんは一年の時にどんなノートの取り方をしてるんだろうって思って、ちょっと兄さんの部屋でノートを探してたんだ。その時にこれを見つけちゃったんだけど……」


 勉強のためにノートを探していたというのが何とも夢那らしい。いや見た目が完全にピンポイントだし、まさかこんなことになるとは。


 「兄さんって……何か、未来が見えてるの?」


 前世の記憶を失っていた時の俺がこの禁断のバイブルを見た時、なんて黒歴史だとドン引きしたような記憶があるが、まさか夢那がこのノートの内容を真実として受け入れるとは思わなかった。


 「そうだね……」


 俺が前世の記憶を持っていることはこの世界だとテミスさんしか知らないはずだが、テミスさんとてこの世界がネブスペ2というエロゲ世界だとは知らない。いや信じてもらえるとは思えないし。もしかしたらテミスさんなら信じてくれるかもしれないが、話したくないよわざわざエロゲの話を女性に。


 「ちょっと話が長くなるけど、良いかい?」

 「う、うん」


 だが、夢那には正直に話そう。これが見つかってしまっては誤魔化すのも面倒だし、バレてしまったものはしょうがない。


 

 俺には、前世の記憶があること。正確には、自分が前世の記憶を持っていることに気づいたのは今年の六月になってからということ。

 そしてこの世界は、俺が前世でプレイした『Nebula'sネブラズ Spaceスペース2nd』という美少女ゲーム……所謂エロゲの中の世界だということ。

 烏夜朧はそんなエロゲ世界のモブキャラであり、面白半分で各ヒロインのバッドエンドを迎えると簡単に死んでしまうこと。

 俺はそんな未来を回避するために、各ヒロインのイベント回収に奔走していたこと。

 そして……おそらく今年の十二月二十四日、あと二ヶ月弱で俺は死んでしまうかもしれないということ。


 

 夢那は出来の良い子だが、急にそんなことを話されても到底理解できるわけがない。しかし俺視点だとそれが現実なのだ。きっと夢那達にとってはこの世界がゲームの中の世界、それもエロゲ世界だなんて信じられないだろう。

 しかし夢那は俺の話をずっと真面目に聞いていて、俺の話が一通り終わると一言。


 「え、こわ……」


 いやまぁ素直にそんな感想が出ると思うよ。俺もこの世界の住人として普通に生きていて大星あたりから「この世界はエロゲの中でな……」って突然告げられたら、その話を信じるとしても「え、なにそれ……?」ってなるよ。

 思いの外夢那が普通の感想を言ってくれたから、俺も少し気が抜けて緊張感が和らいだ。


 「信じられないかもしれないけど、それが僕の知っているこの世界の真実、と言うべきかな」


 だなんて格好つけてみたが、やはり夢那は未だ信じられないというか理解が追いついていないという様子だ。夢那は俺が用意したジュースを一口飲むと、ふぅと息をついてから口を開く。


 「つまりさ、ボクもそのエッチなゲームのヒロインの一人ってことでしょ?」

 「ま、まぁそうだね」

 「兄さんはボクを攻略したことあるの?」

 「なんか語弊はあるけど、一応そうだよ」


 俺はネブスペ2を完全攻略したからその過程で勿論夢那のイベントも全回収しているし、そりゃ夢那のあんなところやこんなところを何度も見た。今の俺には夢那の兄である朧としての記憶もあるからかなり複雑な気分だが。


 「ってことはさ、兄さんはボクのエッチなところを見たことがあるんだよね?」


 うん、と正直に答えるべきか迷った。だって否定したところで絶対嘘ってバレるし、肯定するのも流石に気が引けた。

 しかし俺のその一瞬の沈黙で夢那は全てを察したようで、恥ずかしさやら怒りやら悲しさやら様々な感情が混じったような表情で、夢那は体を震わせながら口を開いた。


 「じゃ、じゃあ兄さんは、ボクがアルタ君にあんなことやこんなことをされるところを見たことがあるんだね!? い、一体ボクはどんなことをしたりされてたりしてたの!?」

 「いや違うんだ夢那、それは今の夢那がしたことじゃないし今の僕が見たわけじゃないんだ、あくまでそういう世界線もあっただけだよってだけで」

 「でもボクの裸を見たことがあるんでしょー!?」

 「ごめんそれは否定できないんだけど」


 よくわからんが、なんか社会的に殺されてるっていうか公開処刑を受けているかのような気分だ。でも夢那にとっても俺が彼女の裸体を知っているという事実が恥ずかしさを駆り立てているのだろう。今となっては夢那が自分の妹という間柄だから俺だって余計に気まずいし恥ずかしくなってくる。


 「ちなみに、ボクはアルタ君とどんなことをしたの?」

 「いや、それは知らなくていいと思うよ」

 「正直に言って。全部教えてくれないとボクも落ち着かないんだ」


 なんで前世で見たエロゲヒロインの性事情を、今や自分の妹となったエロゲヒロインに事細かに説明しないといけないんだよ! 

 しかし夢那がお望みとならば、俺も正直に説明しよう。もうヤケクソだ。


 「……ほら、夢那って辛いもの好きでしょ?」

 「うん」

 「でさ、アルタ君って見た目も中性的で可愛いところあるじゃん?」

 「うん」

 「……なんかベッドの上の夢那って凄くドSで、アルタ君の[ピーー]に七味唐辛子とかタバスコをかけて、苦しむアルタ君の姿を見て恍惚とした表情を浮かべてたり、アルタ君の体に噛みついて反応を楽しんだり、スタミナが無限にあるからアルタ君が枯れるまで頑張ってたし……とにかく主導権は夢那にあったと記憶しているよ」


 俺は一体何の罰を受けているんだ? 絶対おかしいだろこの状況。なんで妹が知らない妹の性癖を俺が暴露してるんだよ。

 とまぁ原作の夢那はアルタに対して中々のドSっぷりを発揮するのだが……俺の説明を聞いた夢那は頭を抱えて見るからにショックを受けているようだった。


 「なんか、ボクならしそうだなって否定できないのが辛いよ兄さん……!」


 いや否定しないんかーい。じゃあ同じノザクロで一緒に働いていた同僚のアルタをちょっと性的にいじめたいって心のどこかで思ってたのかよ俺の妹はよ! もっと純粋に生きてると思ってたのに!


 「あの、夢那」

 「どうしたの?」

 「どれだけ嗜虐心が湧いても、劇物をかけるのはやめてあげな」

 「うん……」


 自分のものに七味とかタバスコをかけたことないから実際どうなるかわからんけど、劇物だからただじゃ済まなさそうだし、調味料とはいえ食べ物を粗末に扱うのはやめときな。



 「ボクの性癖とかはもうどうでもいいんだよ。兄さん、本当にあと二ヶ月ぐらいで死んじゃうの?」


 この禁断のバイブルを読んでしまった夢那が一番気になっていたことは、この先起こり得るイベント。

 せっかく生き別れの兄に再会して一緒に暮らすことが出来たのに、そんな兄が近々死んでしまうかもしれないとなると夢那も気が気じゃないだろう。


 「ぶっちゃけ、それよりも早く僕が死ぬ可能性もあるんだ。この前の騒動とか事故もそうだしね。その十二月二十四日っていう日付は、僕が知っているゲームにおける僕の命日だよ」


 この世界には俺の知らない数々のイレギュラーが起きているから、もしかしたらワンチャン俺が生き永らえる可能性も十分にある。しかしそれよりも、十二月二十四日よりも前に俺が死んでしまう可能性の方が高く感じられた。


 「……このノートに書いてある誰かを事故から守るために、兄さんは死んじゃうってこと?」

 「そうだね」

 「その人を助けなかったら、もしかしたら兄さんは助かるかもしれないの?」

 「わからない。もしかしたら助かるかもしれないけど……」


 ノートには名前こそ書いていないが、俺はとあるヒロインを事故から庇って死ぬことになる。烏夜朧というキャラは他ヒロインのバッドエンドを含めるとかなり事故死する可能性が高いという訳のわからない運命にあるのだが、そのイベントは共通ルートで発生するため、ネブスペ2原作ではトゥルーエンド世界線へ向かわない限り回避は不可能だ。


 そして、おそらくなのだが……俺が庇わなければ、そのヒロインが代わりに事故で死んでしまうかもしれない。そんな危険性を知っていながら俺がそのイベントを傍観するのは見殺しのようなものだ。

 だからきっと、俺は危険を冒してまでそのヒロインを助けに行くだろう。俺はそれを言葉にするのを躊躇ったが、夢那はその行間を読んで察したのだ。


 「……そう、なんだね」


 前に夢那に聞かれたことがある。俺がベガやカペラを事故から庇った時のように、誰かの命を救うためなら自分の命も厭わないと俺は夢那に言ったことがある。

 しかし、残された夢那はどうなるのか。生き別れの兄と久々に出会い、両親を失ったものの再び兄と生活できるようになったというのに……そう、俺には死ねない理由が出来た。


 「僕は、そんな未来が来ないようにしたい」


 俺が今まで色んなヒロイン達のイベントを回収してきたのは死にたくないという理由が大きかったが、それの副産物とはいえこの世界でも夢那を始めとした大切な人達がいる。

 ダメだ。最終手段として自分の命を投げ捨てることが選択肢に入っているべきではない。俺は夢那やベガ達のために覚悟を決めないといけないのだ。


 「兄さん……」


 最初は俺の話を信じられないという様子だった夢那は、兄である俺に死が近づいていることをしって不安げな表情を浮かべていたが、俺と同じく覚悟を決めた表情で口を開いた。


 「ボクも出来る限り協力するから、上手くいく方法を見つけ出そうよ」


 俺の前世のことがバレるとどうなるかと不安だったが、俺は思わぬ協力者を得ることとなった。


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