四人の織姫編⑥ 寝取ってやるもんねー!



 騒動から一夜明け、俺は琴ヶ岡邸の客室で目を覚ました。

 昨日は色々とあったからか、夢の内容も最悪だった。突然ぼうぼうに髪が伸びた日本人形が現れて、「アリーデヴェルチ!」って叫んで爆発するんだもん。俺もそれを見て「爆発オチなんてサイテー!」って叫んだもの。悪夢といえば悪夢だった。


 ベッドから起き上がり、高級そうな机の上に置かれた日本人形を手に取った。昨夜、呪文で無双して俺達を助けてくれた日本人形は、どういうわけかぼうぼうに伸びていた髪も整えられ動く気配もない。

 ……テミスさん、まじでどういうルートからこんな人形を入手してるんだ?


 貸してもらったバスローブから自分の私服へと着替えて客室を出ると、丁度じいやさんが部屋の前を通りがかった。

 

 「おや、お目覚めでしたか烏夜様。おはようございます、具合の方はいかがですかな?」

 「おはようございます、じいやさん。足の方も大丈夫そうですね」


 騒動が収まった後、俺は自分で立ち上がることすら難しいぐらい右足の痛みが酷かったが、会長が呼んだシャルロワ家の専属医に診てもらって、自分で歩けるぐらいには痛みも引いていた。骨に異常はなかったが、無理はするんじゃないと怒られた。


 「朝食の準備も終わっておりますので……と言いたいところなのですが、烏夜様。ダイニングまで来ていただいてもよろしいですか?」

 「は、はい」


 俺もお腹が空いていたから丁度ご飯を食べたかった頃合いだったが、じいやさんは何故かかなり重苦しい雰囲気で俺の前を進んでいき、そしてダイニングの扉を開くと──。



 「どーしてお姉ちゃんが独り占めしちゃうのー!?」

 「もう烏夜先輩は私のものなんですー!」


 琴ヶ岡姉妹が姉妹喧嘩をしているところだった。


 「お姉ちゃん、わざと烏夜先輩を避けて距離を置いてたじゃん! なんで急に引っ付いちゃったのー!?」

 「烏夜先輩が私を選んでくれたんだから、文句を言われる筋合いはありませんー」

 「私の方が烏夜先輩のことを愛してるもーん!」

 「私の方がもっと烏夜先輩のことを愛してますー。それに烏夜先輩は私だけを愛してくれるって言ってくれましたー」

 「ムキーッ!」


 この二人が姉妹喧嘩してるところ、始めて見た。しかも俺を巡ってなんかい。意外と子どもっぽい喧嘩するんだな、ベガとワキアって。

 そんな光景を見て苦笑いを浮かべる俺の隣で、じいやさんは頭を抱えながら言った。


 「ベガお嬢様が烏夜様とお付き合いを始めたということをワキアお嬢様に伝えてから、ずっとあの調子なのです」

 「そ、そうなんですか……」

 

 んでじいやさんもあの二人の喧嘩を止めるに止められなかったと。いや俺が来たとしても火に油を注ぐだけだと思うけどね。


 「烏夜様。この度もベガお嬢様を救ってくださって、私どもは感謝してもしきれぬ思いです。どうか、ベガお嬢様のことを、よろしくお願い致します」

 「……はい」

 

 じいやさんは俺に深々と頭を下げた後、ダイニングから去っていった。


 昨日、逃避行の最中に俺はベガから告白を受けた。そして俺は決意したのだ、ベガだけを愛すると。

 

 どうして、俺はそう決意できたのだろう? 今まで数々のヒロイン達の誘惑を受けながらも耐えてきたのに……ただ一つ確かなのは、ベガから告白を受けた時に今までに感じたことのない、極上の幸福感に満たされたことだ。

 どうしてだろう? 俺はスピカやムギ、レギー先輩から告白を受け、さらにはワキアやルナからも熱烈なラブコールを受けていたのに、自分の死が近いからと何かと理由をつけて頑なに断ってきた。


 『私だけを、愛してくれませんか?』


 もしかしたら、あれだけベガに愛を求められたことで、俺が自覚していなかった承認欲求が大きく満たされたのかもしれない。ネブスペ2原作のベガもアルタに対して中々の独占欲を見せるが、束縛されるのもちょっと怖いなぁだなんて考えていた俺が、こうも簡単に陥落してしまうとは……だなんて考えていると、仲良く姉妹喧嘩をしていたベガとワキアが、ダイニングの入口に佇んでいた俺の存在にようやく気づいた。


 「あ、烏夜先輩だ」


 ワキアは俺の存在に気づくと、プンプンと怒りながら俺の方へズカズカと近づいてきて、そして力強く俺の体に抱きついた。


 「ねー、烏夜先輩。どーして私はダメなのにお姉ちゃんは良いのー?」

 

 勿論俺は今でもワキアのことが好きだ。前世の俺もネブスペ2をプレイした時は第二部で最初にワキアを攻略したいと思っていたし、ワキアルートのシナリオも中々良かったものだ。俺が第二部で最初に行き着いたエンディングはバッドエンドだったが。

 ワキアともこの数ヶ月の間で色々な出来事があったが、ワキアは自分の武器が強すぎたのだ。


 「ごめんね、ワキアちゃん。僕も妹がいるからさ、どうしてもワキアちゃんを妹のように扱ってしまう感覚なんだ……」


 元々年下というのもあるし、ワキアは自分の魅力を最大限に生かして俺に熱烈なラブコールを送ってくれていた。俺は何度も陥落しそうになっていたが、それでも踏みとどまることが出来たのは……ワキアの妹感が強すぎたからかもしれない。


 「も、もしかして私の妹力の強さが仇になったってこと……!?」


 妹力という謎の指標はよくわからないが、俺もワキアを甘やかしたいと思う時もあれば、誰かに甘えたい時だってあるのだ。ワキアにはそこら辺の包容力が欲しかった……それがワキア唯一の弱点だった。ぶっちゃけそんなのはちょっとした好みの違いだとは思うが。


 「残念だったわね、ワキア。甘えることも重要だけど、時には甘えさせることも大切なことなの。ね、烏夜先輩」

 「僕、ベガちゃんに甘えたことあったっけ?」

 「すいませんなかったかもしれませんね」

 「……お姉ちゃ~ん?」

 「で、でも私は烏夜先輩のワガママ、なんでも聞きますから!」


 そう言ってベガも俺の体に抱きついてきた。ワキアはムムムとベガを睨みながら俺の体から離れると、プンスカと地団駄を踏みながら言う。


 「もーいーもーん! 今の烏夜先輩はお姉ちゃんに夢中かもしれないけど、いつか絶対私が烏夜先輩をメロメロにしてやるもんねー!

  お姉ちゃんから烏夜先輩を寝取って、ビデオを撮影してUSBメモリをお姉ちゃんに送ってやるもんねー!」


 いや俺を使ってNTRビデオを撮ろうとするんじゃないよ。ていうか寝取られるのベガ側なんだ。

 そんなくだらない会話を交わしていると、再びダイニングの扉が開かれた。



 「随分と元気そうね」


 現れたのは、麗しい長い銀髪の会長と──。


 「だ、大丈夫なの、兄さん?」


 俺の妹である夢那だ。俺の体に抱きついていたベガは慌てて俺の体を離して、何事もなかったかのように平静を装っていた。昨夜のことをどう知らされたのかはわからないが、夢那は心配そうな面持ちで俺の元へやって来た。


 「大丈夫だよ、夢那。見たこともない光線銃で撃たれかけたけど元気さ」

 「兄さん、ス◯ーウォーズでも見てたの?」

 「魔法使いが憑依した日本人形が僕達を守ってくれたからね」

 「……兄さん、また頭でもぶつけたの?」


 いやにわかに信じ難いかもしれないけど、それが真実なんだよ夢那。昨日のことを全部話してもきっと夢那は訳が分からないだろうが、そんなことが起きてしまうのがエロゲ世界のメチャクチャな道理でもあるんだ。諦めてくれ。

 すると未だに虫の居所が悪そうなワキアがズイッと身を乗り出して夢那に言う。


 「烏夜先輩ったらねー、私達という可愛いお嫁さん候補がいながらお姉ちゃんを選んだんだよー」

 「え?」

 「夢那さん。私、烏夜先輩とお付き合いを始めることになりました」

 「……え?」


 夢那は混乱した様子で俺とベガを交互に見ていた。そしてその後驚きの表情のまま硬直すると、ようやく状況を理解できたのか夢那は口を開いた。


 「ってことは、ベガちゃんがボクの姉さんになるってこと?」

 「あ、もうそこまで考えてる!?」

 「じゃあもしかして私が夢那ちゃんの義理のお姉ちゃんになるってこと!?」

 「いや、ワキアはきっと妹でしょうね」

 「あれー?」


 そんな厳密に決める必要はないだろうが、確かにワキアが夢那の義理にお姉さんになるというのはちょっと違和感がある。会長がそうツッコんだのを見るに、それは会長も共通認識のようだ。


 「でも良かったよ、兄さんの相手がベガちゃんで。ワキアちゃんだったらボク、耐えられなかったかもしれない」

 「ねぇそれどーゆーこと? どうして私じゃダメなの?」

 「だってワキアちゃんがボクの姉さんになるの、ちょっと想像つかないから」

 「確かに」

 「確かに!?」

 

 まだ年齢的に上下があったならスッと受け入れられたかもしれないが、夢那達は同い年であるからこそ、元々双子の妹として生きてきたワキアの妹感が際立っている。夢那も妹属性を持っているはずなのに、兄がいなかった時間が長かったからかしっかりしてるからなぁ。

 ベガにも夢那にも俺にも姉っぽくないといじられたワキアは、とうとう会長に泣きついた。


 「ね、ねぇローラお姉さん! 私、お姉ちゃんっぽいところそんなにない?」

 「こうやってすぐに泣きついてくるところは昔から変わらないわね」

 「そんなー!?」


 その後もワキアは頑なに抗議を続けたが、どうあがいても彼女を姉のように感じる人間はいなかった。年下の子が相手だったらワキアもお姉ちゃんっぽく振る舞うことはあるが、同年代の中だと流石になぁ……。


 

 その後は皆で朝食をいただいて夢那にはそのままダイニングに待機してもらい、俺と会長、ベガとワキアの四人はリビングへと移動した。待機していたメイドさん達にも部屋から出ていってもらって扉を閉める。

 そして、会長による話が始まった。


 「今、私達を取り巻く環境はかなり過酷なものになっているわ。昨日の騒動がその現れだったように」


 ネブラ人の王室の末裔であり王女という肩書を持つベガとワキア、そして代々王室の忠臣として仕え、現在はネブラ人随一の実業家のご令嬢である会長、そして一般人の俺。俺の異物感やばいな。


 「ネブラ人の権利拡大を主張する一派は昔から存在していたけれど、最近はかなり動きを活発化させているの。原因はおそらく……私の父が重篤な状態にあるからね」

 「あのおじいちゃんが?」

 「えぇ。先月脳梗塞で倒れて、それから植物状態になっているの。シャルロワ家の人間でも一部しか知らない情報だけど、それがどこからか漏れて……今なら当家の邪魔が入らないと思ったのでしょうね」


 前に葉室総合病院で偶然会長と出会って、寝たきりになってしまったシャルロワ家当主のティルザ爺さんと対面した。今も会長は平気そうに振る舞っているが、近い内に自分がシャルロワ家を引き継がなければならないという重責と戦っているはずだ。

 俺の記憶が正しければ、第三部が始まってすぐに正式に会長がシャルロワ家の次期当主に指名されるはずだし。


 「まだ調査は終わっていないけれど、ベガやワキアを傀儡にして良からぬことを考えている連中が存在していたのは事実。

  だから当家としては二人に警護を付けたいのだけど……ちなみにどうして、いつもは車を使っているのにベガは私の別荘まで歩いてきたの?」


 そういえば、ベガとワキアはいつも琴ヶ岡家の車で送迎されていたイメージがある。葉室市への移動も電車を使わず殆ど車だったが、前にベガを葉室駅で見かけた時も改札の中に入ってたなぁ。

 どうしてだろうと俺も疑問に思っていると、どういうわけかベガは恥ずかしそうに自分の顔を両手で覆ってしまった。そしてベガの代わりにワキアが呆れた様子で口を開く。


 「お姉ちゃんね、もしかしたら偶然烏夜先輩と会えるかも、ってわざわざ遠回りをしたり烏夜先輩が行きそうな場所をウロウロしたりしてたんだよ」

 

 ……。

 ……え、何その可愛い理由。つまりベガも俺に接触するためにどこかで会えないかとずっと探っていたということ? いざ俺と顔を合わせると逃げてしまっていたが、ベガもベガなりに俺との関係を修復しようとしてくれていたのか。

 それを聞いた俺はちょっと気分が浮ついていたが、一方で会長は溜息をついて俺の方を向いた。


 「烏夜君。貴方、めでたくベガと交際を始めたのよね?」

 「は、はい」

 「なら貴方がベガを守りなさい。昨日、過激派の連中からベガを守ったように」


 ……。

 ……え、あんな見たこともない光線銃で武装した奴らと戦えと? 昨日は魔法使いが憑依した日本人形とシャルロワ家の私兵部隊が駆けつけてきてくれたから助かったけど、俺は魔法とかユニークスキルとか何も持ってないから絶対戦えないんだが?


 「あの、流石に武装した連中の相手は無理ですよ」

 「それもそうね。でも安心なさい、常に当家の私兵部隊が貴方達を警護するように命じておくから」

 「そもそも私兵部隊って何なんですか?」

 「私兵部隊は私兵部隊よ。それ以上でもそれ以下でもない」


 あ、これ何かツッコんじゃいけないやつなの? いくら超お金持ちだとしても私兵部隊とか持ってるの絶対おかしいと思うんだよ。しかも絶対合法的な組織じゃなさそうだし、おそらくは表で流通してない光線銃とか持ってたし、あまり探ると逆に俺が闇に葬られてしまうやつだ。

 でもシャルロワ家の私兵部隊はネブスペ2原作でもしれっと出てきてたし、会長達が駆けつけてくれたから俺とベガも助かったわけで……まさか、敵とはいえあんな簡単に人の命が奪われるとは思っていなかったが……。


 「烏夜先輩?」


 すると、ベガが心配そうな面持ちで俺に話しかけてきた。


 「ど、どうかしたかい?」

 「いえ、何か不安そうな表情をされてたので」

 「あぁ……ワキアちゃんが甘い言葉で簡単に誘われて過激派に捕まりそうな未来が見えたからね」

 「私そんなにチョロくないよ!?」

 「ワキアならありえますね」

 「そうね」

 「そんなー!?」


 と、俺は冗談交じりに答えてみせたが……昨日、紙一重で俺は死んでいたのかもしれないと思うと、あの過激派の連中のように体中穴だらけになって死んでいたのかもしれないと思うと身震いがした。

 そんな恐怖をベガやワキアの笑顔がすぐに取り除いてくれるが……ネブスペ2の第二部でこんなイベントは起きないはずだ。過激派がベガとワキアの拉致を計画しているという話はトゥルーエンドの世界線で確か明かされる話だったが、もしかして少しだけトゥルーエンドに近づいているのか……?


 

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