四人の織姫編⑦ NTR部



 十月十三日。体育の日明けの今日もいつものように皆で昼食を取っていた時、屋上が衝撃に包まれた。


 「朧に、彼女が出来た……!?」


 ベガと正式に交際を始めたことを大星達に告げ、そして俺はスピカとムギ、レギー先輩に頭を下げて謝罪した。第一部のイベントをこなしていく上で俺は三人から告白を受けたものの、結局その答えを今まで保留にしてきていた、その理由も明らかにしないまま。ていうか明かせないけども。

 そんな中、俺はその三人の中からではなく、後輩のベガを選んだのだ。俺はスピカ達から反感を買われることも覚悟の上で謝罪したのだが──この場にいた大星や美空も衝撃すぎてポカーンと口を開いている中、先に口を開いたのはムギだった。


 「やっと、朧も前に進めるようになったんだね」


 三人の中で一番感情を顕にして憤りそうだったムギが、意外にも、いや意外過ぎるぐらいに優しい笑みを浮かべてそう言った。


 「不安だったんだ。乙女がいなくなった時、朧は平気そうに振る舞っていたけれど、あの日を境に朧は変わったから……朧が記憶喪失になった時も、やっぱり心の奥底にショックがあるのかなとも思ってたし」


 多分ムギ達が六月以降に俺に感じていた変化ってのは、多分朧の中に『俺』という特殊な存在が生まれたのが一番大きな要因だと思うが、それと同時に烏夜朧として乙女との別れを惜しんでいたのも事実だった。


 「朧の中ではまだ乙女の存在が大きくて、忘れられなくて、だから私達のラブコールにも応えられないのかなって思ってたんだ。

  私達は朧のおかげで前に進むことが出来たけど、朧もやっと前を向くことが出来たなら私も嬉しいよ──」


 ……。

 ……いや、何かムギがメチャクチャ嬉しいこと言ってくれるんだけど。本当にコイツはムギか? まさかそんな前向きに受け止めてくれるなんて思ってなくて、俺は嬉しく思ったのだが──そんなのも束の間、優しい表情をしていたムギの様子が一変した。



 「──とでも言うと思ったかー!」


 と、急にムギは地団駄を踏み始めた。うん、何かつい最近似たような反応を見た覚えがある。


 「今まで私達のラブコールにはウジウジして結局答えを有耶無耶にしてきたのに、私達よりも育ちの良さそうなお嬢様に簡単に落ちるとか何なのさー!」

 

 スピカやムギもヒエラルキー的には結構上のところにいるはずなのに、それを遥かに超えるようなお嬢様が身近に何人もいるんだから、それはネブスペ2を製作したゲーム会社かライターを恨んでくれ。


 「しかも私達よりも胸が大っきいし、やっぱり男って生き物は胸の大きさで相手を決めるんだよ! そうなんでしょ朧!」

 「ムギ、それはただの負け惜しみだと思うぞ」

 「レギー先輩は私よりもちっさいじゃん」

 「うぐっ」


 好みは人それぞれだと思うが、俺のストライクゾーンは広めとだけは伝えておきたい。第一部で最初に攻略したのはレギー先輩だったし。第二部で最初に迎えたエンディングは自分の好奇心に負けて寄り道しまくった結果、あえなくバッドエンドだったけど。


 「こうなったらいつか朧を寝取って、NTRビデオを保存したUSBメモリを送りつけて脳を破壊してやるしかない……!」

 

 いやムギ、怒り方がワキアとほぼ一緒じゃねぇか。なんでまず最初に思いつく発想がNTRなんだよ。なんで俺の身の回りの人間がこんなにNTRに関して詳しいんだ。

 ムギの怒りはまだまだ収まりそうになかったが、そこまで怒りを顕にしていないものの、スピカやレギー先輩もムギの叫びに頷いていた。


 「そういうのも良いですね」

 「スピカちゃん?」

 「監督なら任せな」

 「いや何の監督をするつもりですかレギー先輩」


 もしかしてこれにワキアも加わってノリノリでNTRビデオ撮られちゃう? 物理的な死よりも社会的な死の方が現実味を帯びてきた可能性ある?

 しかしそんな大人げない先輩達を目の前にしながらもベガは笑顔のままだった。


 「愛されていたんですね、烏夜先輩。ご安心を、烏夜先輩が寝取られないように私が烏夜先輩を愛しますから」

 「そ、そう……」


 未だにベガが笑顔なのはある種の余裕の現れか。朧ハーレムという謎サークルは朧を寝取ろうとするNTR部へと変貌しかけているけど、もしかして以前よりも増して俺の貞操が危なくなってる?


 

 ある程度の衝撃やショックはあったものの、同じ信念を持って連帯することでスピカ達はそのショックを最小限に留めたようだ。何か親衛隊に反乱を起こされそうな感じになってるけど、俺が思っていたよりも平和裏に済んで良かった。

 一方、この場に同席している大星や美空も最初は驚いていたものの、心配そうな様子でベガに問いかける。


 「ねぇベガちゃん、朧っちに何か酷いことされた? 何か弱味握られてる?」

 「いえ、そういうわけじゃありませんよ?」

 「こいつなら平気で結婚詐欺とか仕掛けてくるからな、気をつけろよ」

 「僕に前科があるわけじゃないのにどうしてそうなるの?」


 まぁ以前の朧のイメージが未だに残っているのだろう。ネブスペ2原作でもベガやワキアの朧に対するイメージはそんな感じで、朧の渾身のギャグに常に愛想笑いしてたからな。前世でネブスペ2をプレイしていた俺にとってはモブキャラのキルケがアルタと付き合い始めたぐらいの下剋上なのに、この世界の人間はそんな経緯を知るわけがない。


 「でもベガちゃんっててっきりアル君と付き合ってるもんだと思ってたな~」

 「アルちゃんも彼女が出来たんですよ」

 「うぇっ、そうなの!? もしかして最近結構アツアツって感じ!?」


 大星と美空に始まり、アルタとキルケ、そして俺とベガ……何か交際ラッシュが続いているが、スピカ達を始めとした残されたヒロイン達がいるのも事実。男女比率がおかしいのはエロゲだからと諦めるしかないが、残っている男性陣は第三部の主人公である一番先輩を除くとレオさんやマスターぐらいしかいないからな。これはもう百合展開に期待するしかない。第一部だとアストレア姉妹の謎の百合エンドとかあったのに。


 「朧、長年美空と生活してきた先輩としてのアドバイスだ。同棲ってのは何も良いことばかりじゃない」

 「肝に銘じておくよ」

 「ねぇ大星、それどういう意味? 何か不満あるの?」

 

 同棲を始めると相手のだらしないところがよく見えるようになって、小さな不満が積もりに積もって爆発することもあるらしいが、まぁ大星と美空に関しては事情があって一つ屋根の下で長く暮らしているし今更という感じだ。いつもはしっかりしているベガが私生活はだらしなかったらむしろギャップもある。それが長く続くと不満に変わることもあるのかもしれないが。


 なんだかんだ不満を爆発させながらも一応皆が祝ってくれて嬉しい限りなのだが、そんな俺達の側に座ってどんよりとした雰囲気で落ち込んでいるのが二人。



 「はぁ……良いよね、幸せな二人はアツアツで」

 「私達のことは遊びだったってことですね……」


 そこだけまるで雷雨に襲われてるんじゃないかというぐらいのどんよりとした暗さで、ワキアとルナがお互いを慰めながらご飯を食べている。


 「うら若き乙女の純粋な恋心を弄ぶだけ弄んで、満足したら女を変えて……それが朧パイセンのやり方ってわけですね……」

 「あ、いや、違うんだよルナちゃん」

 「私達の告白だって断ろうとしてたくせに……お姉ちゃんの告白はスッと受け入れるんだね……」

 「うぐっ」


 スピカ達は夏場までは中々に俺への感情が強めだったかもしれないが、俺が記憶喪失になったりベガ達第二部のヒロイン勢に構ってばかりいたから段々と熱が冷めていて、そこまでショックではなかった部分もあったかもしれない。


 しかしワキアとルナはリアルタイムで俺がイベントを進めてしまっていたから、今まさに熱が強かったタイミングだったわけで……いやワキアは彼女の命が掛かってたからどうしても頑張らないといけなかったし、ルナルートのイベントに関してはやっぱりバッドエンドが怖かったからどうあがいてもイベントを回収しないといけなかった事情もある。でも心を鬼にしてワキアとルナの告白を断ろうとしても目の前で泣かれてしまったら、俺のメンタルが持たないんだよ。

 ルナは一人溜息をつきながら少しずつ箸を進めていたが、一方でワキアは「でもね」と口を開いた。


 「私ね、気づいたんだ。烏夜先輩とお姉ちゃんが結婚する分にはあまり私にデメリットが無いんだよ」

 「へ?」

 「だってほら、烏夜先輩が合法的に私のお兄ちゃんになるわけじゃん? んでウチの家に烏夜先輩が住むことになったらさ、烏夜先輩に甘え放題なんじゃないかな~って」

 

 まぁまだもしもの話ではあるが、仮に俺とベガが籍を入れた場合、ベガの双子の妹であるワキアは俺の義理の妹ということになる。俺もいつまでも望さんのお世話になるのも悪いから琴ヶ岡邸に住むとなると、結局ワキアも一緒というわけだ。

 

 「え、それズルくないわぁちゃん?」

 「でね、同居してるのを良いことに烏夜先輩を誘惑していけば結構簡単に落ちると思うんだよ」

 「僕をなんだと思ってるの?」

 

 ワキアは俺が相手ならなんでもおねだりできると思っているようだが、確かに俺はワキアのおねだりにあらがえそうにない。そこは姉であるベガに何とか止めてもらうしかないだろう。

 ワキアも俺とベガが付き合うことにまだ納得はしていないようだが、その先の未来についてはあまり不安を抱えているわけではなさそうだ。一方でそういった血の繋がりがあるわけでもないルナは活路を見いだせるのか不安だったが──。


 「なら、私は烏夜先輩のことを諦めましょう」


 ルナは俺のことを指差すと、決意の眼差しで言う。


 「いつか烏夜先輩よりも魅力的な方を見つけ、そして今の自分よりももっと魅力的になるよう磨いて、私を選ばなかったことを後悔させてやりますよ! いつかベガちゃんに振られて私に泣きついてきても絶対に付き合ってあげませんからね!」

 

 なんか失恋の悲しみや怒りをモチベーションに変えてルナは逆に燃え上がっているようだ。


 「それは楽しみだね。ルナちゃんが紬ちゃんみたいに妖艶な大人の女性になったらきっと驚くよ」

 「今のルナちゃんに妖艶って言葉は似合わないけどねー」

 「やはりお姉ちゃんみたいに荒んだ大学生活を送らないといけないのでしょうか……」

 「それだけはやめときな」


 今のルナにはワキアみたいなちんちくりんっぽさがまだまだ残っているが、この失恋も一つの人生経験として前向きに捉えてくれるなら俺も安心する。

 と、ルナが新たな決意をしようとしたところで──同じく失恋した悪い先輩達の魔の手が迫ろうとしていた。


 「まぁ待ちなよお嬢ちゃん。君もNTR部に入らない?」

 「何そのヤバい部活動」

 「ルナさんはカメラが趣味なんですよね? 丁度カメラマンが欲しかったんです」

 「確かに面白そうですね。いつ集まりますか?」

 「今日の夜だな」

 「今日の夜!?」


 ベガとの交際を公表して、スピカ達がどんな反応を示すか俺は不安でしょうがなかったが、前向きにというか朧ハーレムの面々で連帯することで失恋のショックから立ち直れたようだ。何か俺をベガから寝取るとかいう恐ろしい冗談を言っているが……じょ、冗談なんだよな……?

 

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